漫画家・荒木飛呂彦の傑作「ジョジョの奇妙な冒険」には「週刊少年ジャンプ」連載の第1話から引き込まれた。
私好みの作品だと、わくわくした。
アステカの生贄の儀式のような場面で始まり、謎の「石仮面」が出てくるホラーな導入。
そして、何と言っても、悪役ディオの魅力が絶大だった。
当初は、主人公ジョナサンがディオにいじめられるという暗い話だったせいか、「ジャンプ」での掲載位置は、ずるずると後ろに下がっていった。
その前にも、「ジャンプ」では、巻来功士の傑作で、私好みの「メタルK」が、ホラーで暗い話だったせいか、短期打ち切りになっていた。
だから、「こんなに面白い漫画が、また、打ち切りか」と気を揉んだものだ。
まさか、「ジョジョ」が、今なお連載中(掲載誌は変わったけど)という大河ロマンになるとは当時、思いもよらなかった。
初期の作品「魔少年ビーティー」「バオー来訪者」「ゴージャス★アイリン」と合わせて考えてみると、キャラクター作りの試行錯誤が興味深い。
自ら手のうちを明かす著書「荒木飛呂彦の漫画術」で、「連載ができなければ漫画家として生活できない」「連載の鍵は強力なキャラクター」と書いているから、キャラクター作りに心を砕いたのは、間違いない。
私なりに、試行錯誤の過程を分析してみる。
初期の「魔少年ビーティー」と「バオー来訪者」は、対照的な2人のコンビもの。
「魔少年ビーティー」は、謎めいてクールな主人公ビーティーと、平凡でお人好しな公一のコンビ。
「バオー来訪者」は、物静かで真面目な主人公・育朗(バオー)と、お転婆で感情表現豊かなスミレのコンビ。
対照的な相棒と組むことで、主人公のキャラクターが際立つ。
おそらく、荒木飛呂彦の好みは、クールなキャラクター。
作者としては、主人公のほうが、読者により好かれてほしいだろうけど・・・
主人公に足りない魅力を相棒が補って、コンビとして読者に好かれたらいいという、保険の意味合いもあったのかもしれない。
「ゴージャス★アイリン」では、独り立ちできる主人公を模索し、2種類のキャラクターを試したのだと思う。
わずか2話しかないのに、第1話と第2話で、主人公アイリンの印象が違うのは、その実験だったからではないか。
第1話は、おそらく作者好みの、クールで妖艶なアイリン。
第2話は、物静かで悲しみを秘めるアイリン。
(ちなみに、私の好みは第2話の悲しみアイリン)。

そして、おそらく、作者は・・・
クールアイリンのようなキャラクターは、物語の魅力を高めるけども、主人公にはなれないと判断したのだろう。
ただ、クールアイリンの魅力も、捨てがたかった。
そこで生まれたのが「ジョジョ」第1部・石仮面編の悪役ディオ。
ディオは、クールアイリンの流れを汲むキャラクターだと思う。
そこから逆算して、対照的なキャラクターとして、くそ真面目な正義漢ジョナサンを主人公に置いたけども・・・
作者の思い入れは、ディオに傾いていたに違いない。
たぶん、ジョナサンを表向きの主人公としつつ、ダークヒーローとして、ディオを描いたのではないか。

