てっちレビュー

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「天地を喰らう」本宮ひろ志 玄徳と曹操、竜王の娘・嵐の三角関係のドラマを軸に描き続けてほしかった その不完全燃焼が「赤龍王」を生んだのか

「天地を喰らう」

「天地を喰らう」本宮ひろ志

天界や魔界も舞台になるファンタジー要素ありの三国志。

玄徳(劉備)と曹操、竜王の娘・嵐の三角関係(男2人×女)のドラマを軸に描き続けてほしかった。

 

嵐は玄徳に惚れ、天界での暮らしを捨ててまで玄徳に寄り添うのだけど・・・

かつて交わった曹操に「妻とならぬか」と口説かれてから、心が揺れる。

ここが見どころ。

 

いずれ、玄徳と曹操はライバルとして対決することになる。

その時に嵐はどうするのか───

その葛藤が見たかった。

 

 

漫画家・本宮ひろ志の「天地を喰らう」は、物語の後半が尻すぼみ。

呂布が董卓を倒すという、三国志としては、まだ序盤の展開までで、取ってつけたような最終話になり、消化不良のまま終わる。

オリジナルストーリー満開の前半がとても面白かっただけに、もったいない。

 

物語は、玄徳が、婿探しをする死病持ちの姉妹や諸葛孔明と出会って始まる。

姉妹は、実は、天界に住む竜王の娘。

クールな姉が麗、お転婆な妹が嵐で、どちらも美女だ。

若返りのために、若い男の初精を求めて、地上に降りてきたのだった。

そして、竜王の娘と交わった男は、何でも望みが叶うという。

そのことを知っていた孔明によると、「秦の始皇帝も、漢の高祖も、あの娘たちと交わった結果、天下を統一する力を与えられた人たちなんです」。

この設定が、まず、面白い。

 

孔明に誘われて、玄徳は天界に行き、それぞれ、麗と嵐が寝ているところに忍び込む。

ここで、孔明のアドバイスがすごい。

「交わる前に見つかれば必ず殺される。有無も言わさずに、あなたの初精をこの女の体内に流し込むんです」。

とにかく、やっちゃえ、と。

 

ところが、麗や嵐の普段の姿は、通常の人間の10倍はある巨人。

「こっ、こんな、でっけえ女。どういう風にやれっちゅうんじゃい」と、玄徳は思案しながらも、奮闘。

 

「天地を喰らう」より。どういう風にやれっちゅうんじゃい

その途中で、嵐が目を覚ましてしまう。

そして、嵐は、実は、5年前に曹操と交わったばかりだから、玄徳とは交われない旨、説明して回想シーンに入る。

 

当時、嵐は死病持ちの売春婦として曹操に声をかけた。

「死ぬ前に、せめて、あなたさまのような美しい方と交わりを持って、冥土の土産としたく思います」と。

 

ここからは、2人の会話を以下に抜粋してみる。

 

曹操

おれはまだ女を知らん。

初めての女が死病持ちの春を売る女とはそれも一興だ。

その病をうつされて、のたれ死にするなら、この曹操、たかだか、それだけの男よ。

はっはは。

よかろうっ、おまえの望み叶えてやる。

(ことが済んだ後)

女・・・心置きなく死ねよ。さらばじゃ。

お聞かせください。

あなたさまがこの世にひとつだけ望むとしたら、それは一体、何でしょうか。

曹操

ひとつか。

男なら誰しも天下の王とならん。

それしか、あるまい。

(以上、抜粋)

 

「天地を喰らう」より。男なら誰しも天下の王とならん

情熱的な曹操のキャラクターがうかがえる逸話だ。

なお、嵐は、交わったからといって、曹操が好きになったわけではない。

少なくとも、この時点では。

ただ、のちのち、この交わりが効いてくる。

 

一方で、回想を聞いた玄徳と嵐の会話を以下に抜粋してみる。

 

玄徳

しかし、あんたと交わったってことは、この男が天下を取るってことかい。

始皇帝や漢の高祖みたいに。

そうだ。

やがてこの国の王となるであろう。

玄徳

ふーん。

ということは、また、いくさ、いくさでみんなが苦しむのか。

なんじゃ、おまえは天下の王となりたいために、わたしに近づいたのではないのか。

悔しくはないのか。

玄徳

別に!

ンなものはほしくはねえよ。

おれが望むなら、肝だ!

なにいーっ!肝?

