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<記者の仕事あれこれ>選挙の泡沫候補対応 実際には出そうにない相手なら「出馬を検討中」という方向で本人を説得 ただし、顔写真は撮り、略歴の取材もしておく

各種選挙の取材で、悩みの種のひとつに「泡沫候補」がある。

失礼な呼び方で申し訳ないが、泡沫候補とは、どう見ても選挙の大勢に影響を及ぼす力がなく、ほとんど票を取れずに落選することが予想される候補のこと。

各種選挙で、時々、このような方が出てくる。

たいてい、常人とは発想が異なる個性的な方だ。

 

<選挙前の対応>

泡沫候補の存在は、選挙前の立候補予定者説明会の取材で知ることが多い。

(立候補に必要な手続き、法律で認められる選挙活動などを、役所などが立候補予定者に説明する会が事前に開かれる。立候補を予定する陣営は、たいてい、出席する)。

 

泡沫候補は、私ども記者の立場からすれば困ることに、立候補予定者説明会の時点では「絶対に出る」と言っていても、選挙の直前になってから「やっぱりやめた」となるケースが多いので、対応には工夫が必要だ。

 

ちなみに、なぜ困るかというと、、、

 

私が勤務する新聞社の場合で言うと、国政選挙(衆院選、参院選)や首長選(知事選、市町村長選)、県議選では、現職の進退と、ほかに立候補しようとする人の動向は、わかった時点で事前にどんどん報じる。

(また、これらの選挙と市町村議選では、選挙期間中に立候補者の「顔写真付き名鑑」(顔写真と略歴)を掲載する。これらの素材は事前に準備する)。

 

いったん、「○○氏出馬へ」と報じた後で、本人が出馬を断念した場合は「○○氏出馬断念」という記事を書かないといけない。

それなりに力のある候補が、いろんな事情で出馬断念に追い込まれるケースはあり、これは仕方ないと思う。

 

ただ、最初から泡沫候補っぽい人の場合は、厄介だ。

もともと本人が売名目的の場合は、売名に新聞が加担してしまうことになる。

そんな悪気はなく、立候補を軽く考えていただけの場合でも、こちらが振り回されて手間だけ取られてしまう。

これが困る点だ。

 

このため、最初に「これは、直前になってから、『やっぱりやめた』になる人だな」と感じた場合は、「○○氏出馬へ」を書かないで済む方向に持っていこうと考える。

具体的には、「まだ出馬を検討中の段階で、はっきりとは意向を固めていない」という方向に持っていく(そういう方向で本人を説得する)。

 

例えば、2012年のある町長選の立候補予定者説明会には、現職の町長と、前回選で敗れた前町長の両陣営のほか、泡沫候補っぽい高齢の自営業男性が出席した。

説明会の最中は本人に話しかけられないので、終わってから声をかけたが、無視して出て行くので、仕方なく付いていき、結局、男性が営む喫茶店に入った。そこで意向を聞くと「出る」と言う。

そこから「選挙に出るというのは大変なことだから、ご家族とも相談して、よくよく考えたほうがいい」と説得を開始。

なかなか納得してもらえなかったが、店内にいて、そのやり取りを聞いていた男性の娘さん(娘といっても当時の私より年長のおばさん)が「お父さん、やめて!」と言って泣き始めた。

どうやら、町長選に出ようとしていることは娘さんに伝えていなかったらしい。

娘さんも説得に加わってくれたことが後押しになり、結局、この場では男性は「立候補を検討中」ということで収まり、私は「立候補予定者説明会に現職と前職のほか、立候補を検討中の自営業男性が出席した」という記事を書くだけで済んだ(現職と前職は立候補の意向を固めているので実名。男性は匿名)。

なお、万が一に備えて、男性の顔写真を撮り、略歴や連絡先を聞き、「顔写真付き名鑑」を作れる取材をしておいたことは、言うまでもない。

選挙の直前に意向を確認したところ、男性は「やっぱり、やめた」と言い、実際に、立候補はしなかった。

 

