新聞記者が記事を書くのにかかる時間はどれくらいだと思われるだろうか。
私は駆け出し記者の頃、上司に「1行1分で書け」と言われた。
ちなみに、弊紙の場合、1行が12字詰め。
つまり、ささいな催し物など30行くらいの記事なら30分、一般的な講演会やシンポジウムなど40行くらいの記事なら40分、ニュース性の高い行政の施策など60行くらいの記事だと60分ということだ。
生ニュースについて言えば、だいたい、妥当な目安だと思う。
駆け出しの記者にはハードルが高いが、そのうち慣れて、このくらいの速さで書けるようになる。
ニュースを取材する時に記事の組み立てを考えながら取材するのがポイントだ。
どう書こうかを考えながら取材すると、不明な点、疑問点もその時にわかるから、そこで相手に聞ける。
取材が終わってノートパソコンを開いてから、「さあ、どう書こうか」だと間に合わない。
「あ、ここを詳しく聞いておかないといけなかった」ということにもなりかねない。
取材場所や時間帯と、紙面の締め切りの時間帯の関係で取材後、支局に戻る時間がなくて、駐車場に止めた車の中で記事を書くこともある。
社から貸与されているノートパソコンが今年、新品に交換されたばかりだが、それ以前のノートパソコンは7〜8年くらい使っていただろうか、バッテリーが劣化して1時間くらいしか持たなくなっていた。
バッテリーが切れる前に記事を書いて送信しないといけないので、速く書くうえで適度なプレッシャーになっていた。
冷や冷やしながら、書いていたものだ。
現場に行かなくていいレベルのささいな事件事故の記事は、だいたい、15行くらい。こんなのは5分で書ける。
事件事故の記事は、かなりパターン化されているからだ。
<夜に警察の広報文が来たら、まずは電話>
締め切り間際の深夜に、警察から、この種のささいな事件事故の広報文がファクスで流れてきた場合は、5分で電話取材を終え、5分で記事を書いて送る。
このようなケースで最も重要なポイントは、広報文に気づいたら、即座に警察に電話するということだ。
同業他社の方々も同じ行動をとるので、出遅れると、警察に電話しても「今、当直責任者が別の電話に対応中です。かけ直してください」ということになる。
時間をおいて、かけ直してもまた別の電話に対応中で、何度も何度もかけ直す羽目になり、下手をすると、当直責任者と電話がつながるまでに1時間近くかかることもある。
締め切り間際の時間帯に、これは致命的だ。
だから、広報文に気づいたら、まずは電話。
それで、当直責任者につながったら広報文に目を通して、不明な点を考えながら質問する、といった感じだ。
「今から、こんな記事を出します。5分以内に出しますから、入れてください」とデスクに連絡するのは、警察に電話取材が済んだ後。
締め切り間際の時間帯だと、いつ出せるかを言えないと、デスクも困る。
デスクは、整理部(記事の見出しを付けたり紙面のレイアウトを考えたりする内勤職場)に「追加で、こんな記事が来る。5分以内に出すから、入れてくれ」とお願いしないといけないからだ。
いつ出せるかが不明確だと、ニュースの内容にもよるが、デスクに「まあ、明日でいいよ」と言われて、翌日の紙面に入れてもらえないこともある。
<「1行1分」とはいかない記事もある>
「1行1分」というわけにはいかない記事もある。
この記事の冒頭で「生ニュースについて言えば、だいたい、妥当な目安」と書いたのは、そのこと。
生ニュースとは、「◯◯署は◯日、◯◯の疑いで、◯◯市◯◯、職業◯◯、誰の誰べえ(◯歳)を逮捕した」とか、「◯◯市は◯日、総額◯億◯千万円の2025年度一般会計当初予算案を発表した」といった、その日の出来事のニュース。
これは出来事を書くのが基本なので、難しくない。
これに対し、自分なりに興味を持ったテーマで掘り下げて自分なりの見方を交えて書く調査分析的なレポート記事だとか、企画記事、生ニュースの出来事の解説記事、コラムは、もっと頭を使うので、「1行1分」とはいかず、時間がかかる。
レポート記事を例にとると、、、
テーマを立案するところから始まり、その取材先も多くなるので、生ニュースの取材の合間を見つけて、何日もかけて取材を行うことが多い。
記事の行数は100〜120行くらい。
書くのにかかる時間は、内容にもよるので、一概には言えないが、、、
私の場合、大半の取材が済んだ段階で、2〜3時間かけて骨格を組み立てる(いったん原稿の形にしてみると、あと、このデータがほしいとかがわかる)。
取材完了後、骨格以降の取材を加味しつつ、推敲を重ね、2〜3時間かけて仕上げる。
自分がよく理解しているテーマの場合、途中で骨格を作らず、取材が完了してから、一気に2〜3時間かけて書き上げることもある。
