
「Michael/マイケル」(2026年、米国)
「Michael」
(ネタバレあり。見ていない方はご注意を)
6月12日に日本でも公開された映画「Michael/マイケル」を見た。
「キング・オブ・ポップス」と称えられる歌手マイケル・ジャクソンの伝記的な作品。
貧しい家庭に育ち、幼い頃から父(かつてミュージシャンを志した)に猛特訓(虐待あり)を受け、兄たちとともに「ジャクソン5」としてスターになった。
大人になり、ソロ活動でヒットを飛ばしても、マイケルを支配し続けようとする父との関係が物語の主軸。
マイケルにとって、父は恐怖の対象で、その支配を振り切って独立するまでを描く。
フラメンコ史上最高のギター奏者パコ・デ・ルシア、野球漫画の名作「巨人の星」(原作・梶原一騎、作画・川崎のぼる)の主人公・星飛雄馬も、似たような育ち方をしたけど、父子の関係は、マイケルの場合とは、それぞれ違う。
パコは、貧しい家庭に育ち、幼い頃から父(酒場でギターを弾き、家族を養っていた)に、ギターの猛特訓を受けた。
学校にも「行く必要はない」と言われて一日中、ギターの練習をさせられ、14歳の時にコンテストで入賞して注目され、プロとしての足がかりを築いた。
パコは生涯、父を尊敬していたという。
飛雄馬は、貧しい家庭に育ち、幼い頃から父・一徹(元プロ野球選手)に、大リーグボール養成ギプスをはめられる等の異常な猛特訓を受け、プロになった。
飛雄馬は父の執念を理解していたけど、一徹は、飛雄馬がプロになると、敵チームのコーチとして立ちはだかり、父子の対決は悲劇的な結末を迎える。
マイケル、パコ、飛雄馬それぞれの父子関係を対比させながら、もう少し掘り下げる。
<猛特訓の動機と暴力の有無>
映画「Michael/マイケル」で描かれるように、マイケルの父は、貧乏な生活から抜け出すため、息子たちに猛特訓を施し「世の中には勝者と敗者しかいない」との教えをすり込んだ。
貧乏生活から抜け出すための特訓だということは、マイケルも理解していたと思う。
ただ、マイケルの父は、ベルトで殴る暴力を加え、「鼻が大きい」と容姿をあげつらう精神的な虐待も行った。
マイケルは、恐怖で父に支配され、特訓は「やらされ感」が強かった。
マイケルはのちに「幼い頃の僕は、ただ、僕に愛を示してくれる父親がほしかった。でも、僕の父親がそんな風に接してくれることは一度もなかった」と語っていたらしい。
マイケルは優しい母に甘えたけど、その母も夫(マイケルの父)からマイケルを守る盾にはなれなかった。
パコの父は、息子たちがギターで身を立てられるように、猛特訓を施した。
ふとしたきっかけで、年長の息子(パコの長兄)ラモンより優れたパコの才能を見抜き、特に力を注いだ。
パコは、幼い頃、ほかの子どもたちのように学校に行ったり、遊んだりできないのを寂しく感じながらも、父の考えを理解し、従っていたようだ。
マイケルの場合と同様に、パコの母は優しく、パコに愛情を注いだようだ。
パコの芸名「パコ・デ・ルシア」は、母の名前ルシアにちなみ「ルシアさんちのパコ」という意味(パコの本名は「フランシスコ・サンチェス・ゴメス」。「パコ」は「フランシスコ」の愛称)。
母をいかに慕っていたかがうかがえる。
母に捧げるアルバム「ルシア」(1998年)も作っている。
一徹は、自らが成し遂げられなかった「プロ野球チーム・巨人のスター選手になる」という夢を飛雄馬に託した。
飛雄馬は、時には「おれは父ちゃんの操り人形じゃないやい」と反発しながらも、一徹の念願の強さを理解し、応えようと努めた。

一徹は、食卓をひっくり返さんばかりの勢いで、飛雄馬を殴ることもあった。
しかし、これは、飛雄馬が、家族だけの内緒である大リーグボール養成ギプスを他人に見せておきながら「見せていない」と嘘をついたから、叱ったというもの。
体罰ではあるけど、暴力や虐待とは違うと思う。

