「ブラック・エンジェルズ」平松伸二
法で裁けない悪党を、主人公の雪藤洋士たち「ブラックエンジェル」が暗殺する。
漫画家・平松伸二の代表作「ブラック・エンジェルズ」は、私セレクトで10本の指に入る大傑作漫画。小中学生の頃、「週刊少年ジャンプ」連載をリアルタイムで読んで、どっぷりと、はまった。
ヒロインの美少女ジュディにも惚れた。
雪藤は、普段はおとなしくて気の弱そうな青年。行く先々でアルバイトをしながら、自転車で日本中を巡る旅をしており、先々で出会う悪党を抹殺している。
私は、雪藤に憧れるあまり、同じようなドロップハンドルの自転車を買ってもらい、武器になるようにスポークを改造したものだ。
(この自転車は大学時代まで使い、車にひき逃げされた時に壊れた。事故について書いた過去記事を参照)。
暗殺される悪党の悪辣ぶりがすごい。本当に憎たらしくなる。
この悪党をブラックエンジェルが暗殺するところに、爽快感がある。
例えば、第1話に登場する悪徳刑事は、真面目に立ち直ろうとする前科者の男性にしつこく付きまとって精神的に追い詰め、罪を犯させようとする。
しまいには、この男性の妹を暴行。
怒った男性は包丁を手にして刑事のところに乗り込み、撃ち殺される。
加えて、ブラックエンジェルになったのは運命だ、という設定がいい。
これが暗殺という、少年漫画らしからぬ主人公の行動に一定の納得感を持たせる。
雪藤の場合は、、、
幼い頃に両親を亡くし、姉とともに、親戚に引き取られる。
ある時、親戚宅に強盗が入り、雪藤と姉が殺されずに生き延びる。姉は親戚殺しという無実の疑いをかけられ、悪徳検事の強引な取り調べを苦にして自殺。幼い雪藤は、教会に引き取られ、強盗殺人犯への復讐の念を燃やしながら暮らす。
そのうちに犯人と出会い、殺されそうになる。居合わせた教会の神父・鷹沢が、武器として燭台を投げて渡し、雪藤は身を守ろうとして、犯人を刺し殺してしまい、鷹沢が率いるブラックエンジェルの1人となる───といった具合だ。
雪藤は、悪党とはいえ、個人の判断で暗殺することを、正義だとは思っていない。
雪藤と出会い、仲間となる元刑事の松田鏡二(空手の達人)にも言われる。
「てめえがやってるのは、正義なんかじゃねえ。ただの人殺しだ」と。
当初、暗殺に否定的だった松田は、あまりにも悪辣な相手に堪えきれず、顔面を蹴って崖下に落として殺してしまう。
そこで、雪藤が「あんたも黒い羽が生えちまったな」と言う。
こういう過程があるから、ブラックエンジェルに感情移入できるのだ。
雪藤は、仲間となった松田に言う。
「俺たちがこれからやろうとしていることは、天誅じゃない。そして、正義でもない」と。
できれば、悪党の暗殺などせずに、平穏に暮らしたい。
でも、世の中から悪党はいなくならない。
「死ぬまでこの世界から抜けられねえのか」と、雪藤が嘆く場面もある。
暗殺が身に付きすぎて目つきが険しくなった雪藤を、鷹沢がたたいて叱る場面もある。
「目を覚ませ。お前、いつから、そんな目になった。今のお前の目は、殺人鬼の目と変わらん」と。
そして、鷹沢は、命を奪うことの罪深さを語るのだ。
こういう場面があるから、ブラックエンジェルの悲哀に、同情もわく。
ブラックエンジェルの「死の掟」のひとつに「目撃者は死して再び語らず」とある。
暗殺の目撃者は殺さないといけないが、雪藤が殺せなかったケースもある。
旅先で出会ったスナックの経営者・葉子がそう。
葉子の恋人が悪党で、出世のため、葉子が邪魔になり、浮浪者を雇って、殺そうとする。
雪藤は、葉子を守って、その浮浪者を殺す。
ブラックエンジェルの死の掟に従うと、目撃した葉子を殺さないといけないところだが、雪藤は、できなかった。
雪藤の殺しは正当防衛だとして「私に任せなさい」と言って、警察に電話しようとする葉子の姿が、雪藤の頭の中で、子どもの頃に亡くした優しい姉にだぶったのだ。
葉子は最終的には恋人に刺し殺され、雪藤はこの恋人を殺す。
「おれがあんたを殺したも同じだ」と雪藤は涙を流す。
これはせつない。
ただ、なぜ、「おれがあんたを殺したも同じ」なのかは、よくわからない。
守ってあげられなかったからだろうか。
「いんだよ。細けえことは」と松田なら言いそうだ。