ちなみに、立候補予定者説明会の取材には、報道各社が来るので、泡沫候補がいた時の取材は、同業他社の記者と一緒になる。

同業他社の中に、たまに、状況分析の甘い真っすぐな記者がいて、本人の「出る」という言葉をそのまま受け止めて、その方向で取材を進めようとすることがある。

煽られて、ますます本人がその気になると、まずいので、そんな真っすぐ記者のけん制も必要だ。

真っすぐ記者には申し訳ないが、真っすぐ記者が前向きな発言を引き出したら、私は、それを弱めるような発言をすぐ引き出す。

私と同じ考え方の記者のほうが多いので、だいたい、思うような方向に収まる。

 

<選挙期間中の対応>

「出る」と言っているが、どうせ出ないのだろうと思っていたら、実際に出たというケースもある。

2012年の衆院選のある選挙区がそうだった。

ただ、最後まで本当に出るのか、わからなかったし、どう見ても大勢に影響のない泡沫候補だったので、「○○氏出馬へ」みたいな記事は書かず、直前に「衆院選○○選挙区には自民党現職のA氏、共産党新人のB氏が立候補を予定。このほか立候補を検討中の男性がいる」という風な書き方にとどめていた。

実際に選挙が告示され、この泡沫候補C氏が立候補を届け出たので、「自民党現職A氏、共産党新人B氏、無所属新人C氏が立候補」と書いた。

 

万が一に備えて、顔写真付き名鑑が出せる取材はしていたので、ここは大丈夫。

問題は、まず「第一声」をするのか、どうかだった。

第一声とは、立候補を届け出た後に候補が支持者の前で行う最初の演説のこと。

だいたい、どの候補も同じような時間に行うので、記者の配置が問題になる。候補の人数が増えれば、それだけ記者が必要になる。

このC氏の場合は、事前に確かめると「街頭演説はしない」と言ってくれた。

やらないように念押しし、公示当日朝、C氏のところに記者は配置しなかった。

実際にC氏は街頭演説をやらなかった。

 

また、投開票当日は、当選者の喜びの様子の取材、落選者の落胆の様子の取材が必要になる。

これも同じような時間帯の取材になるので、対応に苦慮した。

記者が少ない弊社の場合、当日、C氏のところに人手を割けないことはわかっていたので、本人に相談の上、あらかじめ落選コメントを取って予定稿を準備することになった(私は、当日は、自民党現職のA氏の陣営の取材を担当)。

このC氏は、自分が当選するとは全く思っておらず、ある意味、この点は常識的な方だった(当選できるとは思っていないが、ポスターや選挙公報で世に訴えたいことがあるから選挙に出るという考え方だった。なお、街頭演説は一度もしなかった)。

事前に本人に相談すると、あらかじめ敗戦の弁を聞いて予定稿で対応することに理解が得られ、事なきを得た。

ちなみに、このC氏は2013年の参院選、19年の知事選にも立候補した。

衆院選の時と同様な対応をした。その後、亡くなられたので、もう選挙に出ることはない。

 

私は、割と、変わった方とウマが合うほうなので、C氏のところにも何回か通い、選挙と関係ない雑談を含めて話し込んだ。

同業他社の記者と比べても、私が一番、C氏のところに通っていたと思う。

C氏は会社を経営していて、お金には全く困っていなかった。

奥さんはフランス人だそうで、美人の娘さんもいた(写真を見せてもらった)。

奥さん、娘さんとは別居中で、C氏は、2人にも「変わり者だ」と言われており、選挙に出ると話したら、2人は笑っていたそうだ。

C氏が亡くなられて、少し寂しく感じたものだ。

 

泡沫候補でも、人によっては、当選できると本気で思っている方が、まれにいる。

例えば、2005年のある市長選に出たD氏がそうだった。

第一声については、応援の記者を派遣してもらえて何とかなったが、敗戦の弁の取材には人手がどうしても割けず、私があらかじめD氏に敗戦の弁を聞いて予定稿をつくるしかなかった。

 

今にして思えば、よくD氏が納得してくれたなと思うが、幸いなことに、D氏はお人好しな性格だった。

「当日は、忙しくてバタバタするので、もしかしたら、Dさんのところに取材に来られないかもしれない。大変申し訳ないが、その場合は、事前に聞いておいた当選コメントを使わせてもらって記事を書きたい」と説明すると、D氏は快く応じてくれた。

