てっちレビュー

 読書、音楽、映画・・・etc.あと、記者の仕事あれこれ

「恐竜大紀行」岸大武郎 少年ジャンプ黄金期の隠れた傑作 「命ある限り喰え」 恐竜のリアルな生態を淡々と描き、これが胸を打つ

「恐竜大紀行」

「恐竜大紀行」岸大武郎

淡々と描かれているのに、味わい深い。

言葉をしゃべるという点では、恐竜を擬人化していると言えるが、絵柄はあくまでもリアル路線。

このギャップが絶妙な魅力を醸し出す。

無表情にしか見えない恐竜に、悲哀を感じさせるのが、すごいと思う。

 

 

漫画家・岸大武郎の「恐竜大紀行」は、「命ある限り喰え」を基調テーマに、恐竜のリアルな生態を描く。

「ドラゴンボール」「北斗の拳」「キャプテン翼」「聖闘士星矢」といった大人気漫画がひしめいた「週刊少年ジャンプ」黄金期の隠れた傑作だと思う。

1話読み切りスタイルで、全12話。

同じく恐竜が登場する漫画で、小学生の頃に読んだ「大長編ドラえもん のび太の恐竜」(藤子・F・不二雄)のようなエンターテインメントとは、全く趣が異なる。

かといって、学習漫画とも違う。

連載当時に読んで、心に残った。

 

 

「スカーフェイス」と名づけられたティラノサウルスの母親が卵を守って死に、卵からかえった赤ちゃんたちが、母親の死体に食いつくという第1話からして、引き込まれた。

スカーフェイスは産卵後、地面に埋めた卵を守るのに専念して、何日も食事せずに弱っており、近づいてきたトリケラトプスから卵を守ろうとして、やられる。

死にかけの時に、卵から赤ちゃんがかえろうとしているのに気づき、最後の力を振り絞って地面を掘り返し、卵をやさしく噛んで割ってやり、息を引き取る。

「よしよし、間に合ってよかったよ。お前たち元気で生きるんだよ。それが母さんのたったひとつのおねが…い…」との言葉を残して。

この後のナレーションがいい。

 

残された8匹のティラノサウルス

彼らは誕生の時から肉食恐竜であり、今、目の前に巨大な肉塊が横たわっている

しかも、切り裂かれた腹から臭う腐敗臭は、もはや、それを仲間の死体とは思わせないのだ

子どもたちはそれに喰らいついた

母親の死肉に

「命ある限り喰え!」

自然があらゆる生物に与えた指令

その指令に従うことが彼らにとって母親の深い愛情に報いる唯一の方法であった

母親スカーフェイスはきっと幸せだったに違いない

(以上、抜粋)

 

「恐竜大紀行」より。スカーフェイス

天敵がいなくなったため、アンモナイトが増えすぎて食糧難に苦しみ、また天敵が現れてアンモナイトが食べられ、食糧難が解決する第9話も、基調テーマが貫く。

ナレーションはこうだ。

 

野生の動物が寿命によって死ぬことはまず、ありえない

最後はいつも敵に喰われ、敵の血肉にならねばならない

それは誕生の時から定められている運命なのだ

いや、あるいは、それこそを生物の天寿と呼ぶべきなのかもしれない

喰う者と喰われる者

ともに栄えるそれらの絶妙なバランスの中で、あらゆる生物が生きているのだから

(以上、抜粋)

 

天敵ティロサウルスに捕食されるアンモナイトが「こいつらは敵なんて、いねえ。喰いまくっているだけじゃねえか。不公平だ。同じ生き物なのに」と愚痴をこぼすシーンも面白い。

アルケロンがたしなめる。

「アンモ君たちも、エビさんたちを喰いまくっておるじゃないか。同じじゃよ」と。

そして、ティロサウルスも年老いて弱ったものは、ほかの恐竜に食べられるという実態が描かれるのだ。

 

プテラノドンの母親が敵に捕食されてしまい、巣でエサを待つヒナが餓死するという実態も、第2話で描かれる。

個人的には、本作「恐竜大紀行」で一番印象深いのは、このエピソード。

3羽のヒナのうち、兄2羽より体の小さい「チビ」が主人公。

ナレーションによると、「普通、体の大きな早生まれのヒナは親の運んでくるエサを独占することができる。だから、末っ子にエサが回ってくる機会はほとんどないのだ。その結果、多くの場合、末っ子は餓死してしまう」という。

