「猛き黄金の国 道三」本宮ひろ志
主人公・斎藤道三に惚れながら美濃国乗っ取りの策略に役立とうと、国主の愛人になる美女・加奈に感情移入した。
ほかに3人の女性をある意味、野望の踏み台としながら、憎まれない道三の描き方が秀逸だ。
ほかの女性と仲良くしたため、嫉妬した加奈に裏切られ、ここが見どころ。
漫画家・本宮ひろ志の作品「猛き黄金の国 道三」(全6巻)は、下剋上で美濃国主にのし上がった戦国大名、斎藤道三の生きざまを描く。
加奈は、貴族の娘で、絶世の美女。
男の心をとらえる策略の道具として育てられた。
「東大路のじい」という世話役を通じて、道三と出会い、道三に惹かれながらも、道三の野望に一役買うため、美濃国主・土岐頼芸の愛人となる。
加奈を差し出して、頼芸に気に入られた道三は、力を伸ばす。
道三も、加奈も、お互いに策略だとわかっているから、道三も愛想笑いのない素顔で接しているのが、興味深い。
道三は、加奈を抱き、約束する。
「国をひとつ、差し上げる」と。
「東大路のじいの想いと、お前のせつなさ、この庄五郎が背負った」と。
(道三は、何度も名前を変えており、この頃は山崎屋庄五郎)。
加奈は、策略の共犯者として、せめて、道三とつながっていたいと思ったのか。
頼芸の愛人となる前の準備期間には「なるべく、ここへ足を運んでくれませぬか」と言い、涙を流す。
頼芸の愛人となることが決まると、心境を語る。
「いつ来るのであろうなあ。好きな人と好きなところに住める自由な時代は」と。
「いつか、そんな世の中がきっとくる。私はそうした時への踏み石じゃ」と。
この達観は、すごい。
ここで、道三は、加奈を頼芸の愛人とするのは、本当は嫌だという気持ちをにじませる。
道三と相思相愛だと確信して、加奈は本音が出たのか。
迎えに来てほしい旨を涙ながらに告げる。
「私をほしくば、この国の国主になれ。その時こそ、私はお前の女じゃ」と。
道三は「待たせはせん!」と力強く約束する。
この時点では、2人は良好な関係。
加奈は、頼芸の愛人となってからも時々、道三とこっそりと会う。
そして、念押しする。
「お前のことを思い出さぬように心がけ、あの男(頼芸)の元で我慢できるのは、すべて、お前のため。そう思い続ける私を不憫と、せめて、お前も思っていてほしい」と。
本当にかわいそうだ。
私なら、ますます愛おしく思い、絶対に応えるぞ、という気持ちになるのだが、、、
道三は違う。
徐々に加奈と距離を置き始め、そっけなくなる。
加奈と出会う前に妻としていた油商人の娘・おねえとも、引き続き、よろしくやる。
頼芸の子を身ごもったのを知って策略のため、加奈と交換という形で愛人とした深芳野(みよしの。頼芸の愛人だった)とも、よろしくやる。
ここまでなら、まだしも、、、
さらには、明智家を味方に付けておこうと考えて、明智家の娘・恵那(えな。結婚後は小見の方と名乗る)を正妻に迎えて、よろしくやる。
これで、加奈は、我慢できなくなり、頼芸に策略をばらす。
怒った頼芸は、道三(この頃は長井新九郎という名前)を討つよう、手下に命じる。
この場面で、加奈が涙を流しているのがポイント。
道三を本気で好きだから、こんなことになった感が出ている。
本当にかわいそうだ。
紫式部の名作「源氏物語」のヒロイン・紫の上を思い出した。
(紫の上は主人公・光源氏の最愛の愛人。度重なる浮気を許してきたが、光源氏が天皇の娘を正妻に迎えると、ついに心が折れる。とても悲しい場面。光源氏は後悔する)。
道三は、ピンチを切り抜けて頼芸を倒し、美濃国を乗っ取る。
頼芸とともに落ち延びた加奈を、僧侶に扮して、ひそかに訪ね、告げる。
「お迎えに参りました。美濃にて何不自由なくお暮らしくださるか。京へお帰りあそばれたければ、お届けつかまつる」と。
加奈は、涙を流しながら、言う。
「お前の役に立ったのじゃな」と。
