同業他社に先駆けて書く、いわゆる「抜きネタ」は、土曜付や日曜付の紙面を狙って書くことがある。
土日曜は世間一般的には休日で、取材先となり得る官公庁等が閉まっている。そして、新聞社も出番の記者が少ない。
つまり、同業他社が後追い取材をするのが大変だからだ。
抜きネタを察知したタイミングにもよるし、すぐ他社が察知しそうな時は、急いで載せないといけないから、いつもいつも、土日曜付に当てられるわけではない。
でも、これができると、満足度が高い。
「どうだ、追いかけてみろ」と。
逆に、こちらがやられると、後追い取材がつらい。悔しさも倍増する。
「くそー、土日に当てやがって」と。
だから、土日曜付の新聞(他紙)を見る時はドキドキする。
抜かれがありませんように、と。
実例を交えて、もう少し説明してみたい。
<事例その1>
例えば、少し前の土曜付の地元紙に「X町長選に新人A氏出馬へ」という記事が載った。完全な抜かれ。
地元紙は、このエリアに配置している記者の人数が圧倒的に多く、各種取材先との関係も強いので、弊社にとって、抜かれはよくあること。
ただ、やっぱり、抜かれると悔しい。すぐに後追いに着手した。
官公庁が取材先になる案件と比べれば、これは本人が取材できればいいから、土日曜でも後追い可能だ。
この日、私は、もともと、参院選関連の取材予定があった。
参院選の公示前だったが、ある立候補予定者の動きを追う予定だった。
国会閉幕後、初の週末ということで「いよいよ、選挙モード」といった記事を各記者が手分けして取材し、記事にまとめることになっていたのだ。
しかし、町長選の後追い取材をまずは優先。
A氏の自宅を調べて当たってみたら、奥様が出てこられ、「A氏は外出中」とのことだった。
初対面でいきなり「A氏の携帯電話の番号を教えてください」は、失礼だろうと思い、いったん、退散。
昼頃に何度か自宅に電話してみたが、誰も出なかった。
参院選関連の取材を、ほったらかしにできないので、町長選の後追いは一時中断。参院選関連の取材に回った。
本当は、午前中の応援弁士(この立候補予定者が所属する政党の国会議員)の街頭演説の場面を取材したかったが、もう終わっていた。
仕方なく、午後の動きを取材し、「アンカー」の記者に素材を送った。
アンカーとは、複数の記者で手分けして取材する時に、各記者の素材を集めて記事にまとめる役目の記者のこと。
A氏と連絡が取れたのは夜。
「明日にしてくれ」と言われ、支局から遠い地域でもあったので、翌日の日曜にお邪魔することになった。
地元紙と比べたら、2日遅れの掲載になるのが、残念だが、とりあえず、めどがついて、ホッとした。
A氏は、なかなか話のわかる方だった。
なぜ、地元紙に先に載ったのかも聞いてみた。
「私の選挙参謀が、地元紙には伝えておいたほうがいいだろう、と言って、地元紙に連絡した。あなたには、悪かったね」とのこと。
たぶん、そんなことだろうと予想はしていた。
地元紙の記者の努力や力量じゃないとわかり、少し気が楽になった。
ちなみに、地元紙以外の他紙は、町長選はどうでもいいと考えたのか、追いかけていなかった。すぐ後追いしたのは私だけ。くたびれた。
<事例その2>
10年くらい前の一件も、記憶に残る。
Y市長選を3カ月後に控えていたところ、次も出るとみられていた現職のB氏が突然、不出馬(引退)を表明。後継候補探しが慌ただしくなっていた。
それから間もない土曜のある日、地元紙に「Y市長選に新人C氏出馬へ」との記事が載った。朝、見て、涙が出そうになった。
C氏の自宅を調べて直撃。ちょうど、奥様と一緒に外出しようと玄関先に出てこられたところだった。間一髪セーフ。
「いきなり来て、大変申し訳ないですが、ちょっと、家に入ってもらえませんか」とご夫婦を押し戻し、そのまま、なし崩し的に取材にかかった。
C氏は、穏やかで、誠実な方だった。
実は、今朝、夫婦で地元紙を見て、びっくりしたという。
どういうことかと言うと、、、
C氏は、現職B氏の不出馬表明後、市議会の重鎮D氏たちから、後継候補として立候補を打診されていた。
打診は受けていたけど、まだ、出るとも出ないとも返事をしていないのに、地元紙に「出馬へ」と書かれたので、驚いたという。
市長選に出るなんて、考えたこともなかった、と。
これを聞いて、私には内実が読めた。
C氏に取材後、重鎮D氏に当たったら、「これで、もう逃げられないだろう」と言って笑っていた。
おそらく、D氏は、地元紙に情報を流して「出馬へ」を書かせたに違いない。
C氏の性格なら、外堀を埋められたら、出馬を決断するだろう、と見越して。
ほんとに、政治の世界は恐ろしい。
その後、C氏は市長選で当選した。
投開票日の夜、私は取材のため、C氏の事務所にいた。
当選確実がテレビで報じられ、C氏は、観念したかのように、がっくりと、うなだれて、万歳していた。
選挙で、こんなに落ち込んだ様子の当選者を見たのは、初めてだ。
