「グーニーズ」(1985年、米国)
子どもの頃の冒険心を思い出させる名作。
テレビ放映で見たのは中学生の頃だったろうか。
シンディ・ローパーの歌とともに、よく覚えている。
ファミコンのゲームソフトにもなり、映画を思い出しながら、楽しんだ。
主人公マイキーたち少年4人組が、ふとしたことから、海賊ウィリーの財宝の地図を見つけ、兄のブランドたち年上の男女3人も巻き込んで、探しに行くストーリー。
マイキーの父の借金のため、家を取られそうになっており、財宝を手に入れて家を救うという使命感も加わって、冒険を盛り上げる。
財宝の地図が、マイキーの自宅の屋根裏部屋で見つかり、隠し場所の入り口が近所の廃墟というのが、いい。
大人目線で見たら、そんなに都合よく、近所に財宝があるわけないと思ってしまうのだけど、ここがミソだ。
身近なところに冒険を見出していた子どもの頃を大人にも思い出させる設定だと思う。
「えっ!こんな近くにあるの」という、驚きと興奮も醸し出す。
そもそも、子どもは、あまり遠くまで行けない。
徒歩か自転車で行ける範囲が、子どもの世界。
遠くだったら、マイキーたちの冒険は始まっていない。
余談だが、、、
私も子どもの頃は、ささいなことに冒険やスリルを感じていた。
たとえば、私の実家の近くに鉄道の廃線跡があり(今はない。道路に再整備された)、幼い頃、ずっと歩いて行ったら、どこまで行けるのかと思って歩いた。
川に阻まれて冒険終了(橋は残っていなかった)。
わずか1キロ程度の探索だけど、冒険気分になったのを覚えている。
小学校の近くの川の橋があり、橋の裏側の橋台のところの空間に「秘密基地」と称する隠れ家を作ったことも思い出す。
秘密基地と言っても、ここに隠れて漫画を読むとか、その程度。
同級生に見つかり「この基地は占拠した。ブラックデビル」という置き手紙が残されていた。
ドクロマークを添えたメッセージが子どもらしくて可愛く、筆跡からすぐに誰か特定できてしまい、笑い話になったのも、良い思い出だ。
(余談おわり)
この映画は、宝探しの冒険というハラハラドキドキ感に加えて、お笑いと人情が魅力を高めている。
ドリフのような、ベタなお笑いが心地よい。
それでいて、ほっこりするような人情あふれる場面もある。
一番好きな登場人物は、生意気で口が達者なマウス。
スペイン語が得意で、物語序盤のウソ通訳のシーンが面白い。
マイキーの母は、家を取られる見通しになっていたため、ロザリータという女性を荷造りの手伝いに雇ったが、ロザリータはスペイン語しかわからない。
マウスが頼まれ、マイキー母の指示をロザリータに通訳するのだけど、これがウソばかり。
「この部屋には入っちゃいけない。SMの道具がいっぱいだ」とか。
これで、ロザリータは「この家は狂っているわ」と呆れてしまう。
このマウスのおかげで、ウィリーの財宝の地図のスペイン語が解読できた。
キャラの立った少年それぞれに活躍の場面があるのが、いい。みんなの力を合わせて感があふれる。
ちなみに、ロザリータも最後に、いい仕事をする。
マウスは、宝探しに付いてきた少女ステファニーとのやり取りにも、味がある。
地下を探索中、「願いの井戸」の底にたどり着いた一行は、そこら中にコインがいっぱい落ちているのに、興奮する。
みんながコインを拾い集めようとすると、ステファニーが止める。
「取っちゃダメ。このコインには誰かの願いが込められているのだから」と。
マウスが返すセリフもいい。
「そうだな。この一枚は、おれのコインだ。願いは叶わなかったけどな」と。
マウスとステファニーは、冒険を通じて惹かれ合い、最後には、いい雰囲気になる。
食いしん坊のお馬鹿キャラ、チャンクは、序盤で仲間と別行動になる。
悪者フラッテリー一家の一員で、頭の弱い怪力男、スロースと食い気を通じて親しくなり、ここぞというところで、ピンチの仲間を救う。
一件落着後、チャンクとスロースが別れを惜しむ場面は、グッとくる。
チャンクの「一緒に暮らそうよ」は、子どもらしい唐突な提案だけど、無垢な愛情がストレートに伝わってくる。
これは、ぜひとも、わが子に見せたい名作。
そう思って、DVDを買い、長女が小中学生くらいの頃に見せたけど、反応は薄かった。
「見たことがない」と言って鑑賞に付き合ってくれた妻は、途中で寝ていた。
名作だと思うんだけどな〜、好みが分かれるのだろうか。
