
「東周英雄伝」(3)鄭問
台湾の漫画家・鄭問の「東周英雄伝」は、古代中国の春秋・戦国時代の王侯、武将、思想家らを取り上げる1話読み切りスタイルの作品。
1990年代初めに漫画雑誌「モーニング」に連載された。
私が好きな歴史物。
ペンを使わず、毛筆で描く絵柄も気に入った。
取り上げるのは、秦の始皇帝、孫武(孫子)、孔子といった有名な人物ばかりではない。
この漫画で初めて知るような人物もいて、興味深い。
24話で連載が終わったのが残念だ。
もっと、いろんな人物を描いてほしかった。
単行本第3巻は、屈原、墨子らの8話を収録。
この記事では、春秋時代の孤高の武術家2人の物語を紹介したい。
1人は、越の女剣士・處女。
もう1人は、楚の弓の名手・養繇基。
2人とも、剣術、弓術一筋の生きざまが清々しい。
「美しき棘の花 處女」
「臥薪嘗胆」という故事成語を生んだ呉と越の戦いに、こんな人物が絡んでいたとは、初めて知った。
剣術の達人で、美女。あだ名は「荊棘花」(いばらの花)。
相思相愛なのに、愛を諦める姿がせつない。
呉に敗れ、雪辱を誓う越の王・勾践と出会い、超人的な剣術を見込まれて、総師範として召し抱えられる。
處女が剣技を授けた3000人の「荊棘兵」は、のちに大活躍したという。
勾践と出会った時、100人の兵士と模擬戦をして腕前を見せるエピソードが面白い。
呉の王・闔廬に初めて会った孫武が、後宮の貴妃たちを兵士に見立て、訓練の腕前を見せた逸話を思い出させる(「東周英雄伝」第2巻に登場)。


處女と勾践は互いに好意を抱く。
處女は、訓練で陣形を披露すると言って、兵士たちで「我愛我王」(私はわが君を愛している)という人文字を描く。
もちろん、そばにいた勾践にも、ほかの誰にも読めていない。
この訓練の時、處女は、普段と違う女性らしい服装。
兵士の中には、處女の恋心に気づいた者もいたが、勾践は全く気づいていなかった。
ここで、勾践が「おっ! きょうは色っぽいね」とでも言っておけば、この後の展開が変わったかもしれない。

私も鈍感なほうで、妻が髪形や服装を変えても気づかないことが多かった。
そういうことに気づくことが大事だとわかってからは、万が一、気づいたら「似合うね」等、言及するように心がけている。
うろ覚えだが、漫画「北斗の拳」(原作・武論尊、作画・原哲夫)でも、マミヤが普段の戦闘服と違う、女性らしい服装でレイの気を引こうとした場面があったと思う。
たしか、レイは、びくともしなかった。
(以下はマミヤのヌードシーンの複製原画。プレミア価格になっている)
勾践は、處女に、たくさんの荊棘花を贈って、好意を表すところは良かった。
そして、酒に酔った勢いで、處女を押し倒す。
相思相愛なのだから、この作戦も悪くはないと思う。
実際、處女は押し倒されながら思う。
「わが君の愛を受け入れ、貴妃となって生涯をともにしよう」と。
ところが、タイミングが悪かった。
2人がいる部屋の近くにたまたまいた家臣が、荊棘花に触って「痛てッ」と声を上げ、「トゲがとがっているかどうか、ちょっと試してみただけだ」と、意味深な発言をしてしまう。
處女は「わが君も、私のトゲをお試しになったのですね?」と言って、勾践を振り払う。
そして、涙を流しながら立ち去る。

これで、勾践への思いを断ち切った處女は、即座に行方をくらませる。
後を追った勾践は、悲しむ。
處女も、勾践も、気の毒だ。
縁がなかったとしか、言いようがない。
「放言の神箭手 養繇基」
この漫画で初めて知った。
神業級の弓の名手で、天真爛漫の極致のような人物。
他人の気持ちに無頓着で、場の空気が読めない世渡り下手。
出世には恵まれなかったが、伸び伸びと矢を射ることができれば、満足だったという。
さすがに、ここまで天真爛漫ではないけど、私も似たような性分。
伸び伸びと書ければ、満足なので、共感を覚えた。
「春秋五覇」(春秋時代の覇者5人)に数えられることもある楚の共王に仕えた。
物語では、いきなり、天真爛漫さを見せつける。
共王がすばしっこいサルをなかなか射られずに腹を立て、養繇基を呼ぶ。
養繇基は、木の幹を貫いてサルを射る神業を見せ、拍手を浴びる。
ところが、「サル一匹射落とすなど、このように簡単なのに、なぜ、拍手などする?」と言い、共王の怒りを買うのだ。


この調子で、いろいろと共王を怒らせ、ついには、矢を射ることを禁じられる。
養繇基は、がっくりと肩を落とす。
それでも、共王は、いざと言う時には、養繇基を頼りにした。
晋との戦いで、敵将・魏錡に苦戦。
魏錡は、「打倒養繇基」を掲げて弓術を磨いた達人で、楚軍の将兵を次々と射殺し、共王も負傷させる。
呼び出された養繇基は、魏錡が乗る戦車の馬と御者を貫き、なおかつ、魏錡を貫く一矢で、あっさりと勝利。
魏錡は、腕の差に愕然として、死ぬ。


この功績で官職や金銭をもらうこともなかったが、養繇基は笑顔だった。
結びのナレーションによると、「彼はただ、気持ちよく矢を射ることができれば、それで満足だったのである」。
名人の鑑だと思う。



