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「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」写真=キース・サットン セナの歩みを振り返る写真はもちろん「発言集」が興味深い

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」写真=キース・サットン

アイルトン・セナと言えば、まずは、ライバルのアラン・プロストとの激しい争い。

そして、ポールポジション獲得が恒例になるほどの圧倒的な速さ。

日本人初のF1フル参戦ドライバー・中嶋悟が誕生した1987年からのF1ブームを引っ張ったのは、セナとプロストだった(私はナイジェル・マンセルを応援していたけど)。

そして、1994年サンマリノGPでセナが事故死してブームはしぼんだと、私は思う(ミハエル・シューマッハは好きになれなかった)。

 

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」より。セナ(手前)とプロスト

 

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」(写真=キース・サットン)は、事故死後の1994年9月に発刊。

タイトルにある言葉「永遠のポールポジション」は、まさにセナをよく表している。

セナをしのぶ内容で、カート時代からフォーミュラ・フォード、F3、そして、F1へとステップアップする歩みを写真で追っている。

写真説明文がないのが残念だけど、見ているだけでも面白い。

 

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」より。フォーミュラ・フォードに参戦していた頃のセナ

「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」より。おそらくブラジルGP優勝時のセナ

ここで、セナのF1での成績を簡単におさらいしておく。

 

活動時期は1984~94年。24歳で参戦し、34歳で事故死した

ワールドチャンピオン獲得3回(1988、90、91年)

優勝41回

ポールポジション65回。これは、2006年にシューマッハに破られるまで史上最多記録だった

ファステストラップ19回

 

この成績が表すように、予選で誰よりも速いタイムを出してポールポジションを取り、そのまま誰にも抜かせずに優勝するレースを理想としていた。

「完璧無敵型」とでも言おうか。

 

ちなみに、私が一番好きなF1ドライバー、ジル・ヴィルヌーヴは「逆境克服型」。

「楽な展開のレースで優勝するより、トラブルで最下位に落ち、そこから追い上げて6位に入るほうがいい」と話していたようだ。

 

本書「アイルトン・セナ写真集 永遠のポールポジション」には、「アイルトン・セナ発言集」もある。

セナの考え方がにじみ出ていて、興味深い。

 

たとえば、「モータースポーツ史上ベスト3ドライバーを挙げてください」という質問に対するセナの言葉を以下に抜粋してみる。

 

キャリアを見ると(ファン・マヌエル)ファンジオが一番だろうね。

残念なことに、生まれてきた時代が違うから、彼が実際に走るのを見る機会には恵まれなかったけど、とにかく僕にとっては彼が疑問の余地なく一番だ。

80年代や90年代だと、ニキ・ラウダも傑出したドライバーだと思う。

次はアラン・プロストかな。

4回チャンピオンシップを獲得したのは、紛れもない事実だから。

そのことについては、誰も反論できないよ。

(以上、抜粋)

 

記録を重視する考え方なのだなと感じる。

プロストのことも、記録という視点で評価している。

言い方が、いやらしい感じはするけど・・・素直に気持ちが出ているのが微笑ましい。

プロストより、ラウダを上に位置付けているのが面白い。

記録だけ見れば、ラウダよりプロストが上だと思うけど、「プロストが2位」とは言いたくなかったのだろう。

このへんの子どもっぽさがセナらしさなのかもしれない。

 

ご参考までに、ファンジオ、ラウダ、プロストの成績もおさらいしておく。

 

<ファン・マヌエル・ファンジオ>

活動時期1950〜51、53〜58年

ワールドチャンピオン獲得5回(1951、54、55、56、57年)。これは、2003年にミハエル・シューマッハに破られるまで史上最多記録だった

優勝24回

ポールポジション29回

ファステストラップ23回

 

<ニキ・ラウダ>

活動時期1971〜79、82〜85年

ワールドチャンピオン獲得3回(1975、77、84年)

優勝25回

ポールポジション24回

ファステストラップ24回

 

<アラン・プロスト>

活動時期1980〜91、93年

ワールドチャンピオン獲得4回(1985、86、89、93年)

優勝51回

ポールポジション33回

ファステストラップ41回

 

