(上記のAmazon商品は本文と直接関係ありません)
アニメファンの長女は、同じ劇場版アニメを何回も見に行く。
2025年公開の「劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来」は9回見に行ったと言っていた。
たしか、「シン・ヱヴァンゲリヲン新劇場版:||」(2021年)も何回も見ていたと思う。
なぜ、何回も見るのかと聞くと、「流れがわかっているから、細かいところに気づいて、より深く味わえる」と言う。
おまえはマニアか?という感じだけど、実は、私も似たところがある。
私は、長女のように、映画館で同じ映画を何回も見るということはしない。
細かいところに気づいて、より深く味わうということも、できないと思う。
けれども、お気に入りの映画はDVDを買って何回も見る。
お気に入りの漫画は何回でも読む(長女も同じ)。
流れはもちろん、セリフを覚えるくらい、繰り返し、楽しむ。
たとえば、最も好きな映画「コナン・ザ・グレート」(1982年、米国)は、サウンドトラックCDまで買って、iPhoneに入れているけども、音楽を聴いたら、頭の中に場面が浮かび、ストーリーを全部、再生できそうなくらいだ。
逆に、妻は、一度見た映画は見ないし、一度読んだ小説や漫画も読まない。
小説は図書館で借りて読んでいる。
漫画は買うけど、時々、捨てているようだ。
今年秋の引っ越しに向けて、自宅の片付けを進めているのだけど・・・
先日、妻が、夫婦共用の本棚に置いていた「ガラスの仮面」(美内すずえ)と「王家の紋章」(細川智栄子あんど芙〜みん)を「捨てようと思うけど、いいか?」と聞いてきたから、驚いて、止めた。
これほどの名作を手放そうとするとは・・・
(ちなみに、私は「ガラスの仮面」では努力家のライバル・亜弓が好き。「王家の紋章」では、陰謀家の悪役・アイシスが好きかな。メンフィスを思い続けるのが、せつない)。
ふと、気になり、妻の本棚を見たら、知らない間に漫画がほとんど捨てられていた。
私が気に入っていた「セキララ結婚生活」「たたかうお嫁さま」(けらえいこ)も、「おるちゅばんエビちゅ」(伊藤理佐)も、「I's(アイズ)」(庄司陽子)も、なくなっていた。
とりあえず、「セキララ結婚生活」「たたかうお嫁さま」は、私がこっそりとヤフオクで買い直したけども・・・油断がならない。
こんな風だから、妻には「同じもの、何回も見て、面白いの?」とよく言われる。
「面白い」と答えるけど、なぜ、面白いのかは、あまり、考えたことがなかった。
逆に、「同じものを見ると、なぜ、面白くないのか」と尋ねると、妻は「先がわかっているから」と言う。
まあ、それは、一理ある、という感じだ。
たしかに、妻は、一緒に映画やドラマを見ている時に、私がたまたま過去に見たことがあったり、原作を知っていたりして、つい、先の展開をしゃべってしまうと、怒る。
たとえば、夫婦でハマったテレビドラマ「三国志 秘密の皇帝」がそうだった。
私は、このドラマは初めて見るし、原作も知らないけど、三国志の基礎知識はある。
小説は吉川英治、陳舜臣、柴田錬三郎、北方謙三それぞれの作品を読んだ。
漫画は、横山光輝「三国志」、本宮ひろ志「天地を喰らう」、李學仁&王欣太「蒼天航路」を読んだ。
テレビゲーム「三國志」(光栄)には、どっぷりとハマった。
三国志について、妻は、映画「レッドクリフ Part1、Part2」(2008、2009年)を見た程度の知識しかない(私も一緒に見た)。
つまり、赤壁の戦いのあたりしか、知らない。
だから、「三国志 秘密の皇帝」を一緒に見た時は、私が「あ、こいつ、実は悪人」とか「こいつは殺される」とか、口にしてしまい、妻の機嫌を損ねたのだった。
なぜ、私は、同じものを何回見ても、楽しめるのだろうか。
あらためて、考えてみる。
たしかに、先がどうなるか知らずに初めて見た時の感動が最大だとは思う。
でも、お気に入りの作品なら、初めて見た時には及ばないにしても、2回目以降も大きな感動を得られて、楽しめているのだと思う。
たとえば、私はカレーライスが大好きだけども、何回食べても飽きない。
それと同じことだと思う。
たとえば、妻はビール(キリンラガー)が大好きだけども、同じものを何回飲んでも美味しいのか、という質問が成り立つ。
聞いたら、たぶん、「美味しい」と言うだろう。
私にとって、お気に入りの映画や漫画は、妻にとってのビールと同じこと。
つまり、私にとって、心の栄養なのだ。
年度末の繁忙に衆院選も加わり、しばらく、単身赴任先から帰れそうにないけど・・・
今度、妻と顔を合わせたら、そう話してみるかな。
また、こいつが屁理屈こね始めたと、あきれられ、「ハイ、ハイ」で終わりそうだ。










