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「地獄の辞典」コラン・ド・プランシー 日本人はキツネを恐れている? 怪奇ブームの19世紀フランスで書かれた辞典 日本への誤解もまた面白い

「地獄の辞典」

「地獄の辞典」コラン・ド・プランシー

19世紀のフランスで書かれた本だという点を頭に入れて読まないといけない。

日本に関する記述とか、間違いが多いと言われるが、時代を考えると、そこは温かい目で見たほうがいい。

むしろ、当時のフランス人の感覚や世相を知る歴史資料だと思って読んだら、興味深い。

 

「地獄の辞典」は、フランスの文筆家コラン・ド・プランシーのライフワーク的な大作。悪魔や精霊、迷信といったオカルト的な事物を網羅してある。

ジャンヌ・ダルクのような聖人、ノストラダムスのような奇人も取り上げている。

ヨーロッパに限らず、アジアや中東、アフリカの事物も紹介している。

 

 

この辞典のタイトルは、本当はかなり長い。

「地獄の辞典。精霊、魔神、魔法使い、地獄との交渉、占い、呪い、カバラその他の神秘学、奇蹟、イカサマ、種々の迷信、予兆、交霊術の事績、および概括すればあらゆる奇蹟的・驚異的・神秘的・超自然的な誤った信仰に関する存在・人物・書物・事象・事物の普遍的総覧」だという。

プランシーは、ものすごく熱意のある人というか、変わり者だったことが読み取れる。

 

1818年の初版発表後も改訂が重ねられ、1863年の第6版は、項目数が3799件にも上ったという。

本書は、第6版の邦訳で、原著の膨大な項目を絞り込み、374件を訳出している。

訳者は床鍋剛彦で、悪魔学者・吉田八岑の協力を得た。

 

訳者のあとがきによると、当時のフランスでは怪奇趣味が流行し、吸血鬼や悪魔、精霊が出てくる幻想怪奇小説が人気を集めた。

「地獄の辞典」は、そんな世相を背景に生まれて、評判を呼んだ。

文豪ヴィクトル・ユーゴーの幻想小説で、醜いせむし男が登場する「ノートルダム・ド・パリ」に影響を与えたとも言われるという。

 

ja.wikipedia.org

 

ちなみに、この小説のせむし男は「カシモド」という名前なのだけども、かつて、プロレス界にカシモドという怪奇レスラーがいた。

うろ覚えだが、漫画「プロレススーパースター列伝」(原作・梶原一騎、作画・原田久仁信)のアンドレ・ザ・ジャイアントの巻で、「パリでは怪奇レスラーが人気」として、カシモドが登場し、アンドレにあっさりとやられていたと思う。

 

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私が本書「地獄の辞典」を手にしたのは大学時代。

当時、澁澤龍彦やコリン・ウィルソンの本を好んでいたので、その流れだった。

辞典なので、気楽に拾い読みできる。

説明は項目によって分量が違い、数行の項目もあれば、数ページの項目もある。

 

ノストラダムスに関する説明が面白い。

読書ばっかりしていたら頭がおかしくなったという説明と、「最良の予言」のくだりは、笑った。

一部抜粋してみる。

 

ノストラダムス

医師、占星術師。医才に優れ、プロヴァンス地方に蔓延する難病をいくつも治したことで、医師仲間の妬みを買ったため、世を捨てて、隠遁の身となった。

書物だけを友として暮らすうちに精神は高揚し、ついに自分には未来を予見する才能があると思うまでになった。

謎めいた文体で予言を記し、重みを付けるために韻文を用いた。この予言集は空前のブームとなり、彼は多くの支持者を得た。

だが、分別ある人たちは、彼を妄想家とみなしたり、あるいは悪魔と契約しているのだとか、いや、彼こそ真の予言者なのだとか、議論百出した。

良識ある人々の大半は、ノストラダムスのことを、医業で得られなかった富を、だましやすい一般大衆相手の占いで得ようとする山師にすぎぬ、とみていた。

彼の予言のうち最良のものは、彼が予言の仕事で富を得るだろうという予言であったと言われる。

(以上、抜粋)

 