実際、ディオの人気は高いと思う。私も大好き。
その半面、主人公ジョナサンは人間味が乏しかった。
悪役ディオに人気があったとしても、主人公が読者に好かれないと、さすがに、まずいと考えたのだろう。
とりあえず、第2部・柱の男編では、おちゃらけで親しみやすいジョセフを主人公に置いた。
くそ真面目なジョナサンと対比させる狙いもあっただろう。
ジョセフは、読者に親しみを持たれたのだろうけども、ハードな物語の主人公としての重みが乏しかった。
満を持して登場したのが、第3部・世界旅行編の主人公・承太郎。
作者好みのクールさに加えてタフさを前面に出しつつ、内に優しさを秘め、物語にぴったりのハードボイルドなヒーローに仕上がった。
荒木漫画で究極の主人公だ。
おそらく、承太郎の人気は高い。
もちろん、私も大好き。
「ジョジョ」で一番好きなキャラクターが承太郎、その次がディオだ。
2人が「オラオラ」「無駄無駄」と対決する第3部は「ジョジョ」の中で最高傑作。
欲を言えば、第4部・杜王町編、第6部・刑務所編で、承太郎をもっと活躍させてほしかったけど・・・
承太郎を目立たせたら、主人公がかすんでしまうと作者が我慢したのだろう。
このブログでは、私が大好きな「ジョジョの奇妙な冒険」のレビュー記事が、いまだに書けていない。
ほかの作品のレビュー記事の中で「ジョジョ」に触れることはあるけども、正面からとらえたレビュー記事は、ない。
魅力にあふれる大河ロマンのため、レビュー記事1本で書ききれるとは思えず、思案しているところだ。
いずれ、書きたいとは思っている。
「ジョジョ」の分析は、その時に、あらためて、しっかりとやりたい。
このハブ記事では、「バオー来訪者」「ゴージャス★アイリン」「岸辺露伴は動かない 懺悔室」「荒木飛呂彦の漫画術」のレビュー記事を簡単に紹介しておく。
ついでに、巻来功士の自伝漫画「連載終了!」も、おまけリンク欄に載せておく。
(詳しくはリンク先の各記事へ。随時、追加・更新)
「バオー来訪者」
秘密組織ドレスによって、無敵の生物兵器「バオー」にされた少年が組織と戦うという設定に、まず、引き込まれた。
そして、スリリングで、スピーディーなストーリー展開。
何より、余韻のある結末が素晴らしい。
子どもの頃に読んだ漫画の中でも、特に記憶に残る作品のひとつだ。
私は、スミレが主人公だと思って「バオー来訪者」を読んだ。
感情表現が豊かで、芯の強い少女。
感情表現が乏しい育朗に代わり、読者に怒りや悲しみを訴える役どころだ。
育朗は終盤で、強敵ウォーケンに勝った後、ドレスの研究所の爆発に巻き込まれる。
スミレだけ取り残された格好だが、育朗との将来の再会を想像させるラストが、とてもいい。
いじらしいスミレが大好きになった。

「ゴージャス★アイリン」
わずか2話しかないけども、とても記憶に残る傑作。
何でも信じやすく、自己暗示にかかりやすい少女で、暗殺者のアイリンが主人公。
化粧によって、肉体や性格すら変えてしまい、老婆にでも異人種にでもなりきる。
そのアイリンの印象が第1話と第2話で違うのも、面白い。
私は、悲しみを秘めた第2話のアイリンが好き。
そのセリフもいい。
「そして、すべてを信じる。心の底から」が特にいい。
悲しみ、つらい宿命を忘れるために装い、かりそめの姿に安らぎを見いだす感じが、すごく出ている。
映画版「岸辺露伴は動かない 懺悔室」(原作漫画と比較考察)
映画版は「幸福の絶頂の時に絶望を味わう」という呪いに、とらわれすぎだ。
原作の漫画では、この呪いは物語の演出にすぎない。
目を向けるべきは、そこではない。
「人間のたくましさ、したたかさ」という原作のメッセージだろう。
そこが私は好きなのに・・・
珠玉の人間讃歌が、映画では、薄っぺらなホラーになってしまった。
映画版は、炎ポップコーンで見せた男の勇気が、軽く流されているように見える。
原作を初めて読んだ時に私は、「実は召使いに整形させて身代わりに仕立てていた」というトリックにも、男のしたたかさを感じて、面白いと思った。
原作の露伴も、そうだったに違いない。
だから、最後に去っていく男を見送りながら、敬意を表すのだ。
「怨霊に取り憑かれても、あきらめず、孤独に人生を前向きに生きる男・・・彼は悪人だと思うが、そこのところは尊敬できる・・・そう思うのは、ぼくだけかもしれないが・・・」と。
私も同感だ。
この味わい深さが、映画「岸辺露伴は動かない 懺悔室」では、失われている。
そうじゃなくて、男が召使いからも受けた呪いをどう切り抜けるかを描いてほしかった。

「荒木飛呂彦の漫画術」
荒木飛呂彦は、才的な感性のままに描いて傑作を生んでいるのだろうと、私は想像していた。
ところが、作者自ら手の内を明かす本書を読むと、いろいろと考え、試行錯誤の上に作品を描いてきたことがよくわかる。
本書は、漫画に対する作者の向き合い方がよくわかり、興味深い。
<おまけリンク・「連載終了!」巻来功士>
名作「メタルK」の短期打ち切りは、当初からジャンプ編集部の方針だったという。
荒木飛呂彦と対比させて見ると、面白い
もともと似た作風だと思われる巻来と荒木の歩みの違いは何なのか。
背景には、何があったのか。
そんな疑問を解くヒントが、本書「連載終了!」にある。

<ほかの作家のハブ記事>
