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「記憶力を強くする」池谷裕二 思い出す仕組みは、あまり解明されていない

「記憶力を強くする」

「記憶力を強くする」池谷裕二

 

本書は記憶の仕組み、記憶のコツを解説している。著者は東京大の薬学博士。

 

覚える仕組みや忘れる仕組みは解明されているが、思い出す仕組みはあまり分かっていないというのが興味深い。

 

覚えるメカニズムで面白いのは、見たり、聞いたり、感じたりして脳に入る膨大な情報から、脳が、記憶すべきものを選り分けて保存していること。

 

もし、見たり、聞いたり、感じたりしたものすべてを記憶していたら、脳はすぐパンクするらしい。

 

そのうちに意図的に思い出せなくなった潜在的な記憶が、脳の中にはたくさん眠っているという。

 

思い出すメカニズムが解明され、自由に好きな情報を検索できるようになれば、便利だと思う。

 

一方で、忘れる、思い出せなくなるということも生きていく上で大事なことではないかと思えてくる。

 

外科的に脳の側頭葉を刺激すれば、保存されている記憶が呼び覚まされるという話は出てくる。

 

オウム真理教の事件で有名になった物質サリンには、記憶を呼び覚ます作用があるという話も出てくる。地下鉄サリン事件の被害者の一部は、このため、自分の意思とは関係なく記憶が次々も呼び覚まされるという症状に悩まされたそうだ。

 

確かに想像すると気持ち悪い。

 

また、基本的に、記憶は放置したまま時間が経つと思い出せなくなり、やがて忘れていく。

 

思い出したくない嫌な記憶を、意図的に早く忘れる方法はないようだ。

 

意図的に忘れようとするほど、かえって記憶が強固になってしまうという。

 

早く忘れやすくする方法はある。

 

新たに他の事を覚えることだそうだ。

 

気持ちを切り替える、気分転換するということなのだろう。

 

人生、嫌な事もたくさんあるので、忘れる能力があるということは、やはり精神衛生上、必要なことだと思う。

 

記憶のコツは、いくつか出てくる。

 

記憶には種類があり、丸暗記の能力が優れているのは中学生くらいまでだという。

 

それ以降は理屈立てて記憶する能力が発達してくるらしい。

 

紹介されている記憶のコツは、物事に興味を持つこと。感動と結びつけること。適度なプレッシャーをバネにすること。法則性を見つけ出し、あるいは法則性を作り出して理屈立てて覚えること。復習すること。あと、覚えた事を他人に説明することだそうだ。

 

夢と記憶の関係も面白い。

 

夢は脳の中で昼間の体験を再生して整理するためのもので、記憶に欠かせないプロセスらしい。

 

自分は、追い込まれないと仕事ができないタイプで、締め切り当日未明に仕事に追われることが多々あるが、いい知恵が浮かばず、行き詰まった時は、仕事を中断して寝るようにしている。

 

寝て朝目覚めたら、なぜかいい知恵が浮かび、さくさく仕事が進むという経験を何度もしたからだ(寝て目覚めてもいい知恵が浮かばないこともある)。

 

夢と記憶の関係のように、寝ている間に情報が整理され、いい知恵が醸し出されているのかもしれない。

 

※※※以下、読書メモ※※※

 

<神経細胞は増えない>

 

脳の神経細胞は約1千億個。誕生したばかりの時が最も多く、年をとるにつれ減っていく。一日に数万個という速さで減る。1秒に1個くらいの計算。その結果、脳の重さは、生まれてから70歳になるまでに、約5%も減る。

 

神経細胞は増殖する能力がない。減る一方で増えない。

 

神経細胞でない体のほとんどの細胞は増殖能力がある。たとえば、肝臓は手術で90%を切除しても、残った細胞が増殖し、数カ月後には元通りの立派な肝臓になる。皮膚や血液などの細胞も常に盛んに増殖していて次々と新しい細胞に作りかえられる。

 

なぜ、神経細胞には増殖能力がないか?