「法で裁けない悪党」に該当しそうになく、そもそも、道義的に悪党とは思えない相手を、手にかけたケースもある。
旅先のレストランでバイト中に、親しくなった同僚の優子。
このところ、通り魔的な強盗殺人事件が相次いでおり、その通り魔が実は優子だった。
ヤクザに暴行され、シャブ漬けにされ、シャブを買うお金ほしさに通りすがりの人を襲って強盗殺人を重ねるようになってしまったという。
(シャブが切れて正気を失った時に犯行に及んでいた模様。犯行時に「心神喪失状態」だったと判断されれば、無罪の可能性あり)。
罪を自覚している優子は雪藤に言う。
「私を殺して」と。
もちろん、このタイミングで手にかけたわけではない。
その後、シャブが切れて正気を失った優子は、獲物を探しに出る。
そして、優子が包丁を構えて体当たりした相手が、雪藤。待ち構えていたかのように。
雪藤は優子を抱き留め、首にスポークを刺す。「サヨウナラ」と。
優子は雪藤の顔を見て正気に戻り、安らかな表情で逝く。
これも、せつない。
正気を失って犯行に及ぶタイミングで、手にかけた点に注目したい。
江戸時代の公儀御様し役(こうぎおためしやく)、山田朝右衛門を主人公にした劇画「首斬り朝」(原作・小池一夫、作画・小島剛夕)の逸話が思い浮かんだ。
不幸な生い立ちから、炎を見ると正気を失う「火狂い」となり、放火を繰り返し、死刑が決まった女への対応。
朝右衛門は、刑場で火を燃やし、それを見た女が正気を失った状態の時に首を斬る。
罪を犯したのは、正気を失った時の女なので、その精神状態の時に首を打つほうが、せめてもの情けではないかとの判断だった。
雪藤が「首斬り朝」を愛読していたかどうかは、定かではない。
本作「ブラック・エンジェルズ」は当初、悪党を暗殺する短編が続き、途中から悪の組織「竜牙会」と戦う長編になる。私は、この竜牙会との戦いまでの物語が好き。
(その後は、超能力者「ホワイトエンジェル」たちとの戦いになっていき、雪藤たちもだんだん、人間離れしていく)。
竜牙会は、人工的に災害を起こして今の社会体制を壊し、自分たちが支配する社会を作ろうと目論む。鷹沢はかつてメンバーだったが、その計画に反対して抜けたという。
竜牙会に対抗するため、ブラックエンジェル(初期メンバーは鷹沢、羽死夢、亜里沙、雪藤、エルス)を増やす旅にそれぞれ散ったという過去の経緯も明かされる。
最終決戦で明かされる竜牙会のボス「切人」は、鷹沢だったというのが衝撃だ。
鷹沢は二重人格だったらしく、切人として社会を滅ぼそうとする一方で、それを止めるためブラックエンジェルを生んだとの説明。
雪藤は「神父さま・・・いや、切人。そうとも、あんたが神父さまであるわけがない。地獄へ落ちろ、切人!」と叫び、目に涙を浮かべて、鷹沢を殺そうとする───
本作は、魅力的なキャラクターがたくさん登場する。
特に好きなのは、雪藤と松田。
そして、ジュディ。
独自に悪党暗殺活動をしていたジュディは、雪藤らと出会った当初、とげとげしかった。
ピンチで助けられて雪藤に心を寄せるようになる。
2人は、いい雰囲気になっていたのだが、、、
竜牙会との戦いのさなかに、ジュディが切人(偽)に捕まり、暴行されてしまう。
これは、ジュディのファンとしては、かなりのショックだった。
その後、雪藤が切人(偽)を倒して、ジュディを救出。
しかし、ジュディは暴行で心に深い傷を負っており、悪夢に苦しむ。
雪藤は、ジュディの気持ちを吹っ切らせ、優しく抱きしめる。
「ジュディは前と同じだ。何も変わっちゃいないよ」と。
竜牙会との戦いで、雪藤とジュディ以外のブラックエンジェルはみんな死んでしまう。
それ以降の物語には、雪藤はもちろん、ジュディも出てくるのだけども、諸事情により、雪藤とジュディの距離は遠ざかる。
そして、最後まで2人は結ばれない。
おそらく相思相愛だったのに。
これは、せつない。
殺伐として、悲しい場面が多い物語なので、2人の関係は、いい形で終わらせてほしかった。
大好きな作品だけども、この点は惜しい。
私にとって、青春のほろ苦さを感じさせる作品だ。
余談だが、、、
「ブラック・エンジェルズ」のほか、「デビルマン」(永井豪)、「火の鳥」(手塚治虫)、「メフィスト」(三山のぼる)も、子どもの頃に愛読し、残虐シーン等に衝撃を受けた作品。どれも名作。