「ラスト・ダイ・ハード」(2023年、米国)
「Assassin」
(ネタバレあり。まだ見ていない方はご注意を)
主人公の女性が、夫を倒した悪の組織と闘う。
ところが、夫は、悪の組織のボスになりすまして生きていたことが、終盤に判明。
悪に染まった夫を目の前にして、主人公は───
映画「ラスト・ダイ・ハード」(2023年、米国)を見た。
憎き敵のボスが愛する夫だったというラストは、漫画家・新谷かおるのミリタリーアクション作品「砂の薔薇─デザート・ローズ」を思い起こさせた。
SFアクション映画「ラスト・ダイ・ハード」は、ブルース・ウィリスが出ているけども、あの「ダイ・ハード」シリーズとは無関係だ。
原題は「ASSASSIN」。
私は、この映画、面白いと思う。
下手に「ダイ・ハード」便乗の邦題を付けてB級感を増幅してしまったのが、もったいない。
ブルース・ウィリスは主役ですらなく、途中で死ぬ脇役だ。
主人公の女性兵士アレクサを演じるのは、ノムザモ・ムバサという女優。
<「ラスト・ダイ・ハード」の舞台設定>
ムカデみたいな形で動く、小さな装置「クモ」を、隙を見て、相手の首筋に潜り込ませることで、自分の精神を乗り移らせて、相手の身体を乗っ取れるというSF設定が肝。
アレクサは、悪の組織のボス、エイドリアンを暗殺するため、さまざまな人物に乗り移って、悪の組織の関係者を暗殺しつつ、近づいていく。
そもそも、なぜ、アレクサは、こんな任務に就いたのか。
ある日、夫のセバスチャンが意識不明の状態になる。
実はセバスチャンは、アレクサに内緒で極秘任務に就いていた。
それが、「クモ」を使って他人に乗り移り、悪の組織に近づいて、エイドリアンを暗殺するという任務。
ところが、セバスチャンは悪の組織の一員に乗り移って潜入中、エイドリアンに見破られ、乗り移り先の人間の首筋から、クモを抜き取られてしまう。
こうなると、セバスチャンの精神は元の身体に戻れない。
セバスチャンの上司ヴァルモア(ブルース・ウィリス)は、このような事情を説明して、任務を引き継ぐよう、アレクサに頼む。
アレクサは、抜き取られたクモを取り返して、セバスチャンを元に戻したい気持ちもあるから、引き受けた。
<「砂の薔薇─デザート・ローズ」の舞台設定>
主人公のマリーこと、真理子ローズバンクは、対テロ作戦専門の民間企業「CAT」で、女性の部隊を率いる隊長。
信頼できる部下たちと一緒に、さまざまなテロを防ごうと奮闘する。
マリーは、出張する夫ハロルドを、幼い息子ティミーと見送るためシドニー空港に行き、爆破テロ事件に巻き込まれた過去がある。
自分は命を取り留めたものの、愛する夫と息子を失い、テロを憎んでCATに入った。
最大の敵は、夫と息子を奪ったテロリスト、グリフォン。
<「ラスト・ダイ・ハード」の結末>
アレクサは、エイドリアンのお気に入りの作品を描いた画家マリに乗り移り、エイドリアンとの距離を縮めていく。
ところが、乗り移り先と自分との境目がわかりにくくなり、なかなか元に戻れなくなるという副作用が出るようになった。
このため、アレクサは、自分の身体のままで、覆面をして潜入し、直接、エイドリアンを暗殺する。
エイドリアンに致命傷を与えたところで覆面を剥がれ、死に際にエイドリアンは「アレクサ、愛してる」とつぶやく。
エイドリアンの中に、セバスチャンの精神が入っていたのだ。
その後、セバスチャンが意識を取り戻して覚醒し、アレクサに語る。
自由になりたくて、やられたふりをして、エイドリアンの中に隠れていた、と。
このクモ技術を生かして、2人で世界を支配しよう的なことも言い出す。
アレクサは、セバスチャンは人が変わってしまった、と思って失望する。
そして、事の真相を知るアレクサの仲間を撃ち殺そうとしたセバスチャンを撃ち殺す。
<「砂の薔薇─デザート・ローズ」の結末>
ついに訪れたグリフォンとの対決。
ところが、グリフォンは、実は、マリーの夫ハロルドだった。
手負いのハロルドは、マリーの副官ヘルガを前に語る。
「シドニーは、私の汚点だ。帰れと・・・言った・・・のに。マリコも・・・ティミーも死ぬはずじゃ・・・なかった」
「替え玉の死体まで用意して・・・計画は・・・完全だった・・・ハロルド・ローズバンクは死んで・・・グリフォンに戻った・・・」と。
無線を通じて、聞いていたマリーは驚く。
ハロルド(グリフォン)と向き合ったマリーは、投降を促す。「罪を償いなさい」と。
ハロルドは勧めに従わず、マリーに銃口を向け、マリーに撃ち殺される。