「地獄の辞典」より。項目「ノストラダムス」

何より、日本に関する記述が目を引く。

日本に関する記述では、キツネがやたら出てくる。

そして、日本人は、キツネをすごく恐れているような書き方。

実際には神の使いだと考えられ、名作「ごんぎつね」(新美南吉)で描かれたように、いたずら好きだけども憎めない可愛い動物として親しまれているように思うのだけど。

映画「キタキツネ物語」(1978年)も人気を集めたと思うし。

 

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各地に稲荷神社があり、キツネがまつられているので、当時のフランス人の感覚だと、「日本人は、なんで、キツネにこだわるの?」と不思議に思われたのだろうか。

小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)も日本でキツネに関心を寄せ、松江城の近くの稲荷神社に並ぶキツネの石像がお気に入りだったようだ。

 

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「地獄の辞典」の影響で、19世紀のフランスでは、日本に対する誤解が広がっていたかもしれないと想像すると、面白い。

日本とキツネに関する記述がある項目をいくつか、抜粋してみる。

 

悪魔

西洋の悪魔は黒い怪物としてイメージされることが多いが、黒人の考える悪魔は白い。

日本の神道の信者たちは悪魔をただの狐と考えている。

アフリカでは悪魔は一般に尊重され、黄金海岸の黒人たちは食事の前にパンのかけらを床に落として、悪霊に捧げることを忘れない。

フィリピン諸島の住民は、悪魔と対話ができると自慢する。彼らによれば、たった1人で悪魔と話をしようとして悪魔に殺された向こう見ずな連中も何人かいるらしく、だから、悪魔との対談は大勢集まって行う。

モルジブの島民は、病気になると、望ましい悪魔に頼ろうとし、雄鶏や雌鶏の生贄を捧げる。

 

日本の神道信者たちは、邪悪な者の霊魂だけが悪魔であるとみなし、その魂は、この国を荒らす害獣の狐の体に宿ると考えている。

 

悪霊を指す日本語。日本では大被害をもたらす狐をこの名で呼ぶ。

日本の神殿は1種類の魔神しか受け入れないが、それは死後に狐たちをあおり立てることだけを務めと定められた悪人たちの魂である。

(以上、抜粋)

 

「山伏」という項目もあり、よく調べたなと思うが、内容は、かなり誤解がある。

まるで、カルト教団みたいに書いてある。

でも、山伏の真の姿がこうだったら、と想像すると面白い。

私の故郷・鳥取県には「大山(だいせん)」「三徳山(みとくさん)」と山岳信仰、修験道の聖地の山がふたつあるから、想像が膨らむ。

ついでに宣伝させてもらうと、国宝「投入堂」で知られる三徳山には、白い狼が現れて三朝温泉を見つけたという伝説がある。

白い狼というところが、ジンギスカンの「蒼き狼と白き牝鹿」を連想させ、なんだか、素敵だ。

 

mitokusan.jp

 

では、「地獄の辞典」から「山伏」の項目を抜粋してみる。

 

山伏

日本の狂信者の一種。行者に類する。

地方を放浪し、悪魔と親しく言葉を交わすと自認する。

埋葬に参加する時には、誰も気づかぬうちに死体を持ち去り、死者を蘇らせるという。

彼らはまた、3カ月にわたって、杖で互いを傷つけ合ったのち、1艘の小船に大挙して乗り込み、大海原へ漕ぎ出してから、船に穴を開け、自分たちの神々をたたえながら、溺れ死ぬ。

(以上、抜粋)

 

11月6日に漁が解禁される「松葉ガニ」(ズワイガニの雄)が特産である鳥取県の出身者としては「蟹」という項目の記述も見逃せない。

抜粋してみる。

 

海に住むこの醜怪な生物は、水の魔神と何らかの関係があるとされている。

スコットランドの河川湖沼に沿った地方では、魔女のサバトが岸辺で開かれる時、蟹がダンスを披露するという言い伝えがある。

(以上、抜粋)

 

当時のフランス人は、カニを食べなかったのだろうか。

私はカニが大好物。特に「親ガニ」(ズワイガニの雌)を使った鳥取の家庭料理「親ガニのみそ汁」なんか、最高だと思うけど。

まあ、この項目の挿し絵のカニが可愛いから、許そう。

 

「地獄の辞典」より。項目「蟹」

 

(以下の記事「くら寿司ちいかわコラボ&映画「鬼滅の刃無限城編」の中に、親ガニのみそ汁の作り方の紹介動画がある)

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