「もっと知りたいカラヴァッジョ」
カラヴァッジョはダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロらに続く世代のイタリア人画家。
光と影、暗闇を巧みに描き、のちのルーベンスやレンブラント、フェルメールらに影響を与えたらしい。
図書館で画集を借りて見て、一番気に入ったのは「果物籠」という静物画。ブドウの粒の白っぽい質感まで描く腕前もすごいが、当時は人物が描いてない絵は珍しく、本格的な静物画の先駆けだったという。
画面下の台から籠が手前にせり出すように描かれ、立体感を感じさせる手法も取り入れている。
やっぱり当時はなかなか受け入れられなかったのか、純粋な静物画で現存するのはこれ1点だけ。少年と果物を組み合わせた作品は何点かある。
枯れた葉っぱとか、リンゴの虫食いとかまで描いてあり、当時の感覚では、「なんで汚いものまで描くの?」と思われたそうだ。
現在では、カラヴァッジョの果物籠は「イタリア美術史上で最高の静物画」と言われているのだとか。
その後、宗教画を描くようになり、とりわけ、死をイメージさせる作品が目を引く。
面白いのは聖書に出てくるユディトを描いた作品。
敵陣に乗り込み、寝ている敵将の首を取ってきたという女傑で、カラヴァッジョ以前も以後も、ティツィアーノとか、クリムトとか、いろんな画家が描いてきた。
たいてい敵将の生首を持つ姿を描いているのに、カラヴァッジョは今まさに首を斬ろうとし、血が噴き出す場面を描いている。
あと、ダビデが巨人ゴリアテを倒して生首を手に提げた作品は、ゴリアテの生首がカラヴァッジョの自画像。
カラヴァッジョは、殺人を犯し、逃亡生活を続けながら数々の名作を残した破天荒な人物だとか。そういうドラマ性も興味深い。
ゴリアテの首が自画像というのは、複雑な心の内面の表れなのか。でも、ミケランジェロの「最後の審判」でも、生皮を剥がれた人物として自画像が描かれていると聞くから、この時代は、自画像を変な風に描くスタイルがあったのだろうかとも思う。
このほか、徴税人として蔑まれていたマタイにイエスが「私についてきなさい」と声を掛け、弟子にする場面を描いた「聖マタイの召命」は、脇役たちのほうが目立つ。
イエスは顔もよく見えず、マタイは暗い顔で下を向いてお金を数えているというのが、面白い。なぜ、そんな風に描いたのだろうか。
(2019年7月29日Facebook投稿を転載)