 

もし、仮に、脳で次々と新しい神経細胞が作られ、古い神経細胞と置き換わるとしたらどうなるか。

 

神経細胞は、考えたり感じたり想像したりと、その人の性格や行動を司っている。それがすっかり入れ替わってしまったら、その人がその人でなくなってしまう。これでは人間として社会に適応できないどころか、生物として生存していく上でも不利になる。

 

生物は経験を蓄え、環境に対応しながら生きている。記憶は生きるために必要不可欠。神経細胞が次々と置き換わると、せっかく蓄えた記憶もなくなってしまう。ここに記憶の秘密を解く鍵が隠されている。

 

<海馬の神経細胞は増える>

 

脳のある部位では、神経細胞は増殖して数が増えることがある。脳を使えば使うほど神経細胞が増える。

 

その部位とは大脳皮質の内側にある海馬。

 

大脳皮質のうち側頭葉と呼ばれる部位の裏側に位置する。耳の奥あたりにある。海馬には約1千万個の神経細胞があると推定されている。

 

<記憶の種類>

 

1 短期記憶 30秒から数分以内に消える記憶。7個ほどの小容量

2 長期記憶

①エピソード記憶 個人の思い出

②意味記憶 知識

③手続き記憶 体で覚える物事の手順

④プライミング記憶 勘違いのもと?サブリミナル効果

 

このうち短期記憶とエピソード記憶は顕在記憶で、意識的に思い出すことができる。残り三つの意味記憶、手続き記憶、プライミング記憶は潜在記憶。

 

<記憶の階層>

 

1 エピソード記憶

2 短期記憶

3 意味記憶

4 プライミング記憶

5 手続き記憶

 

高等な動物ほど上の階層の記憶が発達している。

 

成長の段階。最も早く発達するのが手続き記憶、次がプライミング記憶、意味記憶、短期記憶、一番遅れて発達するのがエピソード記憶。

 

生まれて3、4歳ごろまでの記憶がないという現象。「幼児期健忘」という現象。

 

エピソード記憶の発達が遅れていることが原因。10歳くらいまでは意味記憶がよく発達していて、その歳を過ぎるとエピソード記憶が優勢になる。

 

逆に、年を取り記憶力が衰えると、階層の上の記憶から消えていく。

 

エピソード記憶の能力が衰えると、置き忘れなど日常的な行動を忘れ、ひどいときには、今朝食事したなどの経験すら忘れる。痴呆の初期的症状。さらに症状が進んで意味記憶まで失われると、自分の身内が誰なのか分からなくなる。

 

それでも最下層の手続き記憶は比較的よく残っている。服を着たり歩いたり箸を使ったりといった記憶はなかなか失われない。

 

<記憶の作られる場所>

 

エピソード記憶と意味記憶は脳の海馬で作られる。

 

短期記憶とプライミング記憶は主に大脳皮質で、手続き記憶は主に線条体や小脳で作られる(線条体は大脳皮質の裏にある基底核と呼ばれる部位)。

 

<記憶の保存される場所>

 

海馬は記憶することには重要だが、思い出すことには必要ない。

 

てんかんの治療のため海馬を切除した患者の例。新たに記憶することはできないが、海馬切除以前に覚えたことは思い出せる。記憶は側頭葉に保存される。

 

海馬に入ってくる情報は側頭葉からやってくる。海馬に入ってくる情報は見たり聞いたり感じたりしたものなどの総合情報。これが海馬で適切に調理された後に側頭葉に戻される。海馬は記憶すべきものを取捨選択して、記憶の貯蔵庫に送り出している。

 

<記憶の適齢期>

 

小学校では10歳になる前に、掛け算の九九を教えるが、これは意味記憶がよく発達しているこの時期を狙って暗記させる意図。

 

この頃の子どもは、論理めいたことでなく、むしろ意味のない文字や絵や音に対して絶大な記憶力を発揮する。

 

中学生になる頃には、エピソード記憶が完成され、論理だった記憶力が発達していく。成長してから九九を覚えるのは至難のわざ。

 

記憶の適齢期を脳科学では臨界期と呼ぶ。

 

例えば、聴いた音の音程を正確に判断できる絶対音感という能力を体得できる臨界期は3、4歳。大人になってから音楽や楽器に興味を持ってももはや絶対音感が身につくことはない。言語を覚える能力は6歳くらいまでが特に高い。語学の臨界期は絶対音感ほど厳密でないので、中学生になってから英語を習い始めても習得はできる。ただ学習のスピードは格段に遅くなる。

 

これは勉強においても重要なポイント。

 

たとえば、中学生の頃までは、意味記憶の能力がまだ高いので、丸暗記してテストに臨むという作戦でも何とかなる。

 

しかし、この頃から、エピソード記憶が優勢になっていくので、丸暗記作戦はいずれ通用しなくなる。

 

