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「F1全史1976-1980」「F1全史1981-1985」 グラウンドエフェクトカーの造形が大好き 幅広で平べったく地を這うような姿がかっこいい

「F1全史1976-1980」「F1全史1981-1985」

「F1全史1976-1980」「F1全史1981-1985」

自動車レースのF1で、私が好きな時代は、1970年代後半から80年代前半。

一番好きなドライバー、ジル・ヴィルヌーヴが活躍した時代であり(1977年にデビュー、82年に事故死)、「グラウンドエフェクトカー」をはじめ、F1マシンの造形がさまざまに模索された時代だからだ。

マシンの造形を眺めているだけで、楽しい。

 

造形が一番好きなF1マシンは、フェラーリ312T4(1979年)。

シュモクザメというか、ヒラメというか、独特の姿。

当時、「フェラーリ史上最も醜いマシン」と言われたそうだ。

私は、幅広で、平べったく、地を這うようなグラウンドエフェクトカーらしさがよく出ていて、かっこいいと思う。

スタイリッシュではなく、武骨な感じもいい。

車体を覆うカウルの前部が、空母の甲板のように前に張り出していて、空気の流れを上下に分けて「マシン下面に空気を取り込みたい感」が強く表れているのも、好感を抱く。

 

ジル・ヴィルヌーヴが駆ったフェラーリ312T4(手持ちのミニカー)

 

リジェJS11(1979年)もいい。

これも、グラウンドエフェクトカーらしさがよく出ている。

そして、サイドポンツーン(運転席の両サイドに張り出した部分)の後端の跳ね上がり具合が素敵な感じだ。

 

リジェJS11フォード

リジェJS11フォード

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グラウンドエフェクトカーとは、「ウイングカー」という別名が表すように、飛行機の主翼を天地逆にしたような断面の構造物が、サイドポンツーン内部にあるマシン。

詳しい説明は省くけども、この構造によって、車体を地面に押しつける力(ダウンフォース)が働いて、タイヤの接地力を高め、コーナリング性能が向上する。

つまり、より高速で、コーナーを曲がれるようになる。

 

1977年に登場したロータス78が先駆け。

78年には、改良型のロータス79が圧倒的な速さを見せ、シーズンを席巻した。

79年には他チームにもグラウンドエフェクトカーが広まり、本家のロータスよりも、フェラーリ、ウィリアムズ、リジェが強さを見せた。

 

 

F1マシンの造形がさまざまに模索されたのは、なぜか。

そこには、エンジンの供給者が少なく、エンジンの選択が重視されていなかった時代背景がある。

 

1976年を例に取ると、参加したコンストラクター(マシンの製造者)19チームのうち、フェラーリ、アルファロメオ、BRMの3チームは自らエンジンも作り、リジェはマトラ製のエンジンを使っていた。

逆に、フォード製エンジンを使うのは、ロータス、ウィリアムズなど残り15チームにも上った。

同じエンジンを使うチームが多いから、マシンの造形で性能に差を付けようという発想になったわけだ。

 

1976年の各チームのマシンを見ると、サイドポンツーンは小さい例が多い。

空気抵抗をいかに減らすかが重視されていたので、車体前部が前輪の前を覆うように大きい「スポーツカーノーズ」、車体前部が薄くて、くさびを寝かせたような形状の「ウェッジシェイプ」といったデザインのマシンが目立つ。

 

「F1全史1976-1980」より。1976年の各チームのマシン

1976年に登場したティレルP34は、6輪車(前輪に相当する車輪が小さくて、左右2個ずつ、計4個ある)。

前輪を小さくして、スポーツカーノーズの後ろに隠して空気抵抗を減らし、接地面積の減少は車輪の数を増やして補うというアイデアだった。

空気抵抗を減らす効果は期待ほどではなかったが、前輪の接地面積が増えてブレーキ力が高まり、コーナリング性能が上がった。

一方で、他チームと違う小型タイヤを使うため、タイヤメーカーと連携を取りにくいといった難点があり、1977年を最後に6輪車は姿を消した。他チームにも普及しなかった。

