チック・コリア「リターン・トゥ・フォーエバー」
Chick Corea 「Return To Forever」
高校年代の頃だったろうか。
友人の家で初めて聴いた時は、聴く者を不安がらせ、怖がらせる変な曲だと思った。
ピアノ奏者チック・コリアが1972年に放ったアルバム「リターン・トゥ・フォーエバー」のタイトル曲。
美声スキャット、ささやき声、悲鳴、あえぎ声…と、フローラ・プリムの印象的なボーカルが、不気味なメロディーに絡む。
このアルバムは、チックの名義だけども、チック率いるフュージョンバンド、リターン・トゥ・フォーエバーの実質的なデビュー作でもあった。
バンドのリターン・トゥ・フォーエバーのアルバムに関して言えば、私は、1973年の「ライト・アズ・ア・フェザー」や1976年の「浪漫の騎士」のほうが好きだ。
「ライト・アズ・ア・フェザー」には、チックのスペイン愛を示す代表曲で、私の大好きな「スペイン」が収められている。
「浪漫の騎士」は、タイトル曲が素晴らしい。
パコ・デ・ルシア(フラメンコギター奏者)と1981年のライブで共演した「イエロー・ニンバス」に匹敵するチックの熱演が聴ける。
一方、「リターン・トゥ・フォーエバー」は当初あまり気に入らず、買おうと思わなかった。
大学時代に、エニグマの曲「プリンシプルズ・オブ・ラスト」(先行シングル「サッドネス」を取り込んだ組曲)を聴いて感動。
厳かなグレゴリオ聖歌を取り入れた音楽と、女性ボーカルのセクシーなささやき声やあえぎ声の対比が絶妙だった。
そして、この頃、気に入ったコンスピラシー・オブ・ノイズの「チックス・ウィズ・ディックス・アンド・スプラッター・フリックス」は、女性のささやき声、悲鳴、あえぎ声を取り込んだカオスな音楽だった。
「リターン・トゥ・フォーエバー」、実は面白い曲なんじゃないかと親しみがわいた。
アルバムを買って、ちゃんと聴いてみると、「ラ・フィエスタ」のように、ずばり私好みのスペイン調の曲があることも知った。
「リターン・トゥ・フォーエバー」は、♪タタンタータ、タタンタータ…♪ターラン、ターラ、タララン、ターラー…という、チックのエレクトリックピアノで幕を開ける。
ミステリアスというか、往年のテレビドラマ「トワイライト・ゾーン」を思い出させる不気味さ。
ここに、「アーアー、アアアー…」とフローラのボーカルが絡んでくる。
1分すぎ、♪サラララー…というマラカスみたいな音とフルートを合図に、ピアノが、♪ターン、タータ、タータタ…と風雲急を告げるメロディーに変わる。
そして、♪ターン、タータラター、タータラター…とテーマのメロディー。
フローラは「アー、アーアアアー、アーアアアー…」と呼応。
2分20秒〜3分20秒あたりはフルート奏者ジョー・ファレルの躍動的な演奏が良い。
チックの美しい演奏、ベース奏者スタンリー・クラークの渋い演奏、フローラのボーカルを挟んで、いったん、クールダウン。
イントロの妖しいピアノとスキャットの後5分55秒あたりから、また風雲急。
フローラのスキャットは7分すぎから、叫び声、うめき声になる。
ピアノを挟んで、9分20秒あたりから、フローラが登場し、ここからがヤマ場。
ささやき声。うめき声。悲鳴。あえぎ声。
10分あたりから、スキャットになり、最後は殺されるかのような絶叫。
クールダウンの後、イントロの妖しいピアノとスキャットになり、フェードアウト。
何だったんだ?今の曲は?という後味が癖になる。
これに続く収録曲「クリスタル・サイレンス」は美しく、しっとりした曲。
チックのエレクトリックピアノの音色がよく味わえる。
サックスに持ち替えたファレルの演奏も、しみじみ。
サックスが印象的なピンクフロイドの曲「末梢神経の凍結」みたいな味わいがある。
その次の収録曲「ホワット・ゲーム・シャル・ウィー・プレイ・トゥデイ」は、明るく、のどかな曲。フローラは普通に歌う。
まあ、この曲は箸休めだ。
アルバムの締めくくりは「サムタイム・アゴー」と「ラ・フィエスタ」のメドレー。
15分25秒あたりから始まる「ラ・フィエスタ」が聴きどころだ。
フラメンコ風のカスタネットの音からして、わくわく感をそそる。
流れるようなピアノとサックスの速吹きの掛け合いがかっこいい。
このサックスは、ちょっと、パキート・デリベラ(サックス奏者)を思い出させるような演奏だ。17分45秒〜19分20秒あたりとか。
チックの演奏も熱い。やっぱり、スペインだからか。
この曲のおかげで、良い気分で、聴き終えられる。
そして、この曲を聴いて、落ち着くと、また「リターン・トゥ・フォーエバー」を聴きたくなってしまう。不思議な味わいのあるアルバムだ。
