エイフェックスツイン「セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92」
Aphex Twin 「Selected Ambient Works 85-92」
新聞記者に求められる資質は何かと問われたら、私は「フットワーク」と「センス」だと答えている。
フットワークは、労をいとわずにあちこち歩いて情報を集めるという意味はもちろん、パッと動き出して、どこにでも飛び込む行動力や積極性が含まれる。
センスは、「何がニュースか」あるいは「このニュースの肝は何か」を嗅ぎ取る力と言ってもいい。
センスがある記者は、何気ない情報の中から「それって、面白い。ニュースじゃないか」と敏感に察知でき、ポイントを押さえた記事が書ける。
センスは特に大切な資質だ。
これは経験を積んだら身に付くというものではなく、生まれつきのものだろう。
駆け出しでもセンスの優れた記者がいる半面、センスのない記者は長年経験を積んでもセンスがないままだ。
センスの有無は、芸術の世界だと、もっとシビアに問われるだろう。
例えば、数年前に、創作人形を手がける高校生を取材した。
プロかと思うような完成度の高い作品ばかり。
表情などの造形や衣装まで精巧な手作りで、その技術はもちろん、目を引いたのは、独特の作風を確立していることだった。
これは、持ち前のセンスだとしか言いようがない。
ある作品のタイトルが「セ」というカタカナ一文字だった。
「これは、なぜ、こういうタイトルなの?」と尋ねると、「『セ』っていう感じなんです」との答えだった。
<ここからが本題>
このやり取りで思い出したのが、エレクトロニカの奇才エイフェックスツイン(リチャード・D・ジェームス)。
1992年のアルバム「セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92」には、「Xtal」「Tha」「i」といった変なタイトルの曲がある。
「Xtal」は、「クリスタル(crystal)」のことかと想像できたりするが、では、「Tha」は何?そもそもどう発音するの?だし、「i」は、「私」という意味の「I」とは違うんだろうなとか、いろいろと考えさせられてしまう。
しかも、これらの曲は、エイフェックスツインが子どもの頃に作りためただと知り、驚いた。
創作人形の高校生といい、生まれ持ったセンスは、子どもの頃から表れるのだろう。
「セレクテッド・アンビエント・ワークス85-92」には、美しく癒やされる曲が多く、お気に入りだ。
収録曲「Xtal」は、♪シャカチャーシャカチャー…というメロディーが繰り返される美しい曲。
ささやくような女性の歌声も繰り返される。
コクトーツインズみたいな感じで、幻想的だ。
1分あたりから、♪ダン、ダンダン…というビートが加わる。
収録曲「Tha」は、♪カッ、ポン、カッ…と和楽器の鼓を思わせるような音と、♪タンタンタンタン…という鼓動のようなビートが繰り返される。
宇宙感のあるシンセサイザーも加わる。
3分あたり以降は、♪カッ、ポン、カッ…がいったん途絶えては、また復活。これを繰り返す。そして、宇宙感が増していく。
とにかく、カッポンカッのインパクトが強く、単にきれいなだけの電子音楽ではない。
「i」は、1分半ほどの短くて美しい曲。
ウェザーリポートみたいな曲というか、ディープ・フォレストがウェザーリポートに捧げた曲「1716」が思い浮かんだ。これも1分ほどの短くて美しい曲。
私が一番好きな収録曲は「Heliosphan」。
♪チキチキチーチキチーチキチーチー…というビートが繰り返され、シンセサイザーの音色は宇宙的。
50秒あたりから、♪ダンダカダンダン、ダンダンダンダン…というビートも加わる。
2分あたりから、モアーンとした感じのシンセが加わり、これがいい。
ヤン・ハマーを思わせる感じもあるけど、ハマーと違って、妖しくはない。幻想的というか。
♪ピキンキピンピン…という甲高いビートも時折入る。
この重層的な感じがとても美しい。
多重録音のコーラスで、幻想的かつ美しい音楽を作る歌手エンヤをエレクトロニカにしたような感じと言えばいいだろうか。