
「実録たかされ」本宮ひろ志、江川卓
私がプロ野球に興味を持った子どもの頃、江川卓は既に読売ジャイアンツ(巨人)のエースになっていた。
恥ずかしながら、その頃の姿は、あまり記憶に残っていない。
むしろ、現役引退後の解説者、スポーツコメンテーターとしての姿が印象に残っていて「陽気で面白い人だな」と好感を抱いた。
かつて巨人入りをめぐって騒動を起こし、バッシングされた経歴は知識として知った。
昔はそんなワガママな人だったのか、今の姿からは考えられないな、と思った。
小中学生の頃に愛読した漫画「キン肉マン」(ゆでたまご)の主人公・キン肉マンが「スグル」という名前。
江川をイメージした名前らしく、手下のミート君に「ワガママだから、スグルっていうんですよ」と言われていたから、「江川卓=ワガママ」が世間の常識なのだな、とも思った。
その江川と漫画家・本宮ひろ志がタッグを組んだ作品が「実録たかされ」。
巨人入りをめぐる騒動は、本人の意思だけでなく、まわりの大人の思惑が絡み、むしろ、本人さえも振り回されていたことがわかり、面白い。
「怪物」と呼ばれ注目された高校時代の江川から、リアルタイムで見てきた本宮が関係者に取材して、江川本人さえ知らなかった舞台裏に迫る。
もちろん、江川本人の肉声も随所に出てくる。
伝記漫画の傑作だ。
導入の本宮の言葉から、引き込まれる。
以下に抜粋する。
その持てる才能を満開に花開かせ、その花を散らさず、さらなる前進を続ける2人のスポーツ選手がいる。
ジャンボ尾崎とイチローである。
しかし、この両者より巨大な才能を持ちながら、そのつぼみを満開にまで咲かすことのなかった男がいる。
それは江川卓だ。
その投球フォームは芸術作品だった───
(以上、抜粋)
そして、1987年9月20日の広島×巨人戦、9回裏、巨人の1点リードで、広島の主砲・小早川毅彦と対決する場面が描かれる。
(この対決で、江川は小早川に逆転サヨナラ2点本塁打を打たれて敗戦投手となり、引退を表明する。この漫画では、対決の結末まで描いていないのが、これまた心憎い)。
この対決の場面での江川の心の言葉を以下に抜粋する。
この日、鍼治療が当たり、何年かぶりで肩に全く痛みを感じなかった。
俺は久しぶりに自分のピッチングに満足していた。
ジャイアンツ入団4年目の時に肩を壊し、だましだまし投げ続けてきたが、ここ2〜3年はホトホト自分のピッチングに嫌気が差していた。
この年の夏頃、俺は引退を決意していた。
脚をケガしたスプリンターが全力疾走できずに100メートル競走を戦うようなものだ。
それでも、それなりの勝ち星を挙げていたが、あの頃のピッチングを思うと、俺にとっては、こんなもの、ピッチングなんかじゃない。
(以上、抜粋)
そして、場面が切り替わり、高校時代にさかのぼるという展開。
この導入が良い。
興味を誘われ、スッと物語に入り込める。
キャリアの最高潮や晩年の場面から入って、この人はどんな人生を歩んできたのかと過去にさかのぼる展開は、この手の伝記物でよく使われる手法だ。
たとえば、私の愛読書「ジル・ヴィルヌーヴ 流れ星の伝説」(ジェラルド・ドナルドソン)も、そう。F1ドライバーのヴィルヌーヴが事故死する場面から始まる。
たとえば、私が二十数年前に、あるスポーツ選手の伝記的な単発連載を書いた時も、その名をとどろかせたキャリア最高潮の大会の場面から入った。

ここで、江川の略歴を簡単におさらいしておく(Wikipediaや「実録たかされ」から要約した)。
<江川卓>
作新学院高校時代、公式戦でノーヒットノーラン9回、完全試合2回、36イニング連続無安打無失点、選抜高校野球大会で一大会通算最多奪三振60個といった記録を作り「怪物」と呼ばれた。
法政大学時代は東京六大学野球リーグで通算17完封等を記録。
1977年のドラフト会議で、クラウンライターライオンズ(のちの西武ライオンズ)から1位指名を受けるが、入団を拒否し、1年間浪人。
1978年、ドラフト会議前日の「空白の一日」に巨人と契約。騒動となり、球界は巨人入りを認めず。ドラフト会議では阪神タイガースが1位指名。
巨人の投手・小林繁(鳥取県出身)との電撃トレードという形で、巨人入りを果たし、また騒動となった。
1979〜87年の9年間、巨人のエースとして活躍。135勝72敗3S、完投110回、完封27回、防御率3.02、1366奪三振を記録した。
(以上、略歴)
この漫画「実録たかされ」は、江川の高校時代からの歩みや巨人入りをめぐる騒動の舞台裏は、もちろん、面白い。
そして、物語の幕間に入る本宮の感想や江川とのやり取りが、私は特に好きだ。
本宮の人生観が表れている。
いくつか、以下に抜粋してみる。
<本宮の心の言葉>
確かに江川は人生、右か左かの選択の時、ことごとくコケてきてる。
