てっちレビュー

 読書、音楽、映画・・・etc.あと、記者の仕事あれこれ

大学時代の専攻選び 心理学に興味があり、東洋史にも引かれたが、思いつきで社会学へ

自分は、大学(地元国立大学の教育学部)に入る前から心理学に興味があり、大学1年の時はユング心理学のゼミが一番の楽しみだった。

 

2年の時に東洋史のゼミを受けて中国史や漢字に興味がわいた。授業と直接は関係ないが、当時、「史記」「孫子」といった中国の歴史、思想関係の本を好んで読んでいた。サークルの友人(工学部)が当時まだ珍しかったパソコンを持っていて(5インチフロッピーディスクの時代)、シミュレーションゲーム「三国志」にはまったのも、この頃だった。

 

東洋史のゼミでは中国の金文(「きんぶん」と読む。漢字の発達途中の文字で、甲骨文字の次の段階。青銅器に刻まれたので、金文と言う)が面白くて、3年以降の研究室配属では、東洋史の研究室で金文を研究したいと思った。

 

けど、東洋史の研究室は人気が高く、入れないかもと思ったのと、先生が厳しかったので、バイトしまくり休みまくりの自分ではついていけないかもと思い、迷った挙句、思いつきで社会学の研究室を選んだ。

 

社会学を選んだのは、何をするのかよく分からないが、何でもできそうだったから。

 

社会学の先生に「何がやりたいの?」と聞かれ、思いつきで「ナチスドイツについて研究したい」(どこが社会学なのか分からないが)と答えたら「いいですよ」と苦笑いしながら言われた。

 

入ってみると、社会学の研究室は、つらかった。

 

同級生で社会学の研究室に入ったのは自分のほかに、クラスで屈指の優等生だけで、先輩はおらず合計2名だった。何かと比較され、4年になって後輩が研究室に入ってくると「こいつみたいになるな」とダメ学生の見本みたいに、ずっと言われ続けたので、本当に嫌だった。

 

名前を忘れたが、優等生君は「卒業後は家業の酒店経営を継いで、趣味で哲学をやりたい。哲学の研究室に入りたかったけど、ないから社会学に来た」という、すごい人で、卒業研究は「死の考察」という重いテーマ。

 

一方、自分は、ナチスドイツの研究はすぐさま行き詰まり、途中からカニバリズムというこれまたマニアックなテーマに変更したが、さっぱり展望が開けず、卒業論文が書けないまま、卒論発表会も無断欠席した。

 

今勤めている新聞社に内定をもらっていたが、留年したら意味ないし、だったら中退して自衛隊に入ろうと思い、自衛隊にアプローチを始めていたら、先生に呼び出され「就職が内定しているだろうから、卒業はさせてあげます。明日までにレポートを何か書いて持ってきなさい」と言われ、結局、レポートを提出して、お情けで卒業させてもらえた。

 

社会学の先生とは最後までそりが合わなかったが、この時ばかりは、実はいい人かもと思った。

 

もし、東洋史の研究室に進んでいたら、たぶん卒論が出せず、卒業できてなかったと思う。

 

今にして思えば、大学時代にもっと、ちゃんと勉強しておけば良かった。

 

特に、法学の授業は、刑法や刑事訴訟法についての解説だったので、記者の仕事に役立ったと思う。法学の教科書は全部、後輩にあげていたので、記者になってから、刑法や刑事訴訟法の解説書を先輩記者にもらい、勉強した。

 

大学時代に買った教科書で、今も持っているのは「タイプ論」(C・G・ユング)と「地図と文化」(編集=久武哲也、長谷川孝治)。「タイプ論」については、またの機会に書きたい。

 

ちなみに、新聞社に入ってからは、文化関係の取材がしたかったので、学芸部(文化面や暮らし面の記事を書く部署)を希望していたが、結果としては、記者のキャリアの大半を政治記者として過ごしてきた。

 

食文化、伝統芸能、文化財、文学、芸術など文化関係の取材が好きなことに変わりはないが、今では、一番得意で好きな分野は、選挙と刑事裁判だと思っている(人間模様が垣間見えるのが面白い)。

 

(2017年6月18日Facebook投稿を転載)

 

www.tetch-review.com