
「夢幻の如く」本宮ひろ志
2023年春に長女(一人娘)が社会人になった時には、何だか、「務めを果たした」という気持ちになったものだ。
50代半ばとなり、「第2の人生」に思いを巡らせている。
そんな今、読み返すと、漫画「夢幻の如く」(本宮ひろ志)の織田信長の生きざまが、胸を打つ。
信長が本能寺の変で死なず、世界征服に乗り出すというストーリー。
この物語の信長は、本能寺の変で潔く死を覚悟する。ところが、謎の光に包まれて、近くの山にテレポートするという超常現象で生き延びてしまう。
本来なら死んでいた身だから、その先は「オマケの人生」だと気楽に考えて、伸び伸びと振る舞う。
この生きざまが痛快。本宮漫画らしいスケールの大きな生きざまだ。
この物語は、信長の生きざまで読ませる物語と言える。
そして、名セリフの数々。
史実でも太く短く生きた信長らしいセリフには、勇気づけられる。
まず、本能寺の変であっさりと死を覚悟した時のセリフ。
(信長語録その1)
俺は死ぬな…
おもしれェのォ
いっぺん、死んでやろうかィ
ぶへへへ
(以上、抜粋)

ラッキーで生き延び、「オマケの人生」という考えも要所要所で口に出す。
(信長語録その2)
死んだ人間が生きておること…
それを思いきり楽しめ
俺は楽しゅうて、たまらんわィ
わあっははは
(信長語録その3)
俺は死んでおる
死んでおると、情に流されることも、押し殺すこともせん
欲望の赴くまま自由じゃ
ぐわあっははー
(信長語録その4)
わが生涯、今あるはオマケじゃ
オマケがこれほど面白いとはのォ
(以上、抜粋)

この物語の信長は、本能寺の変より前から、世界進出を描いていた。
動機は、旺盛な好奇心。
(信長語録その5)
世界には…
冬の来ぬ常夏の国があるそうじゃ
馬を走らせ、1年駆けても抜けられぬ砂の地があるそうじゃ
聞くだけでも身がゾクゾクするがや
わしゃあ、その全部がほしいのよ
(以上、抜粋)
ポルトガルから来たキリスト教宣教師カブラルは「チンギスハンを上回る英知と勇気を身につけ、残忍な人物で、日本を統一後、世界征服に乗り出すのは間違いない」と危機感を抱く。
そして、朝廷とも謀り、羽柴(豊臣)秀吉や明智光秀を抱き込んで、信長を亡き者にしようとした───というのが、この物語の本能寺の変だ。
「軽い冗談」のつもりでカブラルの策に乗った秀吉は、光秀が本当に本能寺の変を起こすと動揺。
そこで、「今、光秀を討てば、あなたが天下人」と黒田官兵衛や蜂須賀小六にそそのかされ、その気になる。
官兵衛は、奇跡的に生きていた信長をひそかに亡き者にしようともする。
野心を抱きながらも、信長に取って代われなかった秀吉の立ち回りは、この物語の序盤の見どころだ。
すったもんだの末、信長が生きていることが明るみになると、重臣たちは大喜び。
そして、秀吉はみんなに責められる。
(秀吉のセリフその1)
大殿、サルは爽やかでござりますわい
大殿のお命を何度か無きものにしようといたしましたが、織田信長を殺して天下をわが物とし、眠れぬ夜を過ごす
しかし、今ここで命を絶たれようと道を誤らなんだこのサルめの心情、まさに爽やかでござりまする
(以上、抜粋)

信長は秀吉を許し、世界征服の遠征に誘う。
(秀吉のセリフその2)
大殿に付き従いて働くことこそが無上の喜び
今こそ、初心に戻れたわ
(以上、抜粋)
世界征服という壮大な野望を抱きながら、「オマケの人生」だと気楽な信長の生きざまは、行く先々で、多くの人の心をとらえる。
ヌルハチを例に、紹介してみる。
ヌルハチは、「満州」と呼ばれた中国東北部にいた女真族のリーダー。
史実では明王朝を倒し、清を建国する。
この物語では、信長がヌルハチの後ろ盾となり、明を倒して清を建てさせる。
初対面の時から、ヌルハチは、信長に惹かれていた。
(ヌルハチのセリフその1)
こっ、これが東の外れの島からやってきた蛮人の王か
何という高貴な顔をしている
こんな貴い顔をした人間を生まれて初めて見た
(以上、抜粋)
やがて、ヌルハチは信長を「オヤジ」と呼んで慕うようになる。
「明国を盗れや」と信長に後押しされ、ヌルハチが明に反旗を翻すと、信長は別れを告げる。
(信長とヌルハチのやり取り)
信長「この可愛いおさげ、もらって行くぞ。お前には俺の甲冑をやる」
ヌルハチ「オ…オヤジ。もらって行くって、ど…どこへ行く気だ。お…俺のために、女真にずっと、いてくれるんじゃ…」
信長「モンゴルには、世界最強の兵が眠っている。まず、蒙古だ。そして、全世界をわしの領地とする」
(以上、抜粋)