この事実に気づかず、いつまでも同じような勉強方法を繰り返していると自分の記憶力に限界を感じるようになる。

 

これは記憶力が落ちたわけではなく、記憶の種類が変わったに過ぎないので、それに応じた勉強方法をとることが大事。

 

エピソード記憶が発達してくると、丸暗記より物事をよく理解して理屈を覚えるという能力が発達する。

 

勉強方法もそうした方針に変える必要がある。

 

これを怠ると、効率的な学習ができなくなり、授業についていけなくなり、落ちこぼれてしまう可能性がある。

 

丸暗記は覚えた範囲の限られた知識にしか役立たないが、理論や理屈を覚えると、その論理が根底にあるすべての事象に活用できる。したがって同じ記憶量でも理論的な記憶のほうが、有用性が高い。

 

<記憶のビタミン>

 

初めての場所に行ったり、初めての人に会ったりすると、神経細胞が活性化する。

 

今、見たり感じたりしているものをきちんと記憶しようという意図が無意識のうちに働く。

 

こうした特別の状況でなくても、神経細胞を活性化できる。最も効率的な方法は、覚えたい対象に興味を持つこと。すると自然に神経細胞は活性化する。

 

年をとると、しばしば、物事に対する情熱が薄れてくる。感動も薄くなってくる。すると、記憶力はてきめんに低下する。年をとって記憶力が落ちたように錯覚する最大の原因は、ここにある。

 

刺激の多い環境で生活すると、神経細胞が活性化するだけではない。記憶に必要な神経細胞が増殖する。その結果、記憶力が増強される。何にでも興味を持つ好奇心と探究心こそが記憶にとって大切なビタミン。

 

自分が感動していれば、脳は自然とそれを覚えてくれる。

 

例えば、「1581年、織田信長は本能寺で明智光秀に襲われ自刃した」という教科書的な知識も、丸暗記するのではなく、光秀に奇襲されて無念そうな信長の様子を頭に思い浮かべ、さらに彼の死を自分の身内が死んだかのように悲しく思えば、脳はこの知識を自然に記憶しようとする。

 

わざわざ、こんなことに感傷的になるなんて、馬鹿らしい気もするが、記憶とは事実そういうもの。記憶のこの性質を利用することは生物学的にも理にかなったもので、脳への負担も少ない。

 

不安や恐怖も神経細胞を活性化させる。

 

例えば、テストが近づくと、根を詰めて普段ではとても覚えられないような量の知識を一気に詰め込むことができる人がいる。火事場の馬鹿力のようなもの。テストに対する不安感や危機感が、記憶力を一時的に増強させている。

 

一方で、テスト直前の詰め込みには難点がある。

 

ストレス。ストレスがかかると神経細胞の活性は衰える。記憶力はストレスに弱い。なので、あまりにも切羽詰まったテスト勉強は逆効果になる。テストが近づいてきた、どうしよう、とストレスをためるだけで勉強すらしないのは、最悪のケース。ストレスのない余裕あるスケジュールで準備することが大事。ただし、余裕あるスケジュールを立てたはいいが、緊張感が持続せず士気が沈滞しても、記憶にとっては好ましくない。

 

マンネリ化せず、適度な緊張感を保ちながら勉強に励むことが、効率よく学習できるコツ。

 

<記憶力を増強してストレス解消>

 

記憶力が高いほどストレスに慣れやすく、受けるストレスが少なくて済む。

 

<記憶のコツ>

 

物事を関連づけて理解すると、覚えやすくなる。意味のない数字や文字の羅列はすぐ忘れてしまう。

 

例えば、「1836547290」という数を明日まで覚えていないといけないとする。脳にとっては難題。10桁もあるので短期記憶すら、ままならない。しかし、数字の並び方の法則に気づけば記憶できるようになる。1カ月でも覚えていられる。

 

法則に気づくこと、つまり、ものを理解するということは、記憶にとって優れた効果を発揮する。物事に潜む真理を発見することが学習にとって重要。法則性を見抜く能力が必要。

 

語呂合わせも、そうした記憶のコツのひとつ。

 

語呂合わせにもコツがある。ただ見て覚えるのではなく、声に出してみること。なぜなら、目の記憶より耳の記憶のほうが心に残るから。実際に、歌の歌詞は見て覚えるよりも、メロディーと一緒に覚えるほうが記憶しやすくなる。古代では、時事や祭事など大切なことは歌に託して子孫に伝承していた。古代人が記憶の性質を理解していたことを物語る。