もっと自然に任せりゃいいものをよ。
俺も腹立たしかった。
しかし、この怪物と関係したいために、すけべ心を持ったまわりの大人が勝手に動くという現実があるんだ。
<本宮と江川の会話その1>
本宮
お前さんは人生の分岐点で必ずゴタゴタしてる。
なぜか、わかるか。
お前さん、並の人間じゃないんだよ。
しかし、お前さんチのオヤジさん、普通の人だ。
普通のレベルの感覚で、その分岐点に対処してんだよな。
世間の常識のレベルでやってきた。
世間体を気にしてな。
しかし、お前さんの飛び抜けてるところは、世間の常識じゃ、おさまらねえんだよ。
お前さんたち親子がそうしようとしても、世間がそれを越えて動いちまうんだ。
お前さんの人生が現役だけじゃないことはわかってる。
しかし、もっと野球に血を燃やし、もっと自然体で世間に対応してたら、俺たちはもっとお前さんの現役に夢を見れたんだ。
江川
あんたの言ってること、認めるよ。
その通りだったかもしれん。
今の俺なら、あの空白の一日、絶対に断ってると思う。
(以上、抜粋)
本宮は、才能の大きさゆえに周囲を巻き込んでしまい、騒動を起こしてしまう江川に同情しながらも、変に欲を出さず、自然に生きられなかったのかと苦言を呈す。
「もっと自然体で世間に対応してたら、俺たちはもっとお前さんの現役に夢を見れたんだ」は、この物語のラストに通じる言葉だ。
この愛情ある苦言が、江川から自省の言葉を引き出している。
もう少し抜粋する。
<本宮と江川の会話その2>
(ドラフトでライオンズに1位指名され入団を拒否したことについて)
本宮
でも、野球じゃ、決まりかもしんねえけど、大学出て就職するのに、倒産しそうな会社からさあ、お前はうちに決まったから来いって言われたって、行くバカいねえぞ、普通の場合は。
しかしなあ、俺は思ってた。
ひと山ナンボの球団に入っても、お前なら、その中に埋もれない。
あの頃のお前なら、たった1人でだ、ジャイアンツに勝てるスター性を持ってると思ってた。
クラウンだって、阪急だって、どこでもいいじゃねえかってな。
お前さあ、あの時に政治家を使って、いろいろ工作したって悪評立ってんだよな。
山倉がね、お前と同じ年のドラフトじゃねえか。
結果として、ライオンズが江川で、ジャイアンツが山倉になった。
前の晩、たった1人で、寿司屋で寿司食いながら思ってたそうだ。
ほかの球団が江川を指名すれば、ジャイアンツは自分を1位に指名するはずだ、そうなってほしい、しかし、浪人するだろう江川が気の毒だしって、妙な気持ちでいたってさ。
山倉だって、とんでもねえ選手だ。
しかし、山倉は何もしない。
普通の人間は何もしなかったんだ。
成り行きに任せてな。
まわりはお前を特別に見てたし、お前はその特別に乗って、行動したんだよ。
江川
うん。
俺は本当にいろいろ騒がれてきた。
ろんなもんじゃないよ。
だけど、悪役として俺が歩いてきた後に道ができた。
俺以降、ドラフトに逆指名って型ができたり、わがままだって言われ続けて中5日の登板が当たり前になったり。
せめて、それぐらいの意味づけはさせてくれよ。
でなけりゃあ、俺って人間はつらすぎるじゃないか。
(以上、抜粋)
本宮は、さきほどと同様な苦言。
ここでは、もっと、はっきりと突っ込んでいる。
「まわりはお前を特別に見てたし、お前はその特別に乗って、行動したんだよ」と。
その一方で本宮は、奴隷市場のようなドラフト制度にも疑問を呈し、江川ら野球選手に同情を寄せる。
さらには「ひと山ナンボの球団に入っても、お前なら、その中に埋もれない。あの頃のお前なら、たった1人でだ、ジャイアンツに勝てるスター性を持ってると思ってた」と賛辞を送る。
この愛情ある苦言がまたも江川から自省の言葉を引き出す。
「俺は本当にいろいろ騒がれてきた。ろくなもんじゃないよ」と。
その後の江川の言葉は、せつない。
実力のある人間は、逆境に置かれても埋もれない、必ず頭角を現すという考え方は、大好きだ。
スポ根漫画の名作「巨人の星」(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)を思い出す。
主人公・星飛雄馬は青雲高校野球部に入った当初、スターの座を奪われたくない伴宙太の嫌がらせを受け、球拾いばかりさせられる。
しかし、球拾いにも才能の片鱗が表れており、その様子を見た宙太は「ううっ、こいつは、球拾いだけやらせても、そのうち全校の注目を集める」と舌を巻くのだ。
これは、地味な脇役・左門豊作の「大勢にたたえられて散った桜も、山奥でひっそりと散った桜も、美しさにおいて、変わることはなかとです」という名セリフとともに、大好きな場面だ(左門のこのセリフは、続編「新・巨人の星」だったかもしれない)。
