
「日本の面影」ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)
松江の一日は、寝ている私の耳の下から、ゆっくりと大きく脈打つ脈拍のように、ズシンズシンと響いてくる大きな振動で始まる。柔らかく、鈍い、何かを打ちつけるような大きな響きだ。その間の規則正しさといい、包みこんだような音の深さといい、音が聞こえるというよりも、枕を通して振動が感じられるといった方がふさわしい。その響きの伝わり方は、まるで心臓の鼓動を聴いているかのようである。それは米を搗く、重い杵の音であった───
鋭い観察力と感性。
そして、何より、「神々の国・出雲」(島根県東部)への深い理解と愛情。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)には、物書きの端くれとして、そして、山陰出身者として、強く惹きつけられる。
冒頭に引用したのは、八雲の代表作「知られぬ日本の面影」の収録作品「神々の国の首都」の書き出しだ。
リズミカルな米搗きの音から、松江の描写が始まるというのが、面白い。
この後には、野菜や薪を売り歩く物売りの掛け声も描かれる。
子どもの頃に左目を失明した八雲は、そのせいか、音に敏感だったらしい。
別の収録作品「東洋の第一日目」でも、1890年4月に到着した横浜を巡り、日本の第一印象を描く中で、ゲタのリズミカルな音に着目している。
「カラン、コロンと左右が微妙に違う足音を立てる。だから、道行く人の足音の響きは、そんな二拍子のリズムが交互に繰り返されている感じだ」と。
「神々の国の首都」では、音の風景に続いて、「水の都」と呼ばれる松江の代表的な景色である宍道湖や大橋川の美しさが描かれる。
そして、再び、音の風景。
住民が、東から上った朝日や、出雲大社のある西方に向かって、柏手を打ち、拝む様子が描写されるのだ。
「あちこちから、木霊のように柏手の音が響き合っている」
「仏教伝来の前より、この豊葦原の国を支配していた古代の神々と、今なお、八雲立つ出雲の国に鎮座まします神々への祈りである」
、、、という風に。
八雲は、アイルランド出身の父とギリシャ出身の母の間に生まれた。
アイルランドで育ち、米国に渡って敏腕記者として活躍。
カリブ海のマルティニーク島でも数年過ごした。
恋する女性記者の勧めに従い、ルポを書こうと日本へ。
記者をやめ、英語教師として、赴任した先が、くしくも、八雲の憧れる日本の伝統的な文化を色濃く残す「神々の国の首都」松江だった。
この地で小泉セツと出会い、結婚。
のちに、日本に帰化して小泉八雲と名乗る。
八雲が松江に住んだのは、1890年8月から91年11月までの1年余りと、決して長くはない。
その後、熊本、神戸、東京と転居し、1904年に54歳で亡くなった。
しかし、「知られぬ日本の面影」の収録作品は、松江をはじめ、出雲大社、日御碕、美保関など島根県東部での体験を基にしたものが多い。
いかに、この地を愛したかがうかがえる。
(熊本、神戸、東京は西洋化しているとして、あまり好きでなかったらしい)。
セツが書いた「思い出の記」によると、八雲が好きなところは、マルティニーク島、松江、美保関、日御碕、焼津の5カ所だったという。
うち3カ所が島根県東部だ。
9月29日に放送開始予定のNHK連続テレビ小説「ばけばけ」が、楽しみだ。
小泉セツをモデルにした松野トキが主人公なので、八雲の生きざまや松江愛がどの程度、描かれるのかは、わからない。
セツの生きざまは八雲に劣らず、ドラマチック。
それでも、八雲は、しっかりと描いてほしい。
2人の生きざまを知るなら、小説「ヘルンとセツ」(田渕久美子)がおすすめ。
テンポが良く、ぐいぐいと引き込まれる。
ちなみに、「知られぬ日本の面影」、私はもともと、講談社学術文庫の「神々の国の首都」を持っていた。
この本には、八雲とセツが新婚旅行で浜村温泉(鳥取市)などを訪れた逸話「日本海に沿って」が収録されていなかったので、角川ソフィア文庫の「新編 日本の面影」「新編 日本の面影Ⅱ」で、買い直した。
「新編 日本の面影Ⅱ」には、セツの「思い出の記」も収録されている。
最後に、八雲にとって日本の第一歩となった横浜での体験を記した「東洋の第一日目」から、日本の文字に関する八雲の描写を少し紹介しておく。
以下、抜粋して引用。
名画のようなこの町並みの美しさのほとんどは、戸口の側柱から障子に至るまで、あらゆるものを飾っている、白、黒、青、金色のおびただしい漢字とかなの賜物ではなかろうか。
日本人にとって、文字とは、生き生きとした絵なのである。表意文字は生きているのだ。それらは、語りかけ、訴えてくる。そして、日本の通りの空間には、このように目に呼びかけ、人のように笑ったり、顔をしかめたりする、生きた文字が溢れている。
(以上、抜粋して引用)
<余談・今はない名看板>
かつて、松江市の松江駅前に「日本の面影 松江へようこそ」という看板があった。
私が知ったのは、30年くらい前。とても気に入り、写真に撮った。
その後、いつの間にか、撤去されてなくなってしまったのが、残念だ。



