
「カレーライスと日本人」森枝卓士
2025年の秋ごろ、CoCo壱番屋に行くと、「ホロ肉ドカンとデミグラスカレー」という数量限定メニューがあり、さっそく注文した。
豚肩ロース肉の大きな塊が存在感を放つ「肉が主役」のカレー。
デミグラスソースがかかっているのも、変化が付いて、良い。
かろうじてタマネギの姿が見えるものの、ジャガイモもニンジンも、ここにはいない。
肉の塊の下にご飯が控えていて、「一応、カレーライスですよ」と主張しているのが、微笑ましかった。

かつて、わが家でもこのような「肉が主役」のカレーにはまった時期がある。
使うのは、業務スーパーで売っている「マッサマンカレーペースト」。
具材やココナツミルクを加えると、本格的なタイ式カレーが作れるという品だ。
姉妹商品に「レッドカレーペースト」「イエローカレーペースト」「グリーンカレーペースト」がある。
当初は、素直にタイ式カレーを作って食べていたのだけども・・・
妻が「これに肉を漬け込んで焼いたら、美味しいんじゃないか」と言い出した。
ステーキ用の牛肉や、トンテキ用の豚肉で試してみたら、けっこう美味しい。
肉の塊だと漬かりにくいし、ペラペラの薄切り肉だと食べ応えがないので、ステーキ用、トンテキ用がおすすめだ。
もちろん、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンといった野菜は全く入れない。
そして、ご飯にかけるわけではなく、ご飯に添えて食べる。
ま、「豚肉のみそ漬け」のみそがカレーに変わっただけみたいなものだから、斬新なアイデアでも何でもないのだけども・・・
この時に思い出したのが、明治期に西洋料理のひとつとして日本にもたらされた当初、カレーは「肉が主役」の料理だったという歴史。
食文化に詳しいフォト・ジャーナリスト、森枝卓史の名著「カレーライスと日本人」で知った歴史だった。
「カレーライスと日本人」によると、18世紀にインドから当時の宗主国・英国に伝わったカレーは、エスニックな肉料理として発展。
主役は肉であり、カレーはソースの1種という位置づけだった。
本場インドのように各種スパイスをその都度、調合する手間を省こうと、カレー粉が発明されて広く普及したという。
日本では、伝来当初の明治期には、肉が主役の料理で高価なため、裕福な人しか食べられなかった。
大正期に、シチューをヒントとして、煮込み料理となり、肉を少量にして、ジャガイモ、タマネギ、ニンジンを投入する日本式カレーが考案され、広まったという。
著者は、「日本人はなぜ、こんなにカレーが好きなのか」「そもそも、カレーとは何なのか」という謎を解き明かすため、インドに渡り、英国にも渡って取材する。
インドのカレー、英国のカレー、日本のカレーを対比させながら、カレーの歴史をたどる過程が面白い。
これは、全国民必読の名著だ。
漫画「美味しんぼ」(原作・雁屋哲、作画・花咲アキラ)の第24巻「カレー勝負」のネタ元になったから、「美味しんぼ」で知った方もおられるだろう(「カレー勝負」には、「カレーライスと日本人」の著者が登場する)。
ほかにも、全編にわたって興味深い内容ばかり。
あと、3点ほど、簡単に要約して紹介してみたい。
(1)西洋人との接触はインドのカレーを変えた
現在、インドのカレーはトウガラシが辛さの中心となっている。
また、ジャガイモやトマトもよく使う。
しかし、トウガラシ、ジャガイモ、トマトはアメリカ大陸原産で、西洋人経由でインドにもたらされた。
旧来のインドのカレーは、コショウで辛さを出し、タマリンドで酸味を加えていたと考えられるという。
(2)英国人は現在、そんなにカレー好きではない
英国では、インドから伝わったカレーは、エスニックな肉料理として人気が出て、カレー粉の発明にもつながり、カレーを世界に広めた。
ところが、英国人は現在、そんなにカレー好きではない。
カレーにそこまで興味がなく、カレー粉発明当時の記録もほとんど残っていない。