「ナイジェル・マンセルについて(引退後)」とタイトルが付いた言葉も、興味深い。

以下に抜粋してみる。

 

彼は、今でもイギリスのファンにとってはヒーローだ。

彼はここ(シルバーストーン)で一度ならず勝っているから、ファンの印象も強い。

今年は彼がいないから、何かが欠けている感じがするんだろうね。

F1では、マンセルはいつも強烈な存在感を持っていた。

アグレッシブで、速くて、勝ったり負けたり、クラッシュしたり、抜いたり・・・

それに、彼はいつも話題の中心だった。

キャラクターも大袈裟だったし、走りもスリルいっぱいで、良かれ悪しかれ、ファンの注目を集めていた。

F1に必要なのは、これなんだよ!

わかるだろう?

モータースポーツファンが求めているのは、マシンじゃなくて、ドライバーなんだ。

ファンは、ドライバーが大きな失敗をしでかしたり、前のマシンを抜いて見せたり、素晴らしい勝ち方をしたりするところを見たがっているんだ。

(以上、抜粋)

 

セナとマンセルは仲が悪かったとされる。

ドライビングスタイルも違う。

マンセルの闘志むき出しの走りは、ヴィルヌーヴに近い。

ヴィルヌーヴと同じカーナンバー27のフェラーリに乗ることになり、感激して涙を流したという逸話を読んだことがある。

そして、1992年に悲願のワールドチャンピオンになるまでは、実力はあるのに不運に見舞われて、なかなかチャンピオンになれない「無冠の帝王」と呼ばれていた。

ヴィルヌーヴが所属チーム・フェラーリの低迷でマシンに恵まれない時期もあり、実力はあるのに、なかなか勝てないドライバーとみられたこととも、似通う。

 

セナの言葉は、マンセルを持ち上げているようにも見えるけども・・・

おそらく、セナの価値観からすると、マンセルの人気がうらやましくもあっただろうし、腑に落ちなかっただろう。

そんな複雑な気持ちがにじんでいるように感じる。

 

そして、マンセルの引退後で、イギリスGP(シルバーストーン)ということは、このセナの言葉は1993年のものだと思う。

(マンセルは1992年シーズン終了後にいったん引退。セナ事故死後に復帰し、95年に引退。94年のイギリスGPの時点では、既にセナは亡くなっていた)。

当時は、ウィリアムズのマシンの強さが群を抜いていた時代(1992年はウィリアムズに乗るマンセル、93年はウィリアムズに乗るプロストがチャンピオンになった)。

セナが乗るマクラーレンのマシンはホンダエンジンを失って戦闘力が低下していた。

「ファンが求めているのは、マシンじゃなくて、ドライバーなんだ」というセナの言葉は、良いマシンに乗れない、いらだちにも感じられる。

 

ご参考までに、マンセル、ヴィルヌーヴの成績もおさらいしておく。

 

<ナイジェル・マンセル>

活動時期1980〜92、94、95年

ワールドチャンピオン1回(1992年)

優勝31回

ポールポジション32回

ファステストラップ30回

 

<ジル・ヴィルヌーヴ>

活動時期1977〜82年。27歳でF1参戦、32歳で事故死

ワールドチャンピオン0回

優勝6回

ポールポジション2回

ファステストラップ8回

 

セナとヴィルヌーヴは、ドライビングスタイルは似ていないし、残した成績も比べものにならない(圧倒的にセナが勝っている)けど、「太く短いF1人生」という点が共通しているのが、面白い。

本書の「アイルトン・セナ発言集」の最後の言葉を以下に抜粋して、この記事を締めくくりたい。

事故死を考えると、せつなくなる言葉だ。

 

「死について」

もし、自分が生きるんだったら、思う存分、密度の濃い生き方をしたい。

僕は密度の濃い人間だから・・・

そうじゃないと、人生が台なしになってしまう。

だから、僕はひどいケガをしたりするのが怖いんだ。

車椅子に乗るのも、ケガをして病院でうなっているのも好きじゃない。

もし、事故で命を失うようなことになるんだったら、一瞬に終わってほしいね。

(以上、抜粋)

 

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(以下の記事「ザ・ウォーク」で、ヴィルヌーヴの胆力に言及あり)

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