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「死体は語る」上野正彦 変死体の死因を調べる監察医、法医の仕事を紹介 家族や社会のあり方を考察する語り口が面白い

「死体は語る」

「死体は語る」上野正彦

犯罪で死亡した可能性がある変死体の死因を調べる医師がいる。

東京23区、大阪市、神戸市といった一部の大都市では「監察医」(公務員の法医)、それ以外の地域では地元の大学の「法医」が死体の状況を観察したり、解剖したりして調べる。

ちなみに、「検視官」は死体の事件性の有無を調べる警察官だ(解剖はできない。死体の状況を観察して調べる)。

 

ベストセラーになった本書「死体は語る」は、元監察医の著者が「死者の人権を守る」という監察医、法医の仕事を紹介するコラム集(44編収録)。

「自殺、事故だと思われていたのが殺人だった」というような逸話が出てくる。

単に死因の究明だけでなく、家族や社会のあり方を考察する著者の語り口が面白い。

 

 

「崩壊」と題するコラムは、一人の死が遺族の人生を変えたという話。

本書によると、、、

ある男性と妻、子ども3人(長女、長男、次男)の一家の悲劇は、中学生の長男が病気で死んだことが発端だった。

妻は、長男を失った悲しみのあまり、精神的に不安定になり、睡眠剤を常用するようになった。

男性は、仕事が忙しく、傷心の妻を慰める余裕がなかった。

妻は男性への不満を募らせ、精神状態は悪化。やがて、帰宅が遅い男性に愛人がいるのではないかと疑うようになった。

退社後の男性を尾行して、宴席で他の女性と親しそうにしている姿を目撃。その後、口論となり、夫婦仲はすっかり冷えてしまった。

その後、妻は睡眠剤を飲んで自殺。

長女(高校生)と次男(中学生)は「母をここまで追い込んだのは父だ」と考えて男性を憎んだ。

そして、長女と次男は睡眠剤を飲んで自殺。

遺書には「お母さんの元にまいります。死んだ私たち2人の体には触れないでください。母を殺したのはお父さんです」と恨みの言葉が残されていたという。

 

とても悲しい、一家の崩壊だ。

似たような話が、「墜落遺体 御巣鷹山の日航機123便」(飯塚訓)にも出てきたのを思い出す。

日航機墜落事故で子どもを失った夫婦のケースで、妻は、夫の悲しみ方が足りないと感じて夫婦仲が冷え、離婚したという。

 

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コラム「崩壊」の男性が、親として、長男の死を悲しまなかったはずはない。

ただ、妻や長女、次男との意思疎通が足らなかった可能性はある。

死んだ者は帰ってこないと割り切っていたのか、家族を養う責任感で悲しみに耐えていたのかは、わからない。

たとえ、夫婦、親子といえども、他人の心の中はわからない。

お互いに「伝わっているはず」「わかってくれているはず」と思っていても、考え方や感じ方の違いがすれ違いを生む可能性はある。

男性は以前から家族よりも仕事を優先する生き方をしてきたと想像され、ひそかに生じていたすれ違いが、長男の死をきっかけに噴き出した可能性も考えられる。

 

私自身、振り返ると、仕事を理由に、妻や長女を粗末に扱った経験が多々ある。

冷や汗をかかされるコラムだった。

 

一方、「安楽死」と題したコラムには、社会のありようを考えさせられる。

知的障害のある娘を持つ母親の事例。

母親と娘は、息子(娘の弟)の稼ぎで生活しており、息子は結婚適齢期を迎えても独身のまま。

母と姉を捨てて家を出るわけにもいかず、母親も息子も苦しんでいた。

そのうち、母親は体調不良をがんだと思い込むようになり、娘を残して死ねないと思い詰めて、寝ている娘の首を絞めて殺した。

後を追って自殺しようとしたところ、息子に見つかって止められ、警察に自首した。

裁判では、執行猶予付きの判決となり、母親は釈放されたが、娘を死なせた罪の意識にさいなまれ、首を吊って自殺したという。

 

著者は「老母の安らかな死に顔は、今も私の脳裏に焼きついて離れない」と記す。

そして、著者は、こう続ける。

「事件は表面上、温情判決を得ているが、本当の解決にはなっていない。悩み苦しみ、どうにもならない瀬戸際に追い詰められての行動であったことを思うと、これらの家族のためにも、福祉国家として、よりよい対応を考えなければならないと思うのである」と。

 

本書「死体は語る」は、遺産相続をめぐる遺族の争いなど、人間の醜い姿も出てくる。

いろいろと、考えさせられる一冊。

 

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