それはなぜか。
もともと、英国では富裕層が毎週日曜に巨大なローストビーフを焼く文化があった。
余った肉は月曜以降、カレーにしたり、シチューにしたりして食べていた。
ところが、戦後、牛肉が高くなったほか、富裕層と労働者層の収入の差が縮まり、毎週日曜に焼くローストビーフは小さくなり、肉が余らないので、カレーも作らなくなったという。
(3)日本では子どもの大好物になった
日本の家庭でカレー粉ではなく、カレールウを使うのが一般的になったのは、1963年にハウス「バーモントカレー」が発売された頃から。
リンゴとハチミツ入りの「バーモントカレー」は、「子どもには食べられない辛い料理」だったカレーを「子どもの大好物」に変えたという。
まさに、団塊ジュニア世代で、カレーライス大好きな私など典型だろう。
「リン~ゴとハチミツ、とろ~り、溶けてる」と西城秀樹が歌い、回転するリンゴにハチミツがかかるテレビCMをよく覚えている。
高度経済成長期に子どもだった世代には懐かしいのではないだろうか。
カレールウと言えば、わが家(私、妻、長女)では、オリエンタル「マースカレー」にはまった時期もある。
「オリエンタル坊や」が刻まれた特製スプーンも買ったくらいだ。
いかにも、昔ながらの日本の家庭のカレーという味わいで、懐かしくなる。
レトロ感たっぷりなパッケージもいい。
私の両親(ともに団塊世代)が子どもの頃に家庭で食べたカレーも紹介しておく。
父の場合は、肉が全く入っていないカレー。
「かわいいカレー」と呼ばれていたという(肉ない▶憎ない▶かわいい)。
貧乏な家庭で、おかずが何もなくて、ご飯に塩をかけて食べることもあったと聞く。
母は山間部の農家の生まれなので、ややワイルドだ。
家で飼っていたウサギや、祖父がそのへんで捕らえてきた山鳥を投入していたという。
ついでに言うと、母は子どもの頃、牛乳ではなく、近所の農家が飼っていた羊の乳を飲んでいたそうだ。
臭くて不味かったと聞く。
最後に。
本書は、カレーの歴史を解き明かす本筋はもちろん、随所で紹介されるレシピがとても興味深い。
以下に、いくつか抜粋して締めくくりたい。
<英国最古のカレーのレシピ>
「明解簡易料理法」(1774年)より「カレーのインド式調理法」
みじん切りのタマネギとぶつ切りの鶏をバターで炒め、ブラウンに色が変わってきたら、ターメリックとショウガ、コショウを加え、クリームとレモン汁を入れて煮る
材料は、タマネギ3個、鶏2羽、ターメリックが1/4オンス(約7グラム)、ショウガとコショウがそれぞれ大さじ1、レモン汁は2個分、クリームは1/4パイント(約150ミリリットル)
<英国の19世紀のレシピ>
「ビートン夫人の家政読本」(1861年)より「鶏肉のカレー」
残った冷たい鶏肉、タマネギ大2個、リンゴ1個、バター2オンス(約57グラム)、カレー粉大さじ1、小麦粉小さじ1、グレイビー(肉汁)半パイント(約280ミリリットル)、レモン汁小さじ1
タマネギはスライス、リンゴは芯を抜いてみじん切り、鶏肉はぶつ切りにしておく
以上をバターでキツネ色になるまで炒め、カレー粉と小麦粉、グレイビーを入れ、20分ほどしたら、レモン汁を加えて、できあがり
ご飯と一緒に供する
<日本で記録に残る最古のレシピ>
「西洋料理指南」(1872年)
ネギ1茎、ショウガ半個、ニンニク少しばかりを細切れにして、バター大さじ1で炒め、水1合(180ミリリットル)を加え、鶏、エビ、タイ、カキ、カエル等のものを入れて、よく煮た後にカレー粉小さじ1を入れて煮る
よく煮えたら、塩で味を整え、小麦粉大さじ2を水に溶いて、加える
<日本の軍隊の調理法>
「軍隊調理法」(1937年)より「カレー汁」
材料1人分
牛肉(または豚肉、ウサギ肉、羊肉、鶏肉、貝類)70グラム、馬鈴薯100グラム、ニンジン20グラム、タマネギ80グラム、小麦粉10グラム、カレー粉1グラム、食塩少々、ラード5グラム





