朝ドラ「ばけばけ」
ラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の晩年の著作「怪談」(1904年)は、日本滞在ルポや日本文化論となっている、ほかのハードな著作と比べて、異彩を放つ。
なぜ、書こうと思ったのか、執筆の経緯もよくわかっていないらしい。
2026年3月に終わったNHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」では、主人公トキ(ハーンの妻・小泉セツがモデル)が、ヘブン(ハーンがモデル)に提案したことになっていた。
このアイデアは秀逸だ。
「怪談」は、「耳なし芳一」「雪女」「むじな」「ろくろ首」といった怪談17編と虫に関する3編を収めた採話集のような作品。
初期の作品で最高傑作「知られぬ日本の面影」(1894年)にも「鳥取の布団の話」といった怪談が鳥取旅行の逸話と絡めて収められ、晩年の「骨董」(1902年)にも怪談がいくつか収められているけども・・・
ほぼ怪談に特化した点で「怪談」は特徴的だ。
「怪談」は、セツがさまざまな怪談を語って伝え、ハーンがイメージを膨らませて一緒に練り上げるという夫婦の共同作業で書かれた(おそらく他の著作に収めた怪談も)。
セツに語り部の才能を見いだして惚れたハーンにとって、夫婦の歩みの集大成と言えるような作品だ。
「ばけばけ」が描いたように、本当に、セツも楽しめる作品として、セツのために書いたのではないかと想像する。
なお、小説「ヘルンとセツ」(田渕久美子)には、2人の生きざまはもちろん、「怪談」執筆の様子も詳しく描かれ、作家としてのハーンのこだわりがうかがえる。
この小説も面白いので、おすすめ。
一方で、ハーンは、著作にセツを登場させなかったと聞く。
たとえば、「知られぬ日本の面影」に入っている「鳥取の布団の話」について、ハーンは、旅行中に浜村温泉(鳥取市)の旅館の従業員に聞いた怪談として紹介している(「知られぬ日本の面影」で、そう書いている)。
けれども、実際には、セツがハーンに教えたらしい。
夫婦の長男が、そう聞いたと語っていたそうだ。
ちなみに、セツは、前夫で鳥取出身の前田為二(「ばけばけ」の銀二郎のモデル)に「鳥取の布団の話」を聞いて知ったと考えられている。
「ばけばけ」でも、銀二郎がトキに語って聞かせる。
そもそも、なぜ、ハーンは著作にセツを登場させなかったか。
セツを大事にしていたからだと想像する。
もう少し言うと、著作でセツを表に出して、好奇の目にさらしたくなかったのではないか、ということ。
ハーンが松江から熊本に引っ越した理由のひとつは、「ばけばけ」でも描かれたように、「ラシャメン」(西洋人の妾)として、好奇の目にさらされたセツを守りたかったからだと、考えられている。
だから、ハーンの死後、セツが、ハーンの教え子に語って書き残してもらった「思い出の記」は、ハーンの「知られぬ横顔」、家庭での姿を伝える貴重な資料であり、同時にハーンの執筆活動を支えたセツの才能を知らしめた資料でもある。
セツは、セツを守ってきたハーンの愛情をわかったうえで、その愛情に応える気持ちを込めて「思い出の記」を残したのだと想像する。
「思い出の記」は、セツの視点から見た夫婦の記録であり、夫婦の集大成「怪談」に呼応する作品だと思う。
「ばけばけ」では、ヘブンは日本にいても書くことがなくなったように描かれるけども、実際のハーンは晩年も精力的に執筆活動を続けた。
日本人の死生観や宗教観、天皇制について考察するハードな著作「神国日本」(1904年)が遺作となっている。
「ばけばけ」は夫婦の絆を強調するために、そこらは、あえて、脚色したのだと思う。
ドラマだから、脚色はありだと思うし、むしろ、この脚色によって、夫婦の愛情の結晶である「怪談」「思い出の記」の素晴らしさが、際立っている。
「ばけばけ」は、傑作ドラマだと、あらためて思う。
