(上記のAmazon商品は本文とは直接関係ありません)
私は寝ている時に、あまり夢を見ない。
たぶん、見ているのだろうけども、目覚めた時に、気づいていることが少なく、内容を覚えていることは、もっと少ない。
年に2〜3回くらいじゃないだろうか。
目覚めた時に覚えている夢のバリエーションも乏しい。
だいたい、「原稿の締め切りに追われている夢」か、「大学の卒業論文が書けなくて困っている夢」のどちらかだ。
現実に、原稿の締め切りに追われることは珍しくない。
そして、大学時代、私は卒業論文が書けず、お情けで卒業させてもらった。
つまり、よく見る夢は、現実に経験した不安がそのまま再現されただけで、新しい発見は、何ひとつない。
はっきり言って、つまらない夢だ。
たとえば、19世紀の化学者アウグスト・ケクレは、蛇がしっぽをくわえて輪のようになっている夢を見て、ベンゼン分子の構造(6個の炭素原子が六角形の環状に結合)を思いついたとされる。
とても、うらやましい。
そのような啓示を、私も夢で見てみたいものだ。
現実にはありえないような不思議な夢を見る人にも、うらやましく感じる。
面白そうだな、と。
たとえば、小説「不思議の国のアリス」(マーク・トウェイン)は主人公アリスが見た夢、漫画「3年奇面組」&「ハイスクール!奇面組」(新沢基栄)はヒロインの唯が見た夢。
架空の人物ならではかもしれないけど、こんなに壮大な夢を見られるとは、本当にうらやましい。
心理学者カール・グスタフ・ユングによると、夢は、無意識が意識に向けて発するメッセージ。
夢の中には、その人がより良く生きるためのヒントが隠されているという。
もし、そうだとしたら、私がつまらないと思っている「締め切りに追われる夢」「卒論が書けない夢」も、何かのヒントが隠されているのかもしれない。
それにしても、そもそも、夢をあまり見ない(あまり覚えていない)とは、つくづく、残念なことだ。
よく考えると、夢をあまり覚えていないということは、怖いことかもしれない。
なぜなら、私の中に、「知らない私」がいるとも言えるからだ。
夢を思い出せない怖さを描いた作品と言えば、たとえば、漫画「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)の第3部に出てくる「死神13」(デス・サーティーン)のエピソードが思い浮かぶ。
死神13は、夢の中で襲ってくるスタンド(超能力)。
夢の中で襲われて、ケガをしたら、現実にケガをするし、死んだら、現実に死んでしまう。映画「エルム街の悪夢」みたいな設定だ。
そして、起きたら、夢で見たことを思い出せない。これは怖そうだ。
このエピソードの中で、死神13は「夢とは無防備状態の精神」だと言っている。
なかなか、面白い分析だ。


漫画「アウターゾーン」(光原伸)の第8巻収録のエピソード「悪夢」は、夢が思い出せないことそのものの怖さを描く。
このエピソードでは、予知夢を見る女性が主人公。
ある時、刃物を持った男に襲われる夢を見るのだけども、起きると内容が思い出せない。
実際に襲われて、少し思い出す。
そして、「もっと早く夢の内容を思い出してれば。予知夢なんて見ても全然、役に立たないじゃない」と嘆く。
たしかに、これは怖そうだ。


過去記事「つくられる偽りの記憶」の中で触れた「幼児期健忘」が頭をよぎった。
幼児期健忘とは、3歳くらいまでの幼い頃の記憶は保持されず、覚えていられないという現象。
これも、考えようによっては、私の中に「知らない私」がいるようなものだ。
なぜ、私は、夢をあまり見ない(あまり覚えていない)のだろうか。
意識の支配力が強すぎて、無意識の干渉を許さないのだろうか。
無意識が怠け者で、そもそも、メッセージを送ろうとしていない(そもそも、夢を見ていない)のだろうか。
私は普段、ふと、物事がひらめくことが多いタイプ。
起きている時に無意識のメッセージを受け取っているから、無意識が「こいつには、夢でメッセージを送らなくてもいいか」と思っているのだろうか。
とても、興味深いテーマだ。