 

だが、チビは、小さな体でエサの取り合いを必死に戦ってきた。

母親が敵に食べられたことを知らず、帰りを待っていた3兄弟は、やがて、巣の背後の岸壁を登り始める(3羽とも翼の使い方を知らない)。

生きたいという本能がさせたのだろうか。

しかし、兄2羽は、大きな翼が邪魔になって、うまく登れず、登っては落ちるを繰り返し、やがて、力尽きる。

ナレーションを抜粋する。

 

可哀想な兄たちは翼の使い方も知らず、やがて力尽きていった

皮肉なことに体の大きさが災いしたのだ

大きな体を持ち上げる力は、もう残っていなかったのである

彼らは弱々しく、死ぬまで母親を呼び続けるしかなかった

もう戻らないのに

(以上、抜粋)

 

「恐竜大紀行」より。プテラノドン

 

無表情に描かれているのに、兄2羽がとても哀れに思えて、涙が出そうになる。

 

岸壁を登ったチビは、敵に襲われる。

生きたい一心で、岸壁から海に向けて飛び出し、風に乗って飛ぶ。

これで、翼の意味を初めて知る。

ここで力尽きた兄たちが描かれるのが、また、哀れを誘う。

 

喰う喰われるとは違う視点でも、せつない話がある。

パキケファロサウルスの若いオス「ロック」が主人公の第6話。

群れのリーダー「ボイス」に、恋人「フルール」をとられ、鍛錬してリベンジする物語だ。

これも印象深い。

 

ポイントは、恐竜ならではの女心。

ボイスに負けて群れを追い出されたロックは、フルールを諦められず、群れから連れ出そうとする。

しかし、フルールは付いてこず、次のように言って、突き放す。

 

ボイスが好きなの

ボイスは強いから

強いから好きになってしまったの

これからは、いいお友だちでいましょう

(以上、抜粋)

 

「恐竜大紀行」より。ロックとフルール

これは、世の中の男子の胸に突き刺さる非情なセリフだ。

恐竜のメスにとって、オスの魅力は強さだけ。

優しさとか、賢さとかは関係ない。

これまでロックと仲良く過ごしてきた思い出も関係ない。

極めてシンプルで、ドライだ。

人間でよかったとつくづく思った。

 

この後、ロックは、大山倍達のように山ごもりをして鍛錬を積み、ボイスに再戦を挑んで、倒す。

今度は「行くぞ。フルール」の一言で、フルールが黙って付いてくるのが、面白い。

 

www.tetch-review.com

 

本作「恐竜大紀行」はティラノサウルスで始まり、ティラノサウルスで終わる。

第11、12話で前編、後編とした最終話は、恐竜の絶滅を描く。

 

現在では、恐竜絶滅の主な原因は、メキシコ・ユカタン半島あたりへの巨大隕石衝突が有力視されている。

巨大な津波や大規模な火災が起きたほか、大量のチリが舞い上がって地球全体を覆い、気候が寒冷化したとされる。

 

本作の連載当時は、この仮説がまだ、なかったようだ。

海退現象で、穏やかだった気候が厳しくなり、さらに巨大な海底火山の噴火で、チリが地球を覆ったことなどが重なったという説明になっている。

高さ200メートルの巨大な津波が恐竜を飲み込む様子も描かれる。

映画「2012」を思い出した。

 

 

最後に、死にかけたティラノサウルス「キング」がパラサウロロフスの死体に食いつき、そのまま力尽きる。

まさに「命ある限り喰え」だ。

ナレーションはこうだ。

 

キングは大好物だったパラサウロロフスの肉を頬張った

懐かしいその味が口の中いっぱいに広がった

キングは、かすかに喜びを感じた

大きな下あごを2回動かしたが、唾液はもう流れなかった。

(以上、抜粋)

 

「恐竜大紀行」より。キング

これも、涙が出そうになる。

「かすかに喜びを感じた」という記述が、グッとくる。

 

www.tetch-review.com

www.tetch-review.com

www.tetch-review.com