左門が言うように「美しさにおいて変わることはなかとです」なのだけども(誰にも知られなくてもいいというストイックな考え方は大好き)、評価というのは見る人が見ていないと発生しないという残念な現実があることも否めない。
古代中国の歴史書「史記」(司馬遷)だったか、孟嘗君の食客の1人・馮驩が、これまで自分の才能を正当に評価してもらえず冷遇されていた旨、訴える逸話がある。
孟嘗君が「本当に優秀なものは、袋に入れていても、突き出てくるものだと思うけど」と、槍だったか何かにたとえて、たしなめると、馮驩は「私は、その袋にも入れてもらえなかったのです」と言い返す。
それで、孟嘗君が見方を改めて登用すると、馮驩は優秀な人物だったという逸話。
これが、世の中の現実だろうなと、私は思う。
話を「実録たかされ」に戻す。
江川の次の言葉も面白い。
抜粋してみる。
<江川の言葉>
ジャイアンツに行きたいということで、まわりと自分の気持ちは一致してた。
しかし、状況の変化に対し、その方向を自分の意思で自由に変えるということは、できない状態になっていたよな。
でも、もともと、俺という人間は、信じてくれないだろうけど、まわりに自分を合わせて生きてきた。
それが、この後も反社会的にとらえられていくんだ。
(以上、抜粋)
巨人入りをめぐるバッシングの話では、「(当時のことは)ほとんど覚えていないんだ。あの頃は新聞、テレビ、ラジオ、一切見てないんだ」という江川に、本宮が「それってさあ、人間の深層心理で限界を超えた嫌な記憶は消しちまうってやつかあ」と言う。
ここからの描写が非常に興味深い。
私が「実録たかされ」で一番、目に焼きついた場面は、ここだ。
本宮は「だよな。何を書かれていたか、読んでたら、生きてる気がしねえよ。でも、20年たった今なら大丈夫だろう。ほんの一部だけど、読んでみれば」と言って、当時の新聞を出す。
以下に画像で引用して紹介する。




1~2ページでなく、足かけ6ページにもわたって、しつこくバッシングの様子を描く工夫がうまい。
当時のバッシングの壮絶さが伝わってくる。
気分が悪くなった江川は、吐き気を催してトイレにこもる。
この描写も秀逸だ。
あまりのショックに吐くという描写は、同じ本宮の作品「赤龍王」を思い出す。
項羽が、温かく見守ってくれた叔父・項梁の非業の死を知った時。
項羽はショックのあまり、激しく嘔吐する。
私は、バッシングされた時の気持ちをごくごくほんの少し感じたことがある。
私自身ではなく、記者仲間へのバッシング。
道義的には許容範囲と思われる軽微な違反なのだけども、特殊な経緯のため、警察に逮捕されてしまって明るみになり、記者だから風当たりが強かった。
どうやって調べたのか、プライバシーまで暴いて誹謗中傷する悪質なブログ記事を見つけ、私でさえ気分が悪くなった。
私の価値観では、逮捕された記者仲間より、こんなブログ記事を書いた人間のほうが悪人だ。
これはいかんと思い、「ネットは絶対に見るな」と、この記者仲間のスマホにメッセージを送った。
のちに本人に聞いたところでは、「留置場にいる私にメッセージを送ってきたのは、てっちさんだけ。てっちさんらしいなと思った」とのことだった。
江川の騒動の頃と比べ、誰でも簡単に情報発信できる時代になったから、バッシングは、より深刻だと思う。匿名性に隠れて、より悪質にもなっていると思う。
一方で、江川は、ネットでは叩かれなかったにしろ、量がものすごかっただろう。
「ほとんど覚えていないんだ」という江川の言葉は、重い。
そして、本宮は、バッシングの嵐の中、江川が自殺する夢を見て、気になり、江川を擁護する寄稿を週刊誌に頼んで載せたという逸話が出てくる。
「実録たかされ」の中で、本宮は「あれはお前のために書いたんじゃないんだ。世の中、江川クソバカタレの一色だ。しかし、俺はその世の中と一緒にされたくなくてな。俺のために、俺は違うってことを言っておきたかったんだ」と説明する。
それにしても、この反骨精神、この侠気。さすが本宮だ。

物語は、巨人入りした江川の初登板後、本宮が理髪店で散髪してもらいながら、店主らしきオヤジと話す場面で締めくくられる。
以下にやり取りを抜粋してみる。
本宮
オヤジさんさあ、江川の空白の一日、どんな風にあの騒ぎ、見てた?
理髪店のオヤジ
私はねえ、何があっても江川の味方だったですよ。
とにかく作新時代の江川に度胆を抜かれましたからね。
ただね、プロに入って、ラインバックにホームラン打たれた時、あれっ、江川のボールって、こんなもんだったっけ、って思っちゃいましたよ。
つくづく、高校からそのままプロに入ってほしかったよね。
それがジャイアンツなら、最高だったのにね。
(以上、抜粋)
才能の大きさゆえに運命に翻弄された悲劇の投手。
江川の生きざまが胸に染みた。



