
「謀聖 尼子経久伝」武内涼
戦国時代屈指の山城・月山富田城(島根県安来市)を拠点とし、知略に長けて「謀聖」と呼ばれた戦国大名・尼子経久(あまご・つねひさ)の生き様を描く。全4巻。
家臣の山中鹿介は、毛利氏に滅ぼされた尼子氏の再興に奮闘し、志半ばで果てた悲運の武将で、忠義の人物として、戦前の小学校教科書に物語「三日月の影」が載った。その鹿介と比べ、経久の知名度は低い。そもそも、尼子氏の知名度が低い。
私も、尼子氏と言えば、子どもの頃に読んだ学習漫画「少年少女日本の歴史」(小学館)で描かれた「毛利元就に倒される悪役」というイメージしかなかった。
その経久に焦点を当てたのが、うれしい。
著者は、子どもの頃に雑誌「歴史群像」で紹介されていた逸話(守護大名・京極氏に仕えていた経久が、策略で月山富田城を乗っ取る話)を読んで、経久に関心を持ち、長年、小説化の構想を温めていたという。著者の強い思いが詰まった作品でもある。
最も面白いのは、第2巻「風雲の章」。
月山富田城に拠点を置いた経久が、出雲国(島根県東部)統一に向けた戦いに乗り出す。立ちはだかるのは、たたら製鉄の経済力を背景に出雲国最大の勢力を誇る三沢氏(現在の島根県奥出雲町が本拠地)。強大な三沢氏に対し、経久が謀略の限りを尽くす───というストーリー。
罠を仕掛けたうえで、三沢氏の大軍勢を月山富田城におびき出して、一気に片付けるという決戦に向けた謀略戦が描かれる。同じ著者の小説「厳島」みたいな感じだ。
謀略の要を担うのは、経久の参謀の山中勘兵衛(鹿介の祖父)。不当な処罰に怒って寝返ったと見せて三沢氏の本拠地に入り込む。三国志の赤壁の戦いで周瑜と黄蓋が曹操に仕掛けた「苦肉の策」みたいな作戦。
ただ、黄蓋は、油断させて近づき、曹操の軍船に火を放つまででよかったが、勘兵衛の場合は、三沢氏の家臣となり、内情を探るというスパイ的な任務が含まれ、いつバレて殺されるかというハラハラ感がつきまとう。ここが面白い。
「謀聖 尼子経久伝」は、主人公・経久が善人、聖人すぎる点はあるが、脇役が魅力たっぷり。第2巻「風雲の章」の登場人物で言えば、三沢方の軍師・野沢大学や、忍者(女)の香阿弥が人間くさい悪役に描かれていて、好感を抱いた。
敵の懐に飛び込んだ勘兵衛と大学のやり取り、経久側の忍者(男)の銀兵衛と香阿弥の微妙な関係がいい。
月山富田城での決戦で三沢氏に大打撃を与えた後、力押しではなく、度量の広さを見せて心服させるというのもよくて、読後感が爽やかだった。
余談だが、、、
尼子経久、毛利元就、宇喜多直家は「中国三大謀将」と呼ばれる。
元就については、同じ著者の小説「厳島」で、謀略のすごさが描かれ、面白い。
直家を描いた小説は読んだことがないが、漫画「鬼切丸伝」(楠桂)の第9巻に登場する。この漫画で描かれた直家のキャラクターは、けっこう好き。直家に興味がわいた。「鬼切丸伝」も、またの機会に紹介したい。登場人物では、鈴鹿御前が好き。