 

さらに重要なことは、ただ単に知識的な連合に努めるよりも、自分の経験に結びつけて記憶したほうがいいということ。

 

なぜなら、自分の体験が関連してくれば、その記憶はエピソード記憶となるから。エピソード記憶は意味記憶より優れた点がある。それは、意味記憶として覚えるよりも「忘れにくい」ということ、そして、いつでも「思い出す」ことができるということ。

 

エピソード記憶をつくる方法は、覚えた知識(意味記憶)を友達なり家族なりに説明してみること。

 

すると、あのとき教えたところだ、そういえば、こういう図を描いて説明したかな、といった具合にエピソード記憶になる。

 

一方、注意しなければならないことは、エピソード記憶は次第に意味記憶に置き換えられてしまうということ。ほおっておくと、せっかくのエピソード記憶もいずれは個人の体験が削ぎ落とされ、ついには意味記憶になってしまう。これが、年を取ると度忘れが激しくなる理由。もちろん、記憶は脳の中に保存されてはいるが、意味記憶なので、きっかけが十分でないと思い出せない。

 

度忘れしてはいけない知識は、時折人に説明してみるなどエピソード記憶として保存する努力を忘れてはいけない。

 

<忘れる>

 

脳の記憶はコンピュータと異なり、永久的ではない。

 

時間が経つと、自然に消されるのが一般的。覚えることも忘れることとともに、記憶に絡む脳の現象であるにもかかわらず、意識的に操作できるのは、覚えることのほうだけ。

 

忘れるという行為は意図的にはできない。むしろ忘れようと努力するほど、より強固に記憶に焼き付いてしまったりもする。

 

忘れることを意図的にはできないが、忘却を早める方法はある。

 

それは、他のことを追加して記憶すること。記憶の神経回路は相互作用しているので、ある程度類似性があることを覚えると、以前の記憶が妨げられる。これを「記憶の干渉」という。

 

また、干渉によって新しい知識のほうにも影響を与えることがある。新しい記憶が曖昧になり、時には記憶の混同や勘違いをおこす原因にもなる。

つまり不用意に記憶を詰め込むと、かえって覚えが悪くなる。たとえば、明日のテストまでにまったく知らない英単語を100個覚えないといけないとする。無理して100個覚えようと頑張るより、確実に50個覚えるほうがよい点数が得られる。

 

復習の大切さ。

 

何日か空けて、もう一度同じことを暗記すると、2回目のほうが忘れにくくなっている。3回目になると、その効果はさらに顕著になる。

 

1回目のテストで思い出せなくなっていた単語は、実は完全に忘れてしまっていたのではなく、意識の下の脳に蓄えられていたことを意味する。この潜在的な記憶が2回目の学習に影響を与えて成績を上昇させる。忘れたのではなく、単に思い出せなくなっていた。

 

キーワードは海馬。海馬は側頭葉から入る膨大な情報の中から記憶すべき重要なものを取捨選択して側頭葉に返すという「記憶のふるい」の役割を果たしている。

 

海馬に記憶が保管されている期間は、長くても1カ月。この1カ月が復習のチャンス。

 

効率の良い復習とは、以前の記憶が海馬に保管されているうちに、覚えたい情報をもう一度海馬に送信すること。すると海馬は、この情報を必要な情報だと判定して側頭葉を送り返す。

 

忘却曲線を考慮に入れると、最も能率的な復習スケジュールはまず1週間後に1回目、それから2週間後に2回目、最後にそれから1カ月後に3回目という風に、復習の間隔を広くしながら、2カ月かけて行うこと。

 

<夢の不思議>

 

徹夜の詰め込みが記憶によくない理由。それは夢。

 

睡眠にはリズムがあり、浅い眠り「レム睡眠」と深い眠り「ノンレム睡眠」が約90分間の周期で起きている。夢を見るのはレム睡眠の時。レム睡眠の時に体が休み、ノンレム睡眠の時に脳が休んでいる。

 

夢は昼間にあったことを思い起こす行為。脳は夢を使って過去の記憶を反芻している。夢は脳の情報を整え、記憶を強化するために必要な過程。記憶は夢を見ることで保存される。つまり、寝ることは、物事をしっかり覚えるために大切な行為。

 

<記憶の再生、思い出すというメカニズム>

 

謎が多く解明されていない。

 

(2017年7月22日Facebook投稿を転載)