 

 

1978年のブラバムBT46Bは、筒に入れたファンを回転させ、車体下部の空気を吸い出し、ダウンフォースを得る装置を備え、「ファンカー」と呼ばれた。

このアイデアは、すぐに禁止された。

 

「F1全史1976-1980」より。ブラバムBT46Bの後ろ姿(右)。ふたがしてある筒にファンが仕込んである

この時代に最も成功したアイデアはグラウンドエフェクトカーだったわけだが、スピード向上は危険の増大というリスクと背中合わせだった。

1982年にヴィルヌーヴが事故死したのをきっかけに廃止論が強まり、この年限りでグラウンドエフェクトカーは禁止された(2022年に解禁されて復活)。

 

そして、エンジンが成績を左右する時代に移り変わっていく。

マシンの形状も、グラウンドエフェクトカー全盛の頃とは変わった。

 

1977年にルノーが持ち込んだターボエンジンは、80年代に入ると、他チームにも波及。グラウンドエフェクトカー禁止を受け、ターボ時代が本格化した(88年を最後にターボエンジンは禁止)。

1980年代後半はホンダエンジンが台頭。特に、88年は全16戦中15戦で、マクラーレン・ホンダ(ドライバーはアラン・プロストとアイルトン・セナ)が優勝するなど、ホンダエンジンを使うチームが主導権を握った。

 

1986年を例に取ると、参加したコンストラクター14チームに対し、エンジン供給者は9。他チームと同じエンジンを使う例は減った。

同じエンジンでかぶっても、ルノー製エンジンがロータス、ティレル、リジェの3チーム、BMW製エンジンがブラバム、アロウズ、ベネトンの3チーム、モトーリ・モデルニ製エンジンがミナルディ、AGSの2チーム。

残り6チームは、フェラーリが自家製、マクラーレンがTAGポルシェ製、ウィリアムズがホンダ製といった風に、それぞれ違うエンジンを使った。

 

「F1全史1981-1985」より。1984年の各チームのマシン

F1マシンの造形で、素人にもわかりやすい工夫は1980年代以降、あまりない。

90年にハイノーズのティレル019が登場したくらいだろうか。

ハイノーズは、ノーズを高い位置に上げて、車体下面に空気を取り込み、ダウンフォースを得るアイデア。その後、他のチームにも取り入れられた。

 

 

1990年代以降の細長くて、華奢な造形のマシンは、あまり好きではない。

例外は、フェラーリ641(1990年)。

細長くて華奢だけども、流れるような造形がとにかく美しい。

 

 

一方で、インディカーは、グラウンドエフェクトカーを禁止しておらず、私好みの幅広で平べったい造形。これは、かっこいい。

 

私が好きなF1ドライバー、ナイジェル・マンセルが1993年にインディカーに移ったこともあり、私の関心も、インディカーに移っていった。

94年にジャック・ヴィルヌーヴ(ジルの息子)がインディカーに参戦したのも、よかった。

ジャックがインディカーの王者になった後、F1に参戦して、97年にミハエル・シューマッハに競り勝ってF1王者になったのは、痛快だった。

 

ナイジェル・マンセルが駆ったニューマンハース・ローラT94(手持ちのミニカー)

ジャック・ヴィルヌーヴが駆ったチームグリーン・レイナード95
(手持ちのミニカー)

2022年、F1にグラウンドエフェクトカーが復活したけども、私好みの造形ではない。昔のF1マシンが懐かしい。

 

肝心の本の紹介は、最後に、ほんの少しだけ。

本書「F1全史1976-1980」「F1全史1981-1985」は、これまで述べたようなF1マシンの変遷を考えながら眺めると、楽しい。

各種データ類も、ありがたい。

写真集ではないので、写真が今ひとつ。

弱小チームを含めて参加全チームのマシンの写真があるのは、いい。

本書に私が求めるのは、そこだ。

 

 

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