当選コメントを一通り聞いた上で、「世の中には万が一ということがある。万が一のことがあった時のコメントも、念のために聞いておきたい。万が一、当選できないとしたら、それは何が原因だと考えられるだろうか」と聞いたら、「私は当選できると思っている。なんで、そんなこと、聞くの?」と言われ、肝を冷やしたが、重ねてお願いすると、敗因分析を語ってくれたので、助かった。

なお、結果として、D氏はほとんど票が取れずに落選した。

 

<取材拒否の泡沫候補の対応>

泡沫候補の対応には、なるべく手間をかけたくないところだが、泡沫候補の中には、マスコミが嫌いで、取材に応じないという方が時々いて、この時が一番苦労する。

例えば、2003年のある市議選に出たE氏。

過去にも市議選に出て落選していたが、その時もほぼ取材拒否。その時に担当した先輩記者も苦労したそうだ。

E氏は、その後も、市議選、市長選に出た。そのうち、だんだん丸くなって、少しは取材に協力するようになり、のちに担当した記者の苦労は少なかったと思う。

話を聞く限り、私が担当した頃が一番、頑なだった。

 

まず、事前に顔写真付き名鑑を作るための取材をしたかったのだが、取材に応じないので、苦労した。

私だけでなく、同業他社の記者も困っていた。

各社それぞれでお願いしても、らちがあかないということになり、マスコミ各社連名で、取材に協力してもらうよう、お願い文書を作って郵送したが、全く反応なし。

仕方なしに、各社の記者がそろってE氏が経営する会社に出向いたが、私たちの姿を見るなり、E氏は激怒し「出て行け!」の一点張りで、話にならず、退散した。

 

顔写真付き名鑑については、上司に相談のうえ、略歴の部分は公文書で確認できる範囲の内容で準備することになった。

E氏は会社経営者だったので、私は、法務局に行って、E氏の会社の法人登記を閲覧し、E氏の名前や住所、生年月日、会社の業種、E氏が社長であることを確認した。

顔写真は本人が撮らせないので、最終的に手に入らなかったら、代わりに小さな「白バラ」のイラストを入れることになった。

 

市議選の公示日に立候補の届け出には間違いなく来ると思ったので、そこで最後のお願いをして顔写真を撮らせてもらおうと思い、立候補の受付場所で待った。他社の記者も同様だった。

しかし、立候補の受け付け開始から1時間ほど待っても、E氏は現れず、ほかの取材もしないといけないので、いつまでも待っているわけにはいかず、諦めて離脱した。他社の記者も同様だった。

夕方、立候補の受け付け場所に行き、選挙管理委員会の担当者に、E氏が来たかと聞いたら、来たという。

選挙管理委員会の担当者によると、E氏は、記者が来たら、この顔写真をやってくれ、と言い残して、自分で用意した顔写真を置いていったという。

顔写真が手に入ったのは、よかった。他社の記者と一緒に、この写真を複写させてもらった。

略歴は法人登記で確認した内容で書くつもりだったが、一応、本人に伝えておいたほうが礼儀としていいだろうと思い、顔写真を置いて言ってくれたことのお礼の言葉を添えて、略歴は法人登記で調べたこの内容で書く旨を、メールで書いて送った。

メールアドレスは、E氏の会社のホームページで知ったのだったと思う。

そうしたら、全く期待はしていなかったが、「それでいい」とだけ書かれた返信が来た。なので、自信を持って顔写真付き名鑑を作れた。

後日、他社の記者にそのことを話したら、その記者は法人登記の閲覧もしておらず、略歴の確認に困ったようで、「自分も同じように対応すれば、よかった」と話していた。

なお、同僚記者が担当したある選挙で、最後まで取材拒否を貫いた候補がいて、本当に紙面に白バラが載ったケースがある。

私は、そのような経験はない。

 

(Amazon商品紹介で挙げたのは、脚立。記者の必需品だ。場所取りにも使える。2段くらいの小さいものが持ち運びに便利)

 

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