
ああ、この人に会えるなら、死んでも悔いはない───
のちに秦の始皇帝となる秦王・政は、思想家・韓非の著書「韓非子」の中の2編「孤憤」と「五蠧(ごと)」を読んで、そう言ったという。
「孤憤」は、君主に取り入って私利を図る側近が国を滅ぼすとして、有能な人材を登用するよう、説く。
「五蠹」は、昔の慣習や仁義による政治は今の時代に合わず、法律と賞罰を徹底した政治が必要だと説く。
政は、人間不信の人物だったとされる。
韓非の思想に触れ、「わが意を得た」との思いだっただろう。
そして、「死んでも悔いはない」と言うほど、感動した様子からは、心が通じる相手をいかに渇望していたか、政の孤独が感じ取れる。
漫画家・鄭問(チェンウェン)が古代中国、春秋・戦国時代の人物を描く「東周英雄伝」に、秦王・政(始皇帝)の物語「恨吞天下」がある(単行本第1巻に収録)。
どうして人間不信に至ったか、幼少期から青年期まで前半生を描く。
権力争いの過程で、母親に命を狙われた経験に着目して、話を膨らませているのが、面白い。
つまり、母親に捨てられて、人間不信になったというわけだ。
この物語「恨呑天下」は、幼い政が、鶏もも肉を盗んで捕まり、趙の民衆に折檻される場面で始まる。
簡単に背景を説明すると・・・
政の父・子楚は、秦の王族の1人だけど、王位を継げる見込みはなく、人質として、隣国の趙で暮らしていた。商人・呂不韋の支援で王位継承のレールに乗る。
呂不韋の愛人・趙姫に惚れて后として迎え、政が誕生。
秦が趙を攻めた時に逃げ出して秦に帰るけど、趙姫と政は趙に残したまま。
趙姫と政の母子は、秦を憎む趙の民衆にいじめられていた───という状況。
政は、折檻を受けて喉にけがを負いながらも、鶏もも肉を死守して帰り「母上、きょうも鶏のもも肉が食べられるよ」と笑顔を見せる。
だるそうに寝ている趙姫の姿は、あまり良い母親ではない雰囲気を醸し出す。
それでも、政にとっては、愛しい母。
導入から、母子の距離感をうまく描いていると思う。

政の父・子楚が王位に就くと、趙は母子を秦に送り返す。
子楚はすぐに亡くなり、13歳の政が王位に就く。
この物語で、政は、王位に就くと「すぐに出兵だ!趙国を攻める!」「趙国は、われら母子にひどい仕打ちをした。今すぐ滅ぼしてやるんだ!」と、いきり立つ。
「私に」ではなく、「われら母子に」というのがポイント。一心同体なのだ。

「勝算がない」旨、告げて止めるのが、呂不韋。
子楚を支援した功績で、宰相となり、幼い政に代わって政治の実権を握っていた。
水を差されて政は、不満顔。
その後、部屋に閉じこもっている趙姫のところに行って、外から声をかけ「母上は、最少の人柄をどう思われますか?」と尋ねる。
「忠誠心に満ちあふれた人よ。あなたは安心して、国家の大事を預けなさい」という趙姫の言葉に安心して、笑顔で立ち去る政。
母に依存する子どもらしい姿だとも言えるし、政にとって、苦労を共にしてきた趙姫が心の拠り所だったのだろう。
しかし、部屋の中では、趙姫が呂不韋と情事にふけっていた。
政は、厳格な法律と賞罰で国民を縛り、反体制的な思想を弾圧したことで「非情な暴君」というイメージが強いと思う。
政に使えた謀臣・尉繚による人物評が、歴史書「史記」(司馬遷)に見える。
「恩愛の情が乏しく、虎狼の心を持っている。劣勢の時は人にへりくだるが、優位に立てば、人を食らうだろう。もし、秦王が天下統一を成し遂げれば、天下の人々はみな、奴隷となるだろう。ゆえに長く付き合う相手ではない」といった具合で、恐ろしい人物としか、思えない。
「史記」には、出生の「疑惑」も記されている。
政の父・子楚が呂不韋の愛人だった趙姫を迎えた時、既に身ごもっていたという話。
つまり、政は、呂不韋と趙姫の間にできた子どもで、秦王室の血を引いていないという疑惑だ。
趙姫は、奔放な女性だったとされ、子楚の亡き後、呂不韋との関係が復活した。
「歴史群像シリーズ44 秦始皇帝」によると、非情な暴君の顔といい、出生の疑惑といい、「史記」が、政(始皇帝)を貶めるような記述があるのは、「史記」が秦を滅ぼした後に建国された漢の時代に書かれた歴史書だからだとの見方がある。
秦を悪者にして、漢の正当性を強調するためだ、と。
あり得る話だと思う。
秦の滅亡後、漢の劉邦と覇権を争ったライバル、楚の項羽について、「史記」は、暴君の面を書く一方で、愛しい虞美人との別れなど情に厚い姿も書いている。
ところが、政は、非情な暴君としか書かれていないという。
この物語「恨呑天下」は、政は、根っからの非情な人間ではないと想像して、同情を寄せている。
この物語に限らず、現代では、中国史上初めて天下統一を成し遂げた英雄として、政を再評価し、出生の疑惑に疑問を呈す声もあるようだ。
政が成長するにつれ、呂不韋は趙姫との関係を隠せなくなると考え、距離を置く。
趙姫には、代わりに紹介された男に夢中になる。
この男は野心を抱き、政を殺して権力を握ろうと企む。
男の虜になっていた趙姫は「もう何でも、おまえの言う通りにするわ」と加担。

