私の故郷・鳥取市の方言に「こだらかす」という動詞がある。
辛抱強く、創意工夫する市民性を象徴していて、一番好きな鳥取弁。
ひと言では標準語に翻訳できない。
「様子を見ながら、なだめたり、すかしたりして、何とか、うまい具合に操る」という意味の動詞だ。
物に対しても人に対しても使える。
困難な状況に直面した時に使われ、「何とかする」感がポイント。
この微妙なニュアンスが「こだらかす」のひと言で表せるところも、面白い。
用例を挙げて説明したほうが、イメージしやすいだろう。
たとえば、ドアの鍵穴に鍵がうまく入らず、いら立って、ガチャガチャやっていると、「こだらかしもって、するだがな」と、たしなめられる。
この場合、こだからされる対象は、物である「鍵」だ。
(「〜しもって」とは、「〜しながら」という意味の鳥取弁。「歩きもって」=「歩きながら」、「食べもって」=「食べながら」)。
たとえば、面倒な仕事をたくさん抱えて困っていると、「誰ぞ、こだらかして、やらせえや」とアドバイスを受ける。
この場合、こだらかされる対象は、人である「誰か」だ。
(「誰ぞ」とは、「誰か」という意味の鳥取弁。「なんぞ」=「何か」、「どこぞ」=「どこか」。なお、「ぞ」は古語の助詞らしい。鳥取は田舎なので、言葉も時代遅れなのかもしれない)。
鳥取市は東西を峠に挟まれ「陸の孤島」とも呼ばれる地域。
平地が少なく、コメがあまり取れない貧しい土地でもある。
今でこそ、交通事情が良くなったけど・・・
昔は物流も人の交流も限られ、ある物、いる人をうまく使って何とかする「こだらかす文化」が育まれたに違いない。
農業史が物語る。
たとえば、鳥取県の特産として名高い「二十世紀梨」。
県内の二十世紀梨栽培は、明治期の1904年に鳥取市の農家が導入したのが、始まり。傾斜地で育つ作物として、目を付けたのだった。
二十世紀梨は千葉県で見つかった突然変異の品種。
味が良くて肌がきれいな梨だけど、「黒斑病」という病気に弱い難点があった。
当時、導入した全国各地の農家が栽培を断念する中、鳥取市の農家は、二十世紀梨にこだわり抜き、2回の袋かけ等、栽培方法の工夫で黒斑病を克服し、梨産地の礎を築いた。
その後、土地の条件が良い県中部が主産地に育つのだけど、出発点は県東部の鳥取市だ。
ちなみに、私の母は、鳥取市の南に位置する八頭町の農家の生まれ。
私が子どもの頃、母の実家では二十世紀梨を作っていた。
取って食えと言われ、梨の実をもいで、食べたのを覚えている。
当時、母の実家の風呂は薪で沸かす五右衛門風呂で、最初の焚き付けに使うのは、梨の実にかけていた袋だったことも覚えている(パラフィン紙の袋なので、よく燃える)。
たとえば、鳥取砂丘(鳥取市)で栽培するラッキョウは「砂丘らっきょう」というブランド名で知られる特産品。
あまり栄養がない砂丘で育てるので、引き締まって、シャキシャキした食感になる。
大正期の1914年に地元の農家が導入したのが、始まりだ。
砂丘で栽培できる作物として、乾燥に強く、葉が地面を覆って飛砂を防ぐラッキョウに着目。砂丘の過酷な環境と闘いつつ、ブランド品に育てた。
砂丘で育つ作物がラッキョウくらいしかないから「背水の陣」だったとされる。
ちなみに、私は、ラッキョウの甘酢漬けが好き。
たくあんとか梅干しとか漬け物全般が嫌いだけど(妻や長女が一緒にいる時は食べてもらう)、ラッキョウの甘酢漬けは例外。
あのサッパリ感とシャキシャキの歯応えがいい。
大好きなカレーによく合うし、子どもの頃、だいたい、実家の冷蔵庫に入っていたので、おやつ感覚で食べていた。
うっかりすると、1袋全部食べてしまうこともあった。
100年以上栽培される二十世紀梨も砂丘らっきょうも現在は担い手不足が悩み。
こだらかす文化が生んだ特産として、大事に守っていきたい。
こだらかしながら、担い手を確保していくのも一案かもしれない。


