カマロン・デ・ラ・イスラ「ヴィヴィレ」
Camaron De La Isla 「Vivire」
フラメンコ歌手カマロン・デ・ラ・イスラは、フラメンコギター奏者パコ・デ・ルシアと同様に、フラメンコにロックやジャズの要素を取り入れるなど新風を吹き込んだ。
パコがチック・コリア、アル・ディ・メオラらジャズ・フュージョンの演奏家と共演して知名度を高めたのに、カマロンはこうした活動に消極的で、ローリング・ストーンズやジプシーキングスからのオファーを断った逸話がある。1992年に41歳で早世したこともあり、フラメンコ愛好者くらいにしか知られていない。
フラメンコの改革者としてよく知られるのはパコの方だが、若い頃に出会い、たびたび共演したカマロンの影響は、間違いなくある。
幼い頃からの猛練習で超絶技巧を身に付けた努力型のパコは、感性のままに歌って人を引きつける天才型のカマロンと出会い「技術だけでは人を感動させられない」と気づいたようだ。パコがジャズ演奏家との共演も糧にしながら、感性のままに即興演奏を試みるようになったのはこのためだと思う。
2人の関係を示す点で興味深いのが、カマロンとパコが共演した曲「ヴィヴィレ」(カマロンの1984年の同名のアルバムに収録)。
同じ84年のパコのバンドのライブ盤「ワン・サマー・ナイト」にあるパコの持ち曲「アンダルシアのジプシー」と同じギターのフレーズや手拍子が登場。「ヴィヴィリ、ソンニャー(生きて夢を見ろ)」と叫ぶ、サビの歌詞も同じなのだ(パコのバンドでは、パコの兄ぺぺ・デ・ルシアが歌う)。
「ヴィヴィレ」でギターを弾いているのは、パコだから、慣れた持ち曲のフレーズを使ったとしても不思議でないかもしれない。でも、カマロンとの共演で、あえて持ち曲のフレーズを入れたパコには、もっと深い考えがあったのではないかと想像する。
もともと「アンダルシアのジプシー」は、パコがギター演奏のみの曲として、1981年に発表した(アルバム「カストロ・マリン」に収録)。
おそらく、パコは「ヴィヴィレ」でカマロンと共演しながら、歌と手拍子を入れた「アンダルシアのジプシー」の構想を膨らませ、フルートの前奏などを加えて、バンド演奏バージョンの「アンダルシアのジプシー」を仕上げたのだと思う。原曲より、歌と手拍子入りのバンド演奏バージョンのほうが遥かにいい。
「ヴィヴィレ」は、カマロンの歌の魅力がよく味わえる点でも好きだ。カマロンは気合十分だと、「レレレレー」とか、「ティリティリティリティリー」とか、「ハイジャイジャイー」とか変な叫び声が出る。「ヴィヴィレ」では、「レレレレーレイーラレイラレイラ、アイヤイヤイーヤイーヤ…」と、こってりと叫ぶ。
この熱の入れようは、カマロンとパコが一緒に活動した若い頃の共同作品を思い出させる。例えば、1969年のアルバム「アル・ベルテ・ラス・フローレス・ジョラン」のタイトル曲がそう。この変な叫び声がしっかりと出てくるのだ。
一方で、2人がそれぞれの道を歩み始めてから、カマロンが放った代表曲「ラ・レジェンダ・デル・ティエンポ」(1979年の同名アルバム)には、この変な叫び声がない。いい曲だし、好きだが、カマロンの歌に限って言うと、物足りない。気合が足りないのだ。パコではなく、新鋭のトマティートがギターを担当したからだろうか。
「ヴィヴィレ」を聴くと、あらためて思う。パコがカマロンに刺激されて成長したように、カマロンもまた、パコとの共演で本領を発揮して輝いたのだ。