(ヌルハチのセリフその2)
明を盗れなどと、口先だけで気楽なことをぬかすと思ったがよ…
自分は世界を盗る気だ
こういう大ボラ、おりゃあ、好きなタチでな
(以上、抜粋)

うつけ(馬鹿)と思わせて実は切れ者。
信長のトリッキーさもこの物語は壮大に膨らませている。
決める時はビシッと決める。
ヨーロッパ諸国の使者に向けた演説は、物語の読みどころだと思う。
世界征服は、私欲ではなく、世界の国々の融和が狙いだと明かすのだ。
東洋と西洋の個性を比較して論じるのが面白い。
少し長いけど、紹介したい。
天が動いているのではなく、地球が動いていると唱えている男がいるそうだな
ガリレオとか申す…
シェイクスピアの舞台「ロミオとジュリエット」もぜひ見たい
ビールやワインというものを飲みながらのォ
人間は、白も黒も黄色も、東も西も、考える力を持っている…
しかし、長い時間の経過のうち、自然の環境、人種の性質によって、その考えは微妙に違ってきたようじゃ
東の人間たちは、人とは、どう生きるか、どう苦しみを乗り越えるか、人間の内なるものに考えを及ばせた
おぬしら西の人間は、人間の体はどういう仕組みでできあがっておるか、自分たちの住む丸い玉は何ででき、どう動いているのか、それを解き明かそうとする
お前たちの言う科学というやつだ
これは算術的思考と言える
どちらが良い悪いではない
両方そろってこそ、より完全に近い
男と女が対であるようにだ
溶けて、ひとつに融合する
この丸い玉の上に別れて住んだ人間という種の持つ知恵は、どんな知恵であろうと有益じゃ
ひとつとして無駄にはできん
個々の欲、己の利益、己の優位を中心に考え、他を見下し、これを排さんとすること、この矮小なる思考こそ、大いなる罪と言える
地球にて考える力を有したる人間は、他の動物とは違う
すべての人間の考える力は、価値を持っておるのだ
人間とは特別な生き物よ
(以上、抜粋)


超自然的な力で奇跡的に死地を脱し、世の中を達観した信長ならではの言葉だろう。
世の中にはタイプが違う人間がいて、どちらが良い悪いではなく、両方そろってこそ、より完全に近い、という発想が好きだ。
心理学者カール・グスタフ・ユングの「タイプ論」を思い出す。
以下、過去記事「ユング心理学でわかる8つの性格」の焼き直しになるけど、若干、説明する。
ユングの「タイプ論」は、人間をタイプ分けして型にはめるものではない。
「タイプは、心の発達の偏りだ」と説く。
自分の心の発達した機能と未熟な機能を知り、バランスの取れた人格形成を目指せるという考え方が素晴らしい。
この点、血液型や星座の性格診断とは根本的に違う。
例えば、心の構えが外向きで直観が最も発達した「外向的直観型」は、可能性や本質を見抜くことにたけ、柔軟な発想を持つアイデアマン。
ただし、筋道立てて説明するのが下手で、関係者の立場や場の空気を考えず、事前の根回しにも無頓着なため、理解されず、トラブルになることもある。
本人にとっては、説明とか、気配りとか、根回しとかは、どうでもいいことで、「なぜ、このアイデアの素晴らしさが皆にわからないのか」と、ふに落ちない。
おそらく、周囲の人にとっては、議論の流れを無視して突然、よくわからないことを語り始める「迷惑な人」だろう。
この外向的直観型が他の機能を磨くとアイデアを周囲に理解されやすくなるということ。
組織運営にも応用できる考え方だと思う。
外向的思考型はリーダー、外向的感情型はムードメーカー、外向的感覚型は実務家…というように、人それぞれに持ち味がある。
おそらく、評価されやすいのは、リーダータイプだと思うが、例えば、ムードメーカータイプが、仮に業務そのものの能力は人並みだとしても、周囲をやる気にさせて生産性を上げているのなら、その貢献はきちんと評価されるべきだろう。
多様な個性が生かされてこそ、組織の完成度は高くなる。