
「僕のトルネード戦記」野茂英雄
プロ野球に興味が薄れて久しい。
子どもの頃は、ヤクルトのファンだった父の影響で、私もヤクルトを応援。
応援と言っても、巨人戦の時にテレビ観戦するくらい。
熱心に見ていたのは、15年ぶり2度目の日本シリーズ制覇を果たした1993年くらいまでだろうか。
ヤクルトの選手では、豪快なスイングで「ブンブン丸」と呼ばれた池山隆寛(遊撃手)が好きだった。
ホームランか、三振かというスリルが良かった。
1994年に新聞社に就職して生活が一変し、プロ野球をテレビ観戦することもなくなった。
そんな時、久々にわくわくさせてくれた野球選手が野茂英雄。
「トルネード投法」と呼ばれるダイナミックな投球フォームで速球やフォークボールを繰り出して、三振の山を築く豪腕投手。
何より、私が感動したのは、生きざまだ。
日本のプロ野球のスターの地位を捨て、周囲の反対を押し切って1995年、米国のメジャーリーグに挑戦。
しかも、いきなり大活躍して、日本人メジャーリーガーのパイオニアとなった。
なぜ、メジャーリーグを目指したのか。
「僕には力と力の勝負が肌に合っているんです」と、その経緯や思いを野茂がつづったのが「僕のトルネード戦記」(1995年刊行。私が持っているのは1997年の文庫版)。
力と力の真っ向勝負が好きだという考え方には、共感を覚えた。
<力と力の真っ向勝負>
メジャーリーグ挑戦の動機について、本書から以下に抜粋してみる。
僕には力と力の勝負が肌に合っているんです。フォアボールをじっくり選んだり、バント、バントできたり、サインを盗み合ったりという、チマチマした野球は、ハッキリ言って性に合わない。極端に言えば、三振かホームランか。フィルダーとの勝負がそうであったように、思いっきり投げて、思いっきり振る。そんな野球が好きなんです。
思えば、そんな野球と出合ったのは社会人時代でした。新日鉄堺時代に日本代表チームに選ばれて、いろいろな国のチームと対戦しました。初めて相手にする外国人たちは、みんな個性的で、いろんなフォームの人がいて、びっくりしました。体のサイズも大小さまざまで。日本みたいに平均した体つきで、また、同じフォームで打席に立つということは、まずありえない。"いったい、この人、どう打ってくんねん!?"って、ホント、投げるのにすごく戸惑いました。
でも、それが僕にはいい勉強になりました。フォームは滅茶苦茶でも、いざバットを振ると、ものすごいスイングをする。キューバ打線なんて、どこで一発が飛び出るか、わからない。上位から下位まで、1球たりとも気が抜けなかった。ホントに怖かった。でも、僕には、この怖さがたまらなかった。相手がすごいバッターであればあるほど、打ち取った時の喜びは大きいわけですから。とてつもなく、やりがいがありました。
おそらく、この時の経験が、僕のメジャーへの憧れの原点になっていると思います。やるかやられるかのハラハラするような力と力の勝負が、そこにはあったんです。
クレメンスと日本のピッチャーの違い、それは、打者を攻め続ける姿勢です。どうせ、プロのマウンドで投げるなら、スタジアムの視線を独り占めするようなピッチングがしてみたい。攻めて攻めて、バッターを牛耳るようなピッチングを。クレメンスはそれを実践している。だから、見るものを引きずり込む魅力があるんです。
日本のピッチャーも皆、そう望んでいると思います。でも実際には、それか体現できていない。ベンチに力対力の対決を望まない空気が漂っているからです。だから僕は、日本を出て、メジャーに挑戦する道を選んだんです。
アメリカはチャレンジする者に対しては、すごく親切な国、勇気ある者に扉を閉ざしたりはしない国です。だから僕に続いてくれる選手が、もっともっと増えてくれたらいいと思っています。
(以上、抜粋)
野茂のこのような考え方が好き。
そして、自分の記者としての姿を、つい、重ねてしまいたくなる。
私は記者として、スクープを連発するタイプではないし、キャンペーンのような大型の連載を展開するタイプでもない。
解説やコラム(評論)が得意なタイプだ。
私の持ち味は、視点や切り口にあると思っている。
だから、ちょっとしたニュースであっても、同じニュースを取材した他社の記者より、視点や切り口が優れた記事が書けると、とてもうれしい。
そして、解説、コラムは、記者の視点や切り口が問われる記事だから、力が入る。
スクープや連載を否定するわけではない。私だって書く。
ただ、スクープは、他社の記者を出し抜く取材になるから、あまり私の性分には合わない。
ひとつのテーマをずっと追うという大型の連載企画も、飽きっぽい私にはあまり合わない(途中で自分が飽きてしまう)。
