パコ・デ・ルシア「シルヤブ」
Paco De Lucia 「Zyryab」
フラメンコギター奏者パコ・デ・ルシアの曲「シルヤブ」(1990年の同名アルバムに収録)は、ギターの「生みの親」に捧げた作品だ。
シルヤブは、アラブの弦楽器奏者で、ウードやリュート(ウードから派生した弦楽器)を奏でた。
9世紀にイスラム文化圏だったスペイン南部にアラブ音楽を持ち込んだ。
シルヤブが伝えた弦楽器がギターの原型になったとの説があるようだ。
つまり、スペインでギターが生まれるきっかけを作った人物と言える。
フラメンコは、スペイン南部アンダルシア地方で、イスラム文化圏の音楽と、インドから来たロマ民族(ジプシー)の音楽が融合して生まれたとされている。
当初は、ロマ民族由来の歌と手拍子だけで、のちにギターが加わったとされるから、シルヤブはフラメンコの成り立ちにも影響を与えたと考えていいだろう。
余談だが、ディープ・フォレストの曲「ボヘミアン・バレエ」は、「ボヘミアン」と呼ばれる東欧のロマ民族の歌と手拍子を取り込んでいる。
初期のフラメンコはこれに近い感じだったのかなと想像する。
(以下の記事では「ボヘミアン・バレエ」も紹介)。
話を元に戻す。
パコは、1976年のアルバム「アルモライマ」のタイトル曲で、アラブの弦楽器ウードを奏でている。
このことを合わせて考えてみても、フラメンコのふたつのルーツのうち、イスラム文化圏に関心を寄せるのは、ギター奏者だからだろうか。
ちなみに、パコの盟友のフラメンコ歌手カマロン・デ・ラ・イスラは、1979年のアルバム「ラ・レジェンダ・デル・ティエンポ」の収録曲「ナナ・デル・カバジョ・グランデ」で、インドの弦楽器シタールとのコラボを試みている。
フラメンコの歌のルーツ、インド音楽に着目したのは、歌手だからだろうか。
「シルヤブ」は、「アルモライマ」と同様に異国情緒をたたえた曲。
序盤から、引き込まれる。
イントロのエキゾチックな音色の弦楽器は、リュートから派生したマンドリン。
パコの六重奏団のベース奏者カルロス・ベナベンテが、ここではマンドリンを奏でる。
タッタカタッタ、タッタカタッタ…と打楽器カホンのリズムに煽られ、パコのギターとカルロスのマンドリン、そして、六重奏団メンバー、ホルへ・パルドのフルートが疾走する。
ここが圧巻。
その後、パコのソロ。
そして、再び、ギター、マンドリン、フルートの合奏。
3分すぎから、ゲスト参加のピアノ奏者チック・コリアが前面に出る。
流れるような演奏に加え、「おっ、ドン・プーレン(ピアノ奏者)の拳キュルキュルやるか?」と思わせる速弾きを、ちょこっと見せる(すぐやめる)。
なんちゃってプーレンだ。
3分22秒あたりとか、3分58秒あたりとか。
この入れ込みようは、パコらの熱気に刺激されてか。
1981年のライブでの共演を思い出させる好演だ。
4分40秒あたりから、再び合奏。
5分あたりから、カルロスのソロ。マンドリンをしゃくり上げるように奏でる。
5分30秒あたりからのパコとカルロスの掛け合いも聴きどころ。だんだん、速さを増し、スリリングだ。
パコの作品の中で、名曲のひとつに数えられる出来栄え。
この1曲だけで、アルバムを買う価値が十分ある。
アルバム「シルヤブ」は、ほかに、ギターを中心を据えて伝統的なフラメンコに近い曲あり、六重奏団メンバーの力量が冴えるフュージョンに近い曲ありという構成だ。
収録曲「仲間たち」は、伝統的なフラメンコに近い。
パコが親友のフラメンコギター奏者マノロ・サンルーカルと共演する。
息の合ったギター二重奏の背景では手拍子がずっとリズムを刻み、要所で掛け声も入り、フラメンコ感たっぷり。
カルロスが控えめなベースで引き立てる。
私が子どもの頃、父がラジオ番組から録音したテープにフラメンコギター特集みたいなものがあり、パコとサンルーカル、ビクトル・モンヘ・セラニートの名前があったのを覚えている。
3人は当時の代表的な奏者。
パコがジャズ演奏家と共演したり、六重奏団を結成したりとフラメンコに革新をもたらしたのに対し、サンルーカルやセラニートは伝統的なフラメンコを追求し続けたようだ。
父に、サンルーカルやセラニートも聴かされたと思うが、どんな演奏だったかは覚えていない。
だから、「仲間たち」を聴いても、うまく区別できないが、この速弾きはパコだろう、このかき鳴らし方がサンルーカルかと考えながら聴くと楽しい。
オープニング曲「ソニケテ」も、伝統的なフラメンコに近い。
打楽器カホンと手拍子のリズムに乗り、パコが疾走感あふれる演奏を見せる。
収録曲「カルメン海岸」は、フュージョン色が強い。
サックスに持ち替えたホルへの演奏が聴きどころ。
パコの兄のフラメンコ歌手ぺぺ・デ・ルシアらの爽やかなコーラスが南国ムードを加える。
カルメン海岸とは、パコが毎年、家族と過ごすメキシコのリゾート地だとか。

