「ドランクモンキー酔拳」
「酔拳」
香港のカンフー映画のスターと言えば、私のような団塊ジュニア世代にとっては、ブルース・リーより、ジャッキー・チェンだったのではないかと思う。
主演映画が次々とテレビで放映され、初めて見たのは小学5〜6年の頃。
クラスの男子の間で話題になり、アクションを真似たものだ。
もちろん、リーのアクションは迫力があり、かっこいいと思う。
「燃えよドラゴン」(1973年)は大好きな作品だ。
それでも、子ども心は、ジャッキーの手数が多く、イス等の道具も使ったコミカルなアクションのほうに惹きつけられた。
まるで、サーカスを見ているような感覚だった。
「少林寺木人拳」(1976年)「スネーキーモンキー蛇拳」(1978年)「クレイジーモンキー笑拳」(1979年)等々、当時の作品はひと通り、テレビで見たと思う。
中でも特に印象に残っているのが「ドランクモンキー酔拳」(1978年)。
ジャッキー演じる主人公フェイフォンが、ふとしたことから悪役の殺し屋ティエシンと戦って完敗し、顔を踏みつけられ、股の下をくぐらされる屈辱の場面が印象深い。
さらにズボンを燃やされ、パンツ一丁で泣きながら逃げる姿は本当に可哀想に思った。
そして、赤鼻の酔っ払い師匠の下で修行し、ティエシンと再戦して倒すという展開には気分が晴れたものだ。
最近、チャウ・シンチー主演の「少林サッカー」(2001年)を再視聴した時にも思ったけど、香港映画は屈辱の場面の描き方がすごい。
「少林サッカー」だと、ひざまずいて頭を靴で踏まれるとか、脱ぎたてのパンツをかぶらされるとか。
股くぐりは、古代中国・秦代末期の英雄・韓信の逸話がよく知られる。
無名の頃の韓信が、街のチンピラにからまれ「度胸があるなら、俺を斬ってみろ。できないなら、股の下をくぐれ」と言われて、くぐる。
韓信は、歴史に残る活躍をしたいという野望を秘めていたから、こんなところで挑発に乗って犯罪者になりたくないと思って、屈辱に耐える。
「韓信の股くぐり」は、大きな目的のために一時の恥に耐えるという意味の故事成語になっている。
フェイフォンの股くぐりは、負けを認めて命乞いするためなので、韓信のケースとは状況が違うけども、屈辱は変わらない。
自分の未熟さを思い知ったフェイフォンは、酔っ払い師匠の下に帰る。
酔っ払い師匠は、いったんは修行を嫌って逃げ出したフェイフォンを受け入れる。
フェイフォンの様子から何かあったことに気づくけども、あえて、そこには触れない。
この思いやりがいい。
しんみりしたところで、フェイフォンが酔っ払い師匠の服をうっかりと燃やしてしまい、笑いがこぼれるのも、いい。
修行も記憶に残っている。
柱を背に逆さまになり、腹筋運動で下の水瓶から上の桶に茶碗で水を移すとか。
腕立て伏せみたいな体勢で、両手のひらを表に裏にと返す修行は、真似したものだ。
ティエシンとの再戦はクライマックスではあるけど、拳と拳の戦いだからか、アクションの面白さは、それほどでもない。
あえて言えば、フェイフォンがヒョウタンから酒を飲みながら戦い、ヒョウタンを投げ上げたり、受け止めたりしながらティエシンの技をかわす場面くらいか。
市場での乱闘とか、食堂での乱闘、棒術使いとの対戦のほうが面白い。
市場での乱闘は、青竜刀を持ちだしてきたチンピラに対し、ズッキーニみたいな長い野菜で防戦しようとするのがいい。
食堂では無銭飲食をとがめられ、用心棒みたいな筋肉ムキムキ男と戦う。
筋肉ムキムキ男は「燃えよドラゴン」に出てくるボロ(悪役ハンの手下)みたいな感じ。
フェイフォンが筋肉ムキムキ男の胸の筋肉をつかむのがコミカルだ。
棒術使いとの戦いでは、ジャッキー得意のイスも使うし、相手の棒を奪ったり、返したりしながら拳を繰り出すのが面白い。
しまいには、相手に屁をかます。
こういうアクションは、リーにはない。そして、たぶん、似合わない。
リーのアクションの魅力は、一撃必殺という感じの強烈さとスピード感。
そして、独特の奇声。
「燃えよドラゴン」のヤマ場のハンとの対戦で、倒れたハンが起き上がるなり、バキィーッと素早い回し蹴りでまたも倒すアクションは特に好きだ。
それに、「燃えよドラゴン」でリーと対戦したハンもオハラ(ハンの手下)も死んだけど、「ドランクモンキー酔拳」でフェイフォンが対戦した相手は、おそらくティエシンを含めて誰も死んではいない。
このへんも子どもには刺激が強すぎず、良かったのかもしれない。
