山陰地方、特に松江を愛した作家・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)には、物書きの端くれとして、山陰出身者として、強く惹きつけられる。
最高傑作の日本滞在ルポ「知られぬ日本の面影」で優れた感性や観察力を見せたかと思うと、晩年の異色作「怪談」では親の愛情に恵まれなかった生い立ちを背景に、秘めた渇望を吐露する。
とても人間くさくて大好きな作家だ。
八雲を味わうなら、まずは、この2作がおすすめ。
そして、八雲を知るうえでは、松江出身の妻・小泉セツの存在が欠かせない。
八雲の没後、その教え子にセツが語って記してもらった著書「思い出の記」では、2人の出会いと結婚生活といった八雲の横顔、言葉ひとつにもこだわった八雲の執筆姿勢が明かされる。
セツは、妻というだけでなく、八雲の執筆活動を支える大事なパートナーだったことが浮かび上がる。
さらに、セツを主人公のモデルとしたNHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」の秀逸な脚色に触れると、八雲の「怪談」とセツの「思い出の記」は、2人の愛の交流とも言える作品なのではないかと想像が膨らむ。
2人の生い立ちや馴れ初めを知るには、島根県出身の脚本家・田渕久美子の小説「ヘルンとセツ」がおすすめ。テンポがよくて、読みやすい。
このハブ記事では、「知られぬ日本の面影」「怪談」「ばけばけ」「ヘルンとセツ」のレビュー記事4本を簡単に紹介する。
「思い出の記」のレビュー記事は、いずれ、書きたい。
(詳しくはリンク先の各記事へ。随時、追加・更新)
「日本の面影」
松江の一日は、寝ている私の耳の下から、ゆっくりと大きく脈打つ脈拍のように、ズシンズシンと響いてくる大きな振動で始まる。柔らかく、鈍い、何かを打ちつけるような大きな響きだ。その間の規則正しさといい、包みこんだような音の深さといい、音が聞こえるというよりも、枕を通して振動が感じられるといった方がふさわしい。その響きの伝わり方は、まるで心臓の鼓動を聴いているかのようである。それは米を搗く、重い杵の音であった───
鋭い観察力と感性。
そして、何より、「神々の国・出雲」(島根県東部)への深い理解と愛情。
冒頭に引用したのは、八雲の代表作「知られぬ日本の面影」の収録作品「神々の国の首都」の書き出しだ。
リズミカルな米搗きの音から、松江の描写が始まるというのが、面白い。
この後には、野菜や薪を売り歩く物売りの掛け声も描かれる。
子どもの頃に左目を失明した八雲は、そのせいか、音に敏感だったらしい。
「日本の怪談」
八雲が紹介した怪談のひとつに「水飴を買う女」がある。
よく知られた怪談だと思うけど、簡単に紹介すると・・・
身ごもったまま亡くなった女性が埋葬されてから赤ちゃんを産み、赤ちゃんに乳の代わりに与えるために、幽霊となって水飴を買っていた───という内容。
締めくくりが興味深い。抜粋してみる。
女は亡くなるとすぐに埋葬されてしまったので、墓の中で赤ん坊が生まれたのでしょう。それで、母親の幽霊は夜ごと、赤ん坊に水飴を買い与えていたのでした。母親の愛は、死よりも強かったのです。
(以上、抜粋)
最後の一文は八雲の感想だと思われる。
八雲は、だいたい、怪談そのものを紹介するだけで、感想を添えるのは珍しい。
ハーンは、幼い頃に父親に捨てられ、母親とも生き別れになった。
幽霊になってまでも赤ちゃんに愛情を注ぐ母親の姿に、「母親の愛は、死よりも強かったのです」と書かずにいられなかったのだろう。
怪談「子捨ての話」も、締めくくりに感想は添えられていない。
それだけに、NHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」の主人公トキ(セツをモデルにしたキャラクター)の解釈は、素晴らしかった。
「ばけばけ」
八雲の晩年の著作「怪談」(1904年)は、日本滞在ルポや日本文化論となっている、ほかの著作と比べ、異彩を放つ。
「怪談」は、「耳なし芳一」「雪女」「むじな」「ろくろ首」といった怪談17編と虫に関する3編を収めた採話集のような作品。
初期の作品で最高傑作「知られぬ日本の面影」(1894年)にも「鳥取の布団の話」といった怪談が鳥取旅行の逸話と絡めて収められ、晩年の「骨董」(1902年)にも怪談がいくつか収められているけども・・・
ほぼ怪談に特化した点で「怪談」は特徴的だ。
なぜ、書こうと思ったのか、執筆の経緯もよくわかっていないらしい。
2026年3月に終わったNHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」では、主人公トキ(セツがモデル)が、ヘブン(ハーンがモデル)に提案したことになっていた。
このアイデアは秀逸だ。
「ヘルンとセツ」
家庭に恵まれずに苦労して育ち、新聞記者として身を立てる中、日本の神秘性に惹かれた八雲。
明治維新で没落した武家の娘として貧しいながらも強く生きるセツ。
その2人の生き様と、松江での出会い、結婚を描く。
2人それぞれの視点に切り替えながら、テンポ良くストーリーが進み、読みやすくて一気に読破できる。読後感も爽やか。
<おまけリンク>
「妖怪なんでも入門」水木しげる
代表作「ゲゲゲの鬼太郎」があり、妖怪研究家としても知られる鳥取県出身の漫画家・水木しげるの著書「妖怪なんでも入門」によると、「何かいるという感じを形にしたもの」が妖怪だという。
「妖怪なんでも入門」は、子どもの頃に愛読した。復刻版を見つけて購入。
大人になった今、読み返すと、著者の論考の素晴らしさに気づく。
妖怪の本質を的確にとらえていると思う。
子どもの頃の私は、さまざまな妖怪を紹介するページはよく見ていたけども、妖怪に関するコラムのページは、よく読んでいなかったのだと思う。
「地獄の辞典」コラン・ド・プランシー
フランスの文筆家コラン・ド・プランシーのライフワーク的な大作。悪魔や精霊、迷信といったオカルト的な事物を網羅してある。
19世紀のフランスで書かれた本だという点を頭に入れて読まないといけない。
日本に関する記述とか、間違いが多いと言われるが、時代を考えると、そこは温かい目で見たほうがいい。
むしろ、当時のフランス人の感覚や世相を知る歴史資料だと思って読んだら、興味深い。
日本人がキツネを恐れているかのような記述、山伏が狂信者のように扱われている記述等、笑いどころ満載。
<ほかの作家のハブ記事>