この業界で評価される仕事は、スクープと大型の連載企画だ。
だから、こちらに力を入れる記者が多い。
「視点や切り口が優れた記事」というのは、客観的な評価が難しいから、あまり評価の対象にならないのだろうとは思っている。
でも、世の中には、そこを見てくれる人もいる。
他社の記者や取材相手に、私の記事の視点や切り口を褒められると、スクープを書いた時よりも、私はうれしい。
スクープのように「実は、水面下でこんなことが起きている」と知らせたり、いずれ明るみになることでもいち早く読者に知らせたりすることは、大事な仕事だ。
記者の取材力や駆け引きの能力が問われる(記者個人の力量だけでない面も多いけど)。
大型の連載企画のように、あるテーマについて関心や機運を高め、世の中を動かしていこうというのも、大事な仕事だ。
記者の企画力やプレゼンテーション能力が問われる。
一方で、解説やコラムで、出来事の背景を分析し、今後の展開を予想し、だから、こうすべきではないかと提案するのも、大事な仕事だと思う。
これは、記者の知識や価値観が問われる。
同じ素材を受け取って、どう料理するか、純粋な腕比べでもある。
この仕事こそ、記者同士の力と力の真っ向勝負だと私は思っている。
だから、私は、スポーツ選手としての野茂の考え方に、記者としての自分の考え方をだぶらせて、共感を覚えるのだ。

<「選手が主役だ」という組織論>
野茂が本書で説く「野球の主役は選手だ」という組織論にも、共感を覚える。
近鉄のあるコーチは「野球を会社にたとえるなら、監督は社長、コーチは部長か課長、そして選手は平社員だ」というのが口癖だったと明かし、「こういう考え方にはついていけません」と、キッパリと言い切っている。
面白いので、もう少し、本書から以下に抜粋してみる。
そのことは日本の新聞を読んでみても推測が付くと思います。目に付くのは監督の記事ばかりです。長嶋采配がどうしたとか、王監督が何をしたとか、そこばかりに話題が集中する。もちろん、これは長嶋さんや王さんの責任ではありません。あくまでもマスコミ、ひいてはそれを取り巻く日本社会の体質というか、問題です。でも、日本では“監督が野球をする”という認識が、まだまだ強いということを象徴的に表していると思います。
メジャーでは、監督が目立っているチームなんて、聞いたことないですよ。もちろん、それぞれに個性はありますが、グラウンドの中に入れば、もちろん選手を立てている。だって、ファンが見に来ているのは、監督じゃなくて選手なんですから。
また、日本は監督の地位が高すぎます。少なくとも“選手は監督の命令に背くべきではない”とか、“選手は監督の持ち物である”とか、誤解している人が多すぎます。だから、トレーニング方法まで選手に命令するようになるんです。
(以上、抜粋)
私が大好きなF1ドライバー、ジル・ヴィルヌーヴを思い出す。
ヴィルヌーヴは「F1の主役はドライバーだ」という考え方。
「F1の主役はチームだ」と考える、当時のFOCA(F1チームで構成する団体)の会長バーニー・エクレストンとは、犬猿の仲だったとされる。
(以下の記事「ザ・ウォーク」ではヴィルヌーヴの胆力にも言及)
翻って、新聞記者を考えてみると・・・
少なくとも日本では、新聞記者は、個人のジャーナリストではない。
新聞社の社員でしかない。
新聞社から見れば、社の看板を使って情報を集めてくるコマだという考え方が強い。
情報を集めることについては、その通りだと思う。
だけど、記事は違う。
その記者なりの考えが反映された、記者の作品だと、私は思っている(中には、自分なりの考え方なんて持っていない記者もいるけど)。
世の中には多様な価値観があり、それを報じるのが新聞の役割なのに、社内では多様な価値観なんて、なかなか許されない。
ごくひと握りの上の方の価値観に沿って記事が書き換えられることだって、ある。
妥当な修正ならわかるけど、上の方の的外れな思いつきで。
だいたい、記者の最大の役目は権力の監視。
相手が大物政治家だろうが、大企業の社長だろうが、おかしいと思ったことは、はっきりと書くのが仕事だと思う。
ところが、社内では、上の方の言うことに対し、おかしいと感じて素直に異を唱えると、「生意気だ」と言われて圧力をかけられる。
これで、どうやって、反骨精神を持った記者なんて育つの?と、ずっと思っている。
このことは、駆け出し記者の頃に、すぐにわかった。
二十数年前、赴任地にある大学で、研修に来た韓国の大学生たちに、記者の仕事について話させてもらった時のことも印象深い。
日本の新聞では「記者ではなく、新聞社が主役だ」という話をすると、韓国の大学生たちには、日本の新聞はおかしいのではないか、と言われた。
私もそう思うと答えた。