玄徳

そうだ。

肝っ玉よ。

どんなに苦しい時でも、また、どんな豪傑に対した時でも、びくともしねえ肝っ玉。

その肝っ玉ひとつ持って、自由気ままに生きてみてえ。

人間としてな。

(以上、抜粋)

 

「天地を喰らう」より。おれが望むなら肝だ

いかにも本宮漫画らしい、おおらかな主人公キャラだ。

 

嵐は、あきれてしまうのだけども、ここで、竜王が登場。

玄徳を気に入った竜王は、呑邪鬼という巨人を倒して、その肝を食べたら、望みが叶う旨、アドバイスする。

そして、呑邪鬼との対決へ。

 

三角関係というテーマからは話がそれるけど、この対決は面白いので、紹介しておく。

玄徳と呑邪鬼の対決は、根気比べ。

呑邪鬼がいろんな幻覚で玄徳を苦しめてくるけども、ひと言もしゃべらずに耐えられるかどうかという。

芥川龍之介の短編小説「杜子春」みたいな試練だ。

 

 

「杜子春」みたいに、母が鬼に拷問されると、玄徳は耐えきれず、声を発しそうになるのだけども・・・

母は「ならぬ!玄徳!」と叱咤し、自ら舌をかんで事切れる。

呑邪鬼が作り出した幻覚の人物が勝手な行動を取るわけはないのだけど、実は、同じ頃に地上では玄徳の母が突然、天を見上げて同様に叫び、舌をかんで事切れていた。

玄徳の危機を察した母が、命と引き換えに幻覚をも操って玄徳を励ましたということ。

これは、すごい。

 

嵐は、見かねて、竜の姿となり、呑邪鬼を攻撃。

さらに、呑邪鬼の周囲にいた鬼たちが、玄徳に味方し、集団で呑邪鬼を襲って倒し、その肝を玄徳に食わせて、対決に勝利。

私は、「杜子春」は説教臭すぎるうえに、人の心をもてあそぶように感じて、あまり好きではないから、このアレンジは痛快。

さすが、本宮漫画という感じだ。

 

玄徳の胆力や周囲を動かす力を目の当たりにした嵐は、心を動かされる。

 

「不思議な男だ。何の変哲もない、ただの男のようだが、まわりの者たちを味方に引き入れながら、とてつもない人物となってゆくのかもしれん」

「おまえの精をわたしの体で受けよう。おまえを見つめていよう。おまえの妻となろう」と。

 

「天地を喰らう」より。おまえの妻となろう

実際には、嵐は、玄徳がこの時、意識を失っていたため、交わっていない。

けども、これ以降、玄徳を気にかけ続ける。

 

地上に戻った玄徳は、天界での出来事をすっかり忘れている。

その姿を天界から毎日、観察する嵐。

竜王には「惚れたな」とストレートに指摘される。

嵐は「父上、嵐は玄徳のもとへ、まいりとうございます。玄徳のそばで、玄徳を見つめていとうございます」と言って、地上へ降りる。

 

「天地を喰らう」より。玄徳を見つめていとうございます

この際、竜王が与えた注意が興味深い。

「1万年、2万年と生きながらえる天上の者だ。わずか、40〜50年の間、地上で暮らすのも退屈しのぎになろう。行ってこい。しかし、過ちは犯すなよ。その時は天上に帰れなくなり、40〜50年で、おまえの一生は終わりだ。忘れるでないぞ」と。

 

「過ち」とは何か。

これは今後の展開の伏線かと思った。

おそらく、ここぞというヤマ場で玄徳のために嵐がわが身を捨てて「過ち」を犯すのだろう、と。

地上に降りた嵐は、白馬に姿を変えて玄徳に寄り添うから・・・

「過ち」とは、「玄徳に、嵐だと知られてはいけない」、あるいは「普段の嵐の姿を見せたらいけない」ということかなと想像した。

ところが、その後、割とすぐに嵐は、玄徳の目の前で普段の姿を見せ、正体を明かす。

 

この場面のやり取りを以下に抜粋する。

 

立派になったな、玄徳。

玄徳

はっはは。

おまえは、やっぱり、あの大女かァ。

なんもかも思い出したぜ。

わたしはおまえの妻じゃ。いつでも、おまえとともにいるぞ。

(以上、抜粋)

 

「天地を喰らう」より。いつでも、おまえとともにいるぞ

この後、魔界の幻鐘大王(悪)を倒した手柄で、玄徳は、正式に嵐の夫として、天界に迎えるという話が竜王から来るのだけども・・・

玄徳は、キッパリと断る。

「おれは、地上に戻る。おれは人間として地上にいるべきだ」と。

戦乱で荒れ果てた地上の人々を捨てておけないという思い。

そして、嵐は、天界での暮らしを捨て、玄徳を追いかけて地上に降りていくのだ。

 

地上に降りて人間サイズになった嵐は、曹操とばったり再会する。

曹操が暴虐な董卓を暗殺しに行く前夜のこと。

この再会の場面は非常に面白い。

曹操のセリフを以下に抜粋してみる。

 

曹操

妙なことを思い出してしまった。

おれが16歳の時のことだ。

春を売る女に会ってな。

しかも、死病に侵されているという。

おれは、その死病をうつされれば、それまでの寿命として、その女を抱いた。

男としては初めてだったよ。

だが、いま、この通り、生きている。

ふっふふ。

その女が言うには「ひとつ願いがあるとすればなんだ」と聞いた。

おれは「天下の王となることだ」と答えた。

その女は「なれる」と言った。

あす、おれは命をかけて董卓を殺すつもりじゃ。

もし、あの女が言ったことが本当であれば、おれは、あす、死ぬことはないだろう。

(以上、抜粋)

