ベートーベン「交響曲第9番」
Ludwig Van Beethoven 「SymPhony No.9」
恥ずかしながら、第1楽章から通して聴いたのは、数年前に地域のオーケストラの演奏会を取材した時が初めてだった。
ベートーベンの「交響曲第9番」、通称「第九」は、クラシックに疎い私でも曲名が出てくる超有名曲。
第4楽章の合唱のところは、日清食品「どん兵衛天ぷらそば」のテレビCMに使われたこともあり、「天ぷらそーばー、食ーべよー」という歌が脳内で再生されるほど、刷り込まれている。
しかし、その第4楽章でさえ、ちゃんと最初から聴いたことはなかった。
ハードロックバンド、レインボーが「第九」の第4楽章をアレンジした曲「治療不可」も、おなじみの合唱部分しか、使っていない。
ましてや、ほかの楽章は・・・
演奏会で聴いてみると、第2楽章も、なかなか、良いなと思った。
聴いて、すぐ、フュージョンのキーボード奏者ボブ・ジェームスの曲「ルードヴィヒ」が浮かんだ。
あ、これか、と。
ベートーベンへのオマージュで、「第九」も取り入れた曲だとは知っていたけど、「天ぷらそーばー、食ーべよー」のメロディーとは違うし…まあ、いいかと深く詮索せずにいた。
第2楽章だったのか。
第4楽章も、最初の低音の楽器と高音の楽器の掛け合いが面白いと思った。
クラシック音楽が好きな同僚によると、否定と肯定の掛け合いなのだとか。
(記事冒頭のAmazon商品の「第九」CD、上記2件の動画のセレクトは適当)
「第九」は、ベートーベンの最高傑作と言われ、ライフワーク的な作品でもあったようだ。
そのことは、ベートーベンの生きざまを描いた手塚治虫の傑作漫画「ルードウィヒ・B」(作者死去のため残念ながら未完)を読んで、感じていた。
ウィキペディアによると、ベートーベンがシラーの詩「歓喜の歌」に感動して、作曲を思い立ったのは1792年。
本格的に作曲に取りかかったのは1817年で、完成したのは1824年だという。
「ルードウィヒ・B」では、宮廷歌手の子として生まれたベートーベンは若い頃、貴族の令嬢エレオノーレのピアノの家庭教師になり、エレオノーレに惚れる。
ベートーベンの才能に惚れた貴族ワルトシュタインとの友情も生まれる。

ベートーベンはその後、シラーの「歓喜の歌」を読んで感動。
真の友情を得た者よ
愛しい女性の愛を勝ち得た者よ
ともに上げよ、喜びの声を
───といった内容の詩を読むうちに、ひらめく。
「タ・ラ・ラ・ラ・リラララ…僕の心にメロディーが浮かんだぞ。僕はいつか、きっと、この『歓喜の歌』を全部作曲してやる。そうだ、僕の最高傑作にしてやるぞ」
「いつか、きっと」というのが興味深い。

時間をさかのぼると、この物語では、ベートーベンが、尊敬するモーツァルトと作曲について意見を交わしていた。
モーツァルトは「最初のひらめきが大事で、一気に書き上げられない限り、良い曲はできない。時間をかけて練ってもダメだ」という旨、持論を説く。
ベートーベンは「僕はそうは思いません。長いこと練ったって、良いものはできます」と反論する。
この実践例が「交響曲第9番」なのだろう。

ボブ・ジェームスの「ルードヴィヒ」は1983年のアルバム「フォクシー」に収録。
ジャジャッ、ジャジャッ…ドドン…タッタラ、タッタッタッタッタッタッ…というイントロは第2楽章から拝借した。
シンセサイザーとパーカッション?との絡みが面白い。
1分50秒あたりからの流れるような演奏とか、4分30秒あたりからのシンセサイザーが聴きどころ。
4分47秒あたりからのベースとドラムもいい。
5分あたりから、これにシンセが絡んで、掛け合う。
レインボーの「治療不可」は1981年のアルバム「アイ・サレンダー」に収録。
0分42秒あたりから、第4楽章のおなじみのメロディー。「天ぷらそーばー、食ーべよー」だ。
1分44秒くらいからギター奏者リッチー・ブラックモアのソロが聴かせる。
3分26秒あたりからのシンセサイザーのみなぎる感は、ゴダイゴの「モンキー・マジック」のイントロを思い出させる。
「アチャー」という叫び声と堺正章の顔が浮かぶ。
それに続いてハモンドオルガンのソロ。これも、なかなか、いい。
4分37秒あたりから、おなじみメロディーに回帰。
最後の笑い声が意味不明で、シュール。
そもそも、なぜ、「治療不可」なのか、わからないけど、笑い声を踏まえると、意味深に思えてくる。
心を病んだ人をイメージした曲なのだろうか。ピンクフロイドの「コンフォタブリー・ナム」みたいに。