韓国では、記事には記者の署名やメールアドレスが付いていて、読者から感想や意見が記者個人に寄せられるし、記者個人のファンも育つという。
当時、レポート記事や解説のような一部の例外を除いて、記事には署名が付かないのが弊社に限らず、日本の新聞では普通だった。
弊社の場合、通常のニュース記事にも記者の署名が付くようになったのは10年くらい前からだっただろうか。
少なくとも弊社では、記者が自分の考えを書いたコラムでさえ、「会社の物」だ。
恥ずかしながら、近年になって初めて知った。
私が過去に書いたコラムを本にまとめて自費出版したいと思い、会社の総務部門に相談して知った。
私が書いたコラムでも、著作権は会社にあるから、執筆者の私でさえ、2次利用するなら会社に著作権使用料を払わないといけないという。
著作権は会社にあるとしても、執筆者の私が2次利用する時にはタダで使わせてくれるのが当然ではないかと、私は思う。
百歩譲って、会社の看板を使って集めた情報を含むコラムは仕方ないにしても・・・
好きな音楽を紹介するコラムのように、全く取材活動を伴わず、私の知識や考えだけで書いたコラムは、私が2次利用するのに著作権使用料をとらなくてもいいではないか。
これで、もめて、結局、自費出版は諦めた。
このことは、記事「仕事が窮屈になってきた」で書いたから、このくらいにしておこう。
私は、このような考え方の人間なので、野茂の考え方を知り、すごく親しみを感じた。
<野茂のマスコミ嫌い>
野茂はマスコミ嫌いでも知られ、本書にもそれは表れている。
野茂がマスコミ嫌いになったのは、近鉄を退団し、メジャーに挑戦する時に、さんざんマスコミにたたかれ、メジャーで活躍するとヒーロー扱いされる「手のひら返し」を受けた経験が大きく影響しているようだ。
野茂が嫌うような記者が少なくないのは事実だ。
でも、まともな記者もいる。
個々に見たら、まともな記者もいることを野茂もわかってくれているのは、救いだ。
野茂は、主体性のない記者を嫌っている。
野茂の生きざまを考えると、まさに、野茂らしい。
野茂が呈している苦言の一例を本書から以下に抜粋してみる。
どうして、日本のマスコミの人は、ああゾロゾロと集団で行動するのでしょうか?まるで金魚のフンのようです。
大人数でゾロゾロとロッカールームにまで来て、誰かが質問するのを待っている。そして誰かの質問に僕が口を開くと、やにわにメモを取り始める。それも肝心なことは書かないで、どうでもいいことばかりメモしている。この習慣、何とかならないものでしょうか。
ホント、世界中のマスコミで、金魚のフンのように群がっているのは、日本のマスコミだけです。彼らはしばしば「今の野球選手には個性がない」と言っているようですが、1人では何の行動もできない自分たちのほうが、よっぽど個性がないじゃないですか。同じこと書くなら、共同通信の記者が1人いればいいはずです。
それに、もし記者のプライドというものがあるのなら、ライバル紙の記者たちとベタベタしたりはしないものです。お互いにプロなら、コメントを見せ合ったりしないで、自分で汗水たらして取材すべきでしょう。アメリカの記者たちはみんな奇異に思っていますよ。
(以上、抜粋)
すごくわかる。私も同感だ。
こういう横並び意識の記者は少なくない。
記者が取材相手を取り囲んで一緒に聞く「囲み取材」はお互いに少ない時間で済むという効率性の観点から許容してほしいけども・・・
記者がそれぞれ自分の聞きたいことを聞くならまだしも、何も質問せずに他の記者の質問のおこぼれを拾うコバンザメ記者がダメだというのは、全く同感だ。
経験が浅い駆け出し記者なら仕方ない面もあるけど・・・頑張って何かひとつでも自分で考えて質問したほうがいいと思う。
囲み取材に限らず、たとえば、首長の定例会見でも、何も質問しない記者がいる。
定例会見は、最初に首長が自分から発信したいことをしゃべって、それに対して質疑応答があり、それが一段落してから、違う話題で記者が自分で聞きたいことを聞くというのが一般的な流れ。
だけども、首長が与えた話題を受け取るだけで、ほかに何も質問しない記者がいる。
こういうのは、記者ではなく、「お抱え広報マン」だと言いたい。
せっかく、定例会見という、首長の公の場でのコメントを取れる機会があるのに、何も聞きたいことがないの?普段、何も考えずに取材しているの?と思う。
これとは別に、他社の記者には聞かせたくない、私だけが聞きたいことがあれば、単独で聞きに行く(何かの公務の後にぶら下がるとか、場合によっては家を訪ねたりして)。
囲み取材や定例会見での立ち回りは、これだけでブログ記事が1本書けるテーマだから、また、機会をあらためて、書いてみたい。