 

いかにも曹操らしいと感じさせるセリフだ。

自分の強運を信じ、前向きなところが。

 

ここで、曹操は唐突に嵐をくどく。

「どうだ、女。おれの妻とならぬか」と。

「冗談で言っているのでも、からかっているのでもない。たとえ、何の根拠がなくても、おれが決めたことは、おれの本当の心だ。ひと目見て、おまえを妻にしようとする気持ち、それもおれの本当の心だ」と。

 

「天地を喰らう」より。おれの妻とならぬか

これは、人間の心理を考えると、効果的な口説き方ではないかと思う。

さすが、人心掌握術に長けた曹操だ。

 

曹操は、嵐が竜王の娘だとは、知らない。

嵐と玄徳の関係も知らない。

しかし、かつて交わった女性だとは、気づいたはずだ。

そして、自分に幸運をもたらす不思議な力を持った女性ではないかということも感じたはずだ。

その意味で、嵐に惹かれ、妻にしたいと思ったのは、本心だろう。

かつて交わった女性だと気づいたけども、そう指摘すると、嵐を身構えさせ、「防御モード」に入らせてしまう。

だから、気づいていないふりをしつつ、思い出話として語り、いかに曹操の人生で忘れられない女性だったかを遠回しに伝える。

これは、うまい。

 

そうして、嵐の気持ちがほんわかとなったところで、いきなり、予想外のアタック。

嵐は、意表を突かれて、「なっ、何を急に」とうろたえ、ドキドキしてしまう。

このドキドキがくせ者。

心理学によると、もしかして、私はこの人が好きなのだろうかと、錯覚させる効果があるらしい。

 

いけると見た曹操は、さらに、たたみかける。

「あす、見事、董卓を討つことができた時は、わしの屋敷へまいれ。討ちそんじた時は、陳留へ逃げる。その時は、そこへ訪ねてくるがよい。また、わしが命を落とした時は、花一輪捧げてくれぬか」と。

 

「わしが命を落とした時は、花一輪捧げてくれぬか」がポイント。

このように言われると、嵐は「曹操に命を落とさせてはいけない」という気持ちになって、より曹操に惹きつけられてしまう。

 

暗殺実行の当日。

董卓を護衛する呂布(三国志で最強の武将)に気づかれて、暗殺は失敗。

曹操は、呂布に殺されそうになる。

ここで・・・

嵐が竜の姿となって登場。

曹操を連れ去って助ける。

 

「天地を喰らう」より。嵐が曹操を救出

意識を取り戻した曹操は「生きている。おっ、おれは生きているのか。天よ、おれは生きていいのか!ならば、このおれに天下を治めよということかァ」と叫ぶ。

こっそりと、その様子を見守る嵐の表情は、影になっていて、わからない。

これは、この物語で、私が一番好きな場面。

 

「天地を喰らう」より。このおれに天下を治めよということかァ

このあたりまでは、とても面白かった。

 

この後、「董卓打倒のために諸侯が集結」「呂布と関羽の戦い」「呂布が寝返り、董卓を殺害」といった三国志の流れに沿って、話が進み、だんだん、淡泊になっていく。

 

なお、この物語では、貂蝉がかなり腹黒な策謀家で、呂布の妹という設定。

そして、呂布は、献帝に気に入られ、心を通わせるというのも、面白い。

このような要素は、今後の物語を盛り上げただろうけども・・・

メインディッシュではない。

メインディッシュは、玄徳、曹操、嵐の三角関係。

このドラマが希薄になっていったのが、惜しい。

 

繰り返しになるけども、三角関係の行方をしっかりと描いてほしかった。

玄徳と曹操が対決する時、嵐はどのように揺れるのか(たとえば、「赤壁の戦い」で大敗して逃走する曹操を関羽が見逃すのではなく、嵐がひそかに助けるとか)。

嵐の存在は、玄徳と曹操の戦い方にどう影響を及ぼすのか(たとえば、関羽を捕らえた曹操は、引き換えに嵐を要求。で、曹操が嵐とイチャイチャして油断しているところ、玄徳が急襲して、曹操の護衛の典韋が死ぬとか)。

このあたりを描いてほしかった。

通常の三国志のストーリーは、もっと大胆に省いても良かったと思う。

 

のちに、同じ作者が手がけた歴史物「赤龍王」は、三角関係(男2人と女)をしっかりと描いている。

項羽の愛姫となる虞美人が、最初に劉邦と出会って結ばれていたという設定が秀逸。

虞美人をめぐる劉邦と項羽の三角関係を随所に織り込み、天下と女性、どちらを選ぶかを考えさせる物語に仕上げてある。

同じ作者の「大いなる完」にも通じる作品だ(大物政治家にのし上がる主人公が、晩年、「愛しい彼女が自分のものになっていたら、ほかには何もいらなかった」と振り返るラストが印象的)。

「天地を喰らう」での不完全燃焼が「赤龍王」につながったかと考えると、興味深い。

 

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