「火の鳥 乱世編」手塚治虫
漫画家・手塚治虫の代表作「火の鳥」シリーズで、平安時代の源氏と平氏の戦いを題材にしたのが「乱世編」。
単行本は上下2冊に分かれている。
最も印象深い登場人物は、源義経。
平氏打倒の最大の功労者でありながら、兄・頼朝と関係が悪化し、追い詰められて死を遂げる悲劇の武将として、よく知られる。
本書では、単純なヒーロー、善人として描いていないところが、とてもいい。
野心に満ち、目的のためには手段を選ばない冷酷なキャラクター。
友人のヒョウタンカブリさえ、殺す。
戦のために民家に放火したのをとがめられたためで、「おれのやり方にケチを付けるやつは、たとえ昔の仲間だろうと許しはしない」と言い放つ。
頼朝に追われて逃亡中には、山伏を襲って身ぐるみを剥ぐ。
壇ノ浦の戦いで、船のこぎ手を射るという当時の感覚では卑怯な手段を取って、敵の軍船の動きを止めた逸話は、よく知られる。
実際に、このような人物だったのかもしれない。
漫画「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)のディオ、「横山三国志」(横山光輝の漫画「三国志」)の曹操と、ダブった。
手塚漫画の登場人物で例えると、「ブッダ」に出てくるダイバダッタか。
作中の義経は、全くの無軌道ではなく一定の線は守っていた。
子どもの頃、師匠に当たるテング(「鳳凰編」の主要人物・我王)を慕い、死を悼んだ。頼朝を気にくわない人間だと感じながらも、従ってきた。
作中の主要人物で平氏方のおぶうを斬った後、同じく主要人物で部下の弁太の想い人だと知って、「しまった」という感じのバツの悪そうな表情を見せるのも、いい。
曹操が強大な権力を握りながら、帝位を簒奪しなかったことと、通じるようにも思う。
いかに冷酷な人間とはいえ、世の中すべてが敵ではない。
このへんの多面性が人間の奥深さ、面白さだと思う。
そして、切り替えの速さ。
頼朝に命を狙われていると知ると、最初は驚きながらも、「えーい、面白くねえ。こうなったら、こっちが先に兄貴を返り討ちにしてやらァ」と気持ちを切り替えていた。
「ジョジョ」第1部の主人公ジョナサンに追い詰められたディオが「おれは人間を超えるぞ」と言って、石仮面をかぶり不死の身となる奇策に出たのを思い出す。
そして、最後は意外にあっさり。
大軍に襲撃され、万事休すとみるや、付き従う弁太に「おれはたぶん、ここで討ち死にする。貴様もおれの後を追うんだ」と言い放つ。
このへんのサバサバさがいい。
そういえば、本能寺の変の時の織田信長もサバサバしていなかったか。
信長も似たタイプかもしれない。
ちなみに、私は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のサイコパスな義経は、全く好きになれなかった(このドラマで一番好きな人物は頼朝。最高だった)。
一方、漫画「鬼切丸伝」(楠桂)の第2巻に出てくる義経は無欲で、おおらかな人物。これはこれで、面白かった。
本書「火の鳥・乱世編」では、平清盛が人間味あるキャラクター設定なのも、よかった。
実際にそうだったのではないかと思う。
かつての戦で清盛が源義朝(頼朝、義経の父)を破った時、情に流されて、子どもだった頼朝や義経を殺さなかったから、平氏が滅ぼされたわけだし。
作中では、清盛が若い頃は平氏が貴族に見下されており、父が馬鹿にされて悔し泣きする姿が描かれる。
本書の清盛は、この悔しさをバネにのし上がった。
作中で不老不死を求める理由も、単に死にたくないとかではなく、平氏一族を守るためという、いわば、責任感だった。
本書で、印象深い登場人物をもう一人挙げるとすれば、弁太と夫婦になる、ヒノエ。
盗み癖のある結婚詐欺師だが、実は、立ち直りたい気持ちを持っていて、弁太のおおらかさにほだされて、立ち直ろうとするところがいい。
義経の冷酷さを察し、弁太が戦に出るのを止めようとする姿や、弁太が生きて帰った時の喜びようが、可愛い。