レポート記事の組み立て方は、また機会を改めて詳しく書いてみたい。
解説記事や1面コラムは、自分なりの主張として、何を盛り込んで、どう落とすかを考えるのに時間がかかる。
解説記事は取材したその日のうちに書くので、せいぜい、1時間くらいで考えをまとめるが、あらかじめ掲載日がわかっている1面コラムの場合は何日も思案することがある。
それさえ見えれば、あとは1時間くらいでサラサラと書ける。
レポート記事や解説記事を、時間が切迫した状況で、急きょ、書かないといけなくなり、何とかした綱渡りの経験がある。
思い出深いので、少し紹介してみたい。
<レポート記事を組日の夕方に無茶ぶりされた>
20年くらい前。
毎週1回、レポート記事を載せるコーナーがあり、執筆は各記者に事前(少なくとも1カ月以上前)に割り振られる仕組みになっていた。
その指示を出すデスクが、この日に組んで翌日の紙面に載せる分の手配を忘れていて、私に急に振ってこられたことがある。
指示を受けたのは午後4時ごろ。
「えっ! きょう組ですか!」と驚いた。
デスクは「すまん。頼む」の一点張り。
このデスクは、弊社内で私が最も敬愛する先輩。
「これぞ、記者の鑑」という力量と気概の持ち主でありながら、おおらかで、気さくで、腰の低い方。
私とウマが合い、可愛がってくださった数少ない先輩の1人でもある。
つまり、親しくて、無理が言いやすい私に、後始末を頼んでこられたというわけだ。
この先輩の頼みとあれば、やらないわけにはいかない。
テーマは何にするか。
パッと思い浮かんだのが、水道局のペットボトル水。
当時、水道水を飲む習慣の衰退、節水型の洗濯機の普及などを背景に、水道水の使用量が減っており、全国各地の水道局が、啓発用にペットボトル入りの水道水を売り出す動きが広がっていた。
処理技術の進歩で美味しくなったことに加え、「自然災害時の備えに」も売り文句になった。
私の当時の赴任地の自治体もペットボトル水を手がけており、少し前に、売れ行きを続報で取り上げたばかり。
その時の取材内容を再活用しようと思い立った。
ネットで調べて知った、日本水道協会という組織に、電話して全国の状況を取材。
先進的な自治体も、いくつか電話取材した。
特に、横浜市水道局がいろいろと教えてくれ、記事の組み立ての見通しが付いた。
電話取材を終えて記事執筆に取りかかったのが、午後7時ごろだったろうか。
整理部から「まだか。早くしろ」と何度も叱られながら、120行ほどの記事を出稿したのは午後9時ごろだったと思う。
翌日の紙面に載った記事は、取材が雑で論理展開も甘い、やっつけ仕事。
今、あらためて見ると、恥ずかしい限りだ。
でも、レポート記事を組日当日の夕方に無茶ぶりされて、何とかした経験は大きな自信になった。
ちなみに、この時、私に無茶ぶりしてこられたデスクは、のちに自ら、とてつもない後始末力を発揮された。
今度は、1ページ特集の手配を忘れておられて、出稿締め切り当日に発覚。
自ら電話取材し、過去の取材の蓄積を大いに加えて、1ページ特集を作られた。
1ページ特集は、250行くらいの記事量になる。
これは、伝説レベルの神業だ(実際、弊社内で語り継がれている)。
やはり、素晴らしい先輩だ、と尊敬の念が強まった。
<デスクの時、知らない自治体の当初予算の解説を書いた>
この先輩の神業には及ばないが、私がデスクとして後始末力を発揮したこともある。
10年くらい前。
担当記者(私より先輩)に代わって、デスクの私が、全く取材したこともない自治体の当初予算の解説記事を急きょ、書く羽目になった。
組日当日、当初予算の本記や図表は順調に出ていて、その時点で不安はなかった。
ところが、解説記事がいっこうに出てこない。
恐る恐る、担当記者に電話してみると、「どう書いていいか、わからない」と行き詰まっておられる様子だった。
既に午後9時。私は、自分で書こうと決断した。
先輩に対して大変失礼な申し出だが、もう、そんな遠慮をしている場合ではない。
幸か不幸か、担当記者は「頼む」と、あっさりとギブアップされた。
当初予算の説明資料をファクスで送ってもらい、さらに、この自治体のホームページで財政計画等の資料を読みあさり、組み立てを考えた。
近年、大型の公共施設建設が続いて、財政が硬直化しており、財政健全化の道筋を示せなければ、今年の首長選の争点になりそうだ───と、それらしい作文で、45行ほどの解説記事を書き上げた。
午後10時すぎだった。ホントに、肝を冷やした。
整理部に叱られても当然の出稿遅れだが、叱られなかった。
おそらく、鬼気迫る様子で解説記事を書く私を見て、声をかけられなかったのではないかと思う。