飛雄馬は、早くに母を失い、姉の明子が母代わりだった。
明子は、時には一徹に逆らってまで、飛雄馬をかばっていた。
<人格形成への影響>
歌しか許されなかったマイケルは、普通の友だち付き合いがなく、内気な性格になった。
映画「Michael/マイケル」でも描かれるように、チンパンジー、ラマ、キリンといった動物が友だちだった。
「ツイスター」というゲームを買って帰った時、「一緒にやろう」と兄たちを誘っても断られ、チンパンジーと「ツイスター」で遊んでいた。
ガードマンのビル、弁護士のブランカと関係は良好だったように描かれているけど、心の支えというほどではなかったのだろうか。
積極的に、病院に入院している子どもたちの話し相手になったり、贈り物をしたりして触れ合う姿も描かれる。
うがった見方かもしれないけど、「自分を攻撃してくる恐れがない無力そうな相手」と触れ合うというのが、興味深い。
(虐待がいかに子どもの心に深い傷を残すかは、以下の記事2本「異常快楽殺人」「RUN/ラン」でも言及)
ギターしか許されなかったパコも、マイケルと同様に内気な性格になった。
21歳の時、盟友となるフラメンコ歌手カマロン・デ・ラ・イスラと出会う。
猛練習で超絶技巧を身に付けた努力型のパコと違い、感性のままに歌って、聴く者を惹きつけられる天才型のカマロンに衝撃を受け、「技術だけでは人を感動させられない」と気づいたらしい。
ジャズ畑のチック・コリア(ピアノ)、アル・ディ・メオラ(ギター)、ジョン・マクラフリン(ギター)らと積極的に共演したのは、感性のままにつま弾く即興演奏を磨くためだと、私は思うけども・・・
内気なパコが未知の世界のアーティストと接する勇気は、カマロンとの出会いが後押しになったに違いない。
野球しか許されなかった飛雄馬は、内気な人間にはならなかったけども、大リーガーのオズマに「野球しか能がないロボット」と指摘されて、悩む羽目になる。
オズマは、球団によって、子どもの頃から野球漬けで育てられた人間。
オズマとの問答で、「野球に関係のない友人がいない」「恋人がいない」などと共通点を挙げられ、オズマが「おれは野球以外の夢を抱いたことがない」と言うと、飛雄馬は顔がコマの枠に収まりきらないほど前のめりになり「おれの夢は巨人の星のみ!」と力強く断言するありさま。

野球を通じて、親友の伴宙太、好敵手の花形満、左門豊作と出会い、心の触れ合いも深めるのが救いだ。
(看護師の日高美奈とは恋心を通わせるけども、美奈は病気で死んでしまう)。
<父離れ、子離れ>
マイケルの父のひどいのは、ジャクソン5の成功も、マイケルのソロ活動の成功も、自分のおかげだと恩に着せ続け、大人になって自立しようとするマイケルをいつまでも支配し続けようとしたことだ。
失礼ながら、マイケルの父は、そこにしか、自分の存在意義を見いだせない人物だったのだろう。
マイケルが、この父をなかなか振り払えないのも、もどかしい。
一度は弁護士を通じて「マネージャーを解雇する」とファクスで通告し、縁を切ろうとするけども、切れない。
プロモーションビデオ放送の件では、所属レコード会社の社長に強く迫るのに、父には強く出られない。
いかに、マイケルが父を苦手としていたかがわかる。
ジャクソン5のツアーにも、マイケルは難色を示しながら、父に押し切られてしまう。
そして、ツアー中、マイケルは頭に大やけどを負う事故に遭うのだけども・・・
マイケルの父は「ツアーにマイケルが参加できないと困る」ということばかり心配する外道ぶりを見せる。
さすがに、これで吹っ切れたのか、マイケルはツアー復帰後、観客に向かって「(ジャクソン5としては)これが最後のツアーです。お別れです」と宣言。
面と向かってではないけども、父に絶縁を突きつける。
パコの父は、パコがギター奏者として一人前になると、もう、パコに干渉しなかった。
潔い身の引き方だ。
だから、この先、パコはギター奏者として、自ら道を切り開いていった。
飛雄馬の父・一徹は、もう少し複雑だ。
飛雄馬がプロになると、敵チームのコーチになって、最大のライバルとして立ちはだかり続けた。
まずは、オズマを鍛えて対決。
しまいには、飛雄馬の親友・伴宙太を引き抜き、鍛えて、対決する。
この対決で飛雄馬は利き腕の左腕を痛めて投手生命を絶たれる。
一徹は、負けを認めて言う。
「今、おまえはパーフェクトにわしに勝ち、父を乗り越えた。わしら親子の勝負は終わった」と。
一徹は、息子の成長ぶりに満足したかもしれないけど、息子の投手生命を絶つまで戦わないといけなかったのか。
まさに、飛雄馬の人生は、父のために努力し、殉じた人生だ。
あまりにも気の毒。
飛雄馬が寂しげに笑う姿が、痛々しい。

一徹が、プロになった飛雄馬を解放し、温かく見守ってやれば・・・
最大のライバルとして、なおも、立ちはだからなければ・・・
飛雄馬は、親友の伴宙太や、好敵手の花形満、左門豊作と、もっと長く野球を楽しめたかもしれない。
続編「新巨人の星」では、飛雄馬は右腕の投手として再びマウンドに立つ。
まさに、野球一筋で生きてきた人間の性だ。
「新巨人の星」については、あらためて書きたい。
<マイケルその後>
ようやく、父と縁を切ったマイケルが、アルバム「バッド」を発表し、そのツアーの舞台に立つ再出発の場面で、この映画「Michael/マイケル」は終わる。
「彼の物語は続く」という字幕が出て、続編製作を予感させるけども・・・
自立の物語としては、続編を作らずに、これで終わったほうが良いような気がする。
どうだろうか?
(映画「ドリームガールズ」では、1960年代の米国を舞台に黒人歌手3人組がスターにのし上がる物語。黒人への差別も描かれる)