非情な報道陣に「笑顔で、万歳をお願いします」と、やり直しを命じられ、えもいわれぬ複雑な表情で万歳しておられたC氏の姿は、忘れられない。
<事例その3>
私が抜きネタを書いたケースで、土曜付を狙ったのに、上司に理解してもらえず、そうならなかった一件も、思い出深い。
25年くらい前、私が整理部所属を経て、念願の記者になり、警察司法担当をしていた駆け出しの頃のこと。
県警の警察官が不祥事(暴行容疑)で送検されていて、この件について、地検が起訴猶予処分とする方針を決めた、という内容だ。
不祥事は大騒ぎするほどの事件ではなかったので、たいした抜きネタではないのだけど、警察はともかく、地検で抜くのは難しいので、達成感はあった。
ネタ元は、地検の検事正(地検のトップ)。
とても、気さくな方で、夜回りの時に自宅に上げてもらうこともあった。
クラシック音楽の鑑賞が趣味だといい、一緒に聴きながら、いろいろと話も聞かせてもらったものだ。
当時の勤務地で、同業他社の方々は、おそらく、検事正のところはほとんど夜回りしていなかったのではないかと思う。
捜査幹部宅への夜回りは、同業他社の方々と鉢合わせすることも少なくない。
地検の次席検事(地検のナンバー2。報道対応の窓口)のところでは他社の記者と鉢合わせしたことがあるが、検事正のところではなかった。
たしか、木曜のある日、検事正への夜回りの時に、警察官の不祥事の一件を話題にして「あれは、起訴されませんよね?」みたいに尋ねたら、「ああ。あれは、起訴猶予。週明けの月曜に処分する」との答え。
こんなに、サラッと教えてくれるとは思いもよらず、駆け出しだった私は、心臓が止まるかと思うくらい驚いた。
この日はもう時間が遅かったので、翌日の金曜出稿、土曜付掲載を目指すことにした。
金曜は「仁義きり」のつもりで、次席検事のところに行った。
この件を切り出したら、「なんで、お前が知ってるんだ。どこで聞いたんだ」と激怒し始めたので、退散。
あとで、先輩に聞いたら、地検トップの検事正に聞いた話だから、次席検事のところに行く必要はなかったとのこと。
警察官の不祥事の一件なので、県警の警務部の幹部のところにも、仁義きりに行った。
(警務部は普通の役所や企業で言えば、総務部に当たる部署)。
幹部には「わざわざ、知らせてくれて、ありがとう」と言われた。
それで、「警察官不祥事、起訴猶予処分へ」という記事を出稿した。
そしたら、上司が「こんな記事、事前に出す意味があるのか。載せない」と言う。
まさか、そんな言葉が出てくるとは予想外で、これにはもっと驚かされた。
「ペーペーの私が頑張ったんですよ。失礼ですが、抜きネタ書いたことあります?」と言いそうになったくらいだ。
結論を言うと、記事は、当初狙った土曜付ではなく、2日後の月曜付で載った。
先輩記者が、地検ネタで抜くのがいかに難しいかを上司に力説してくれ、事件の内容も警察官の不祥事だから事前に載せる意味があるとも、口添えしてくれた。
上司は、警察官の不祥事なのに地検が起訴せずに起訴猶予で済ませたことがおかしいのではないか、という要素を加えろとの条件を出してきた。
私は、ご所望の追加要素は、「起訴猶予処分へ」の一報に入れなくても、処分がなされた時の続報で書けばいいのではないか、まずは、速く一報を出すことが大事ではないかと言ったけども、聞いてもらえなかった。
追加要素を入れると、記事の焦点がぼけて、何がニュースなのか、わからなくなるから、嫌だったのだけども、全く載らないよりはマシなので、従った。
急きょ、地元の弁護士や大学教授のところに取材に行って、「おかしいのではないか」的なコメントを取ってきて、記事に加えた。
なぜ、月曜付になったかは覚えていない。
私の記憶では、追加取材のために1日先延ばしになって日曜付で載ったと思っていたが、記事データベースで確認してみると、月曜付だった。
つまり、嫌な「土日曜の後追い取材」を同業他社の方々に味わわせることは、できなかったわけだ。
弊紙の記事を見た報道各社の要請で、月曜に、地検の次席検事による記者レクが設定されたことは覚えている。
私もレクに行った。
同業他社の方々の顔を見たら、「どうだ?」という気持ちがわいてきて、自然に顔がにやけるのを抑えられなかった。
<余談>
この記事の写真代わりに載せたAmazon商品の「新聞紙」は、記事とは直接関係ない。
犬猫の糞を包んで始末したり、荷物の梱包で緩衝材にしたりと、モノとしての新聞紙の需要があるのをあらためて感じた。
要は、新聞を購読しない人が増えたから、モノとしての新聞紙が売られるようになったのだなと思い、とても興味深い。
この商品の説明によると、未使用の「予備紙」を使っているという。
予備紙とは、トラブルで読者のお宅に新聞が届かなかった時とか、支局に直接買いに来られた方があった時とか、取材先に記事掲載紙を送る時に使う、文字通り予備の新聞だ。
私がいる支局にも毎朝、大量に届く。
ほとんどが読まれることもなく、廃棄されている。