反乱を察した政は「母上、よくわかりました」と、暗い表情でつぶやき、涙を流す。
ダークサイドに落ちた瞬間だった。

物語を締めくくる作者の解説は、こうだ。
「中国の歴代帝王の中でも、秦の始皇帝のように悲惨な身の上だった者はいない。彼はこの後、誰も信じようとはせず、ただ、狂ったように秩序と規律を追い求めた。恨みで天下を呑み干した後、非情なる暴君となったが、その種は前半生にまかれたのだ」と。
「東周英雄伝」第1巻は、悲劇の美女・西施の物語「仙女下凡」も目を引く。
西施は、楊貴妃、貂蝉、王昭君と並ぶ古代中国の四大美女の1人。
呉に敗れ、雪辱を誓う越の王・勾践が、呉王を堕落させるため贈った美女だ。
呉王は西施の虜になって政治や軍備をないがしろにし、越に滅ぼされる。
作戦は成功したわけだ。
ところが、役目を果たした西施は、越の后に、長江に放り込まれて殺されたとされる。
(越の謀臣・范蠡とともに逃げて生き延びたという説もある。たしか、鄭飛石の「小説 孫子の兵法」だったと思うけど、昔、読んだ小説は、その説を採っていた)。
この物語「仙女下凡」では、西施を凛とした女性として描き、過酷な運命を強調する。
貧しい薪売りの娘だった西施は、越の戦略のため召し出され、父を残して故郷を離れる時も、取り乱すことなく、運命を受け入れる。
もし、役目を果たして呉に戻ったら、故郷に帰って父に孝行できるかと尋ねると、越の后は「もちろんじゃ。私が保証します」と答えていたのだけど・・・
いよいよ、西施を呉に送り出す時、呉王・勾践が「うむ、惜しい。実に惜しい。呉王などには、もったいないわ」と、つぶやくのを聞いた后は、不安に駆られる。
おとなしく運命を受け入れてきた西施が感情を表すのは、最後の時。
役目を果たして帰国した後、西施を乗せた船は、故郷とは違う方向に進んでいく。
西施が「お后さま、私を苧羅村へ、帰してくださるのではないのですか? これでは、方向が違います」と問うと、后は冷たく答える。
「西施よ、越国のため、つまり、越王が第二の呉王とならぬために、もう一度、犠牲になってもらう」と。

長江に放り込まれる西施が、「驚き慌てたか、それとも運命に弄ばれることに慣れてしまっていたかは、わからない」と、作者は説く。
実際に、そうなのだろう。
そう説いておきながら、「西施は、苦しみも叫びもせず、水面はすぐに、いつものように静かになった」と続け、穏やかな表情で水中に沈む西施の姿を描く。
この姿が、哀れを誘う。
苦しまなかったと書いたのは、作者の愛情なのだろう。