「ならば、もうよい。それだけでよい」と。
「女心とは不思議なものじゃ。お前を思い、狂うかとまで、つらかった。しかし、加奈をここまで大事にしてくださる頼芸様、そのそばで死のうと思う。もうよいのじゃ」と。
これは、せつない。
加奈が、この時点でも道三を愛していたのは間違いない。
迎えに来てくれたことを喜びながらも、もう、あの頃の2人には戻れないとわかっているから、別れを告げたのだろう。
なぜ、道三は、途中から加奈と距離を置き、このような結果を招いたのか。
道三は以前、「なぜ、私を」と不審がる深芳野に言っていた。
「俺はな。俺の好む回りにいる者すべてを、俺と共に幸せにすることが夢だ」と。
これは、本心だと思う。
加奈の存在を気にする、おねえには「俺を信じろ」と言っていた。
小見の方は、おねえの存在を気にして「きっと、美しくて聡明なお方なのであろうなあ」と軽く嫉妬していたが、道三に詰め寄るような描写はない。
これがポイントだ。
道三は、複数の女性を愛し、なおかつ円満に過ごす「光源氏状態」を想定していたかもしれない。
光源氏は絶頂期には、紫の上、明石の方、花散里、末摘花という4人の愛人と同居して、なおかつ誰とも円満状態を保っていた。
ただ、加奈の性格だと、このような状態に耐えられるわけがない。
加奈は、「源氏物語」の登場人物に例えれば、独占欲が強くプライドが高い六条御息所だ。
六条御息所は、光源氏を思う余り、生き霊となって葵の上を死なせるなど嫉妬深さを発揮し、自分のその姿に気づいて、光源氏から離れていった。
道三は、加奈を愛していたとは思う。
ただ、加奈は、おねえ、深芳野、小見の方のように、不満や疑問を感じながらも、道三に従うというタイプではなかった。
道三は、加奈を含めた「光源氏状態」は無理だと気づいたのだろう。
では、道三に無条件で従わなかった加奈が悪いのかと言うと、私は、そうは思わない。
加奈は、運命に翻弄されながら、ひとつの恋に生き甲斐を見いだし、「ほかの女性とよろしくやるなんて許せない」という素直な気持ちに従っただけ。
加奈を追い詰めた道三が悪かったとしか言いようがない。
道三は、加奈に申し訳ないという気持ちがあったようだ。
加奈の死後、遺体を京都へ運ぶ道中で「少しでも一緒にいてやりたい」と部下に説き、心の中では「あの世でできるものなら、わしは、ずっとそばにいてやりたい」と語っている。本心だと思う。
そもそも、「光源氏状態」は無理がある。
現実には、極めて難易度が高いと思う。
この物語「猛き黄金の国 道三」で、道三は、深芳野が産んだ息子・義龍との戦いで死なずにひそかに生き延びたという設定。
おねえと2人で静かに余生を送る。
表向きは義龍との戦いで死んだことになっているから、深芳野も、小見の方も、道三を諦め、物語から姿を消したのだろう。
つまり、最終的には1人の女性を選んだわけだ。
おねえについても、少し説明しておく。
油商人の娘で、美貌で評判のおねえは、野党にさらわれ、暴行される。
道三は、油商人の店を乗っ取る手がかりになるとみて、おねえを救い、なおかつ、惚れさせる。
おねえは、野望のため、別居生活が長い道三を思って涙を流し、加奈に嫉妬して取り乱したりもするが、途中からは達観して、おとなしく道三を待つようになる。
物語のラストシーンで、ともに年老いた道三に、おねえが言う。
「長い時間がかかりましたが、あなたは私の元へ帰ってきました。それだけで私は何も必要ありませぬ」と。
この結末に、読者は、どう感じるだろうか。
黙って男を信じて従った女が最後に幸せになるみたいな結論だったら、納得いかない。
加奈が浮かばれない。
作者の意図がどうだったかはわからないが、この流れだとそう読めてしまう。
私は、この結末には、不満だ。
おねえには申し訳ないが、義龍との戦いで道三が死に、加奈と魂で結ばれるという結末のほうが、読後感が爽やかだったと、私は思う。