<もうひとつ補足>
「砂の薔薇─デザート・ローズ」には、謎の呪術によって、人間の精神を猛獣の身体に乗り移らせて、猛獣を暴れさせるテロ事件が出てくる。
この呪術の巻き添えで、CATの男性隊員が、女性テロリストの身体に乗り移って生き返るという話も、回想として出てくる。
だから、「ラスト・ダイ・ハード」と、「砂の薔薇─デザート・ローズ」が似ていると、余計に思えた。


<考察>
愛する夫を「2度失い」、しかも「2度目は自らの手で夫の命を絶つ」。
そこに、「ラスト・ダイ・ハード」と「砂の薔薇─デザート・ローズ」の悲劇がある。
主人公の女性、アレクサ(「ラスト・ダイ・ハード」)と、マリー(「砂の薔薇─デザート・ローズ」)の悲しみ、つらさは計り知れない。
アレクサの場合、エイドリアン(精神はセバスチャン)の暗殺も含めれば、「3度失い」、「2度目、3度目は自らの手で」だ。
なのに、主人公アレクサの悲しみ、つらさの描き方が、足りないのが残念だ。
「砂の薔薇─デザート・ローズ」では、ハロルド(グリフォン)を撃ち殺したマリーは、激しく動揺する。
「あたしのハロルドは、いつも陽気で、優しくて・・・キスが上手。あたしが焼いたローストチキンが大好物で、プディングが苦手で、休日にはティミーと庭で遊ぶのが大好きで、大きな腕で、あたしを抱きしめて、愛してくれたの」
「あたしのハロルドは、そういう・・・夫・・・何年も前に、坊やと一緒に天に召されたわ。あなたはハロルドじゃない」と。
まるで、自分に言い聞かせるかのようだ。
これが、悲劇性を高める。

同じ作者・新谷かおるの航空アクション作品「エリア88」の主人公・風間真のように、マリーの精神が崩壊するのではないかと、心配になったほどだ。
(「エリア88」の風間真は最終盤で、仲間がバタバタと死んでいくさま、親友・神崎悟と対決する運命の過酷さに耐えきれず、精神が崩壊し、記憶喪失になる)。
「ラスト・ダイ・ハード」には、そういう描写がない。
物語の途中、伏線になるようなアレクサとセバスチャンとの思い出が出てきていたのに、もったいない。
アレクサがヴァルモアと食事中に語った思い出。
ヴァルモアが、セバスチャンと一緒に仕事をしていた頃、ファミリーレストランに行くと、セバスチャンは、いつも「ロブスター」を注文していたという。
その話を聞いて、アレクサが語る。
「彼(セバスチャン)は甲殻類アレルギー。だから、それは(自分がロブスターを食べたくて、言ったのではなくて)私との関係だ」と。
夫婦で食べに行きたいねと話したことを覚えていてくれたのだ、と。
「だから、この任務がつらい。(そのように優しい)セバスチャンがいないのを感じて・・・」と。
これは、なかなか、味のあるセリフ。
このセリフを、最後の場面で生かせば、良かった。
「だから、あなたはセバスチャンじゃない」と。
そのように、アレクサの悲しみ、つらさを丁寧に描写すれば、「ラスト・ダイ・ハード」などとお茶を濁さなくても、堂々と売り込める作品になったと思う。

