<私とタバコ>
私は16歳の時に高校を中退し、しばらく測量の仕事をしていたので、その頃からタバコを吸っている。
その後、「大学進学→新聞記者」を目指して定時制高校へ。
定時制の生徒は、働いている人が多いからか、未成年でもタバコを吸う人が多かった。
定時制の先生は、生徒が校舎の外で隠れて喫煙し、そこらへんに吸い殻を捨てるのを心配したのだろう。
「お前たち。タバコは、ここで吸え」と言って、校舎内の食堂に灰皿を置いてくれた。
おおらかな時代だった。
学校の先生が未成年の生徒に校内で喫煙を許すとは、今なら、考えられないことだ。
今や、喫煙そのものに風当たりが強い時代になった。
私は、十数年前に1年間だけ禁煙したことがあるが、転勤したら、元に戻り、今も愛煙家。
数年前に肺炎を患い、2〜3カ月くらい毎朝、通院して点滴治療を受けたことがあり、医師に「タバコはやめなさい」と言われたが、やめていない。
気持ちの問題だと思うが、タバコがないと、原稿が書けない。
私が新聞社に入った30年くらい前は、自席の机に灰皿を置いてタバコを吸うという行為が許容されていたが、そのうち、タバコ部屋が整備され、分煙が進んだ。
レポート記事や1面コラムを腰を据えて書く時は、ファミリーレストランの喫煙コーナーにノートパソコンを持って行って、原稿を書いていた時期もあった。
今では、ファミレスの喫煙コーナーも廃止されるなど、タバコを吸いながら腰を据えて原稿を書ける場所は、姿を消していった。
私は今なら、人があまり来ない公園の東屋(テーブル付き)を利用する。
<タバコ部屋でのコミュニケーション>
私たち新聞記者の仕事では、タバコ部屋(喫煙所)での雑談が、取材相手との重要なコミュニケーションのひとつなのだけど、その風景も変わりつつある。
少し、振り返ってみたい。
警察取材を担当した駆け出し記者の頃、県警本部の喫煙コーナーによく足を運んだ。
各課の出入り口から呼び出さなくても、捜査幹部がタバコを吸いに出てきて、一緒に一服しながら、気楽に話せるからだ。
他愛もない雑談、警察の業務に関する一般論が中心だけども、一対一なら、具体的な事件を話題にすることもあった。
例えば、被疑者に同情的な感想など、普通の取材では、なかなか聞けない警察官の思いが聞けて、興味深かった。
一対一で話せる機会は少ない。
ある捜査幹部と一対一になっても、すぐ別の捜査幹部が来るからだ。
見ていたら、わかるけども、これは、警察特有の相互監視だ。
警察は「誰が記者にしゃべったんだ?」みたいな組織防衛には、とても熱心な組織。
警察官が、だいたい同じ地区に固まって住むのも、夜回りの相互監視のためだと思う。
捜査幹部の家に夜回りに行く時は、数百メートルくらい離れたところに車を止め、なるべく周辺に住む警察官に(そして、同様に夜回りをする同業他社の記者にも)、どこに行くかがわからないように、気を配ったものだ。
行政・政治取材でも、県庁や市役所のタバコ部屋は、重要なコミュニケーションの場だった。
特に、私のように酒が飲めない体質の人間には、余計にそうだった(酒席はお付き合い程度。1次会だけで帰る)。
議員とは、いろんな場所で顔を合わせて立ち話するから、タバコ部屋での雑談は、ジャブ程度というか、本当に雑談。
私生活のこと、趣味のこと、意外な横顔を知ることもあり、距離が縮まった。
ある議員とは、2人きりだったからか、1時間くらいタバコ部屋で話し込んだことがある。
それまでは「ただの腹黒いおっさん」としか思っていなかったが、実は、いろいろと深い考えを持った方だとわかり、一気に好感度がアップした。
県庁や市役所の職員では、普段、あまり取材対象にならない部署の方とのコミュニケーションが思い出深い。
毎日、決まったメンバーがタバコ部屋で顔を合わせるから、自然と距離が縮まった。
例えば、ある県庁の税務課長は、陽気で気さくな方で、話していて楽しかった。
ほぼ、この道一筋の税務のエキスパートだった。
「失礼ながら、税務って、県民に好かれる仕事じゃないですよね。滞納者への取り立てとか。どんな気持ちで仕事をしているんですか」と聞いたことがある。
「まあ、好かれる仕事ではないね。この仕事は、向き不向きがある。相手の言い分を聞いて、同情しちゃうタイプの人には向かない。『決まりですから』と押し通せる人じゃないと、しんどいだろうね」と語っておられた。
新型コロナウイルス禍も拍車をかけた格好で、県庁や市役所は敷地内禁煙となり(議会棟など例外はある)、内勤職員の愛煙家は、気の毒だ。
「勤務中に喫煙はおかしい」という風潮もあり、昼休憩の時にしか喫煙が許されないという。
敷地内にタバコ部屋がないため、最寄りのコンビニに出かけて、煙をくゆらせておられる。
喫煙場所が減っただけでなく、昔と違い、今は、タバコを吸いながらスマホを構う人が多い。
これだと、さすがに話しかけにくい。
昔は、タバコ部屋では、本当にタバコを吸うだけ。
クスリが切れた人が注射器を取り出して腕にクスリを注入し、満足そうに、ふうっと、ため息をつく。まさにそんな感じだった。
この脱力した状態で交わす雑談ならではの味わいがあり、仲間意識もわいた。
こうした取材の風景も時代とともに、変わっていくのだなと、しみじみ思う。
<余談>
愛用の銘柄は1991年の発売当初、1箱240円だったのが、今や、600円。
タバコは価格の6割程度が税だと聞いたこともある。
為政者には、引き上げても文句の出ない税収源として今後も重宝されるのだろう。
喫煙は、まわりの人に煙やニオイで迷惑をかけるので、分煙はやむを得ない。
ただ、今の状況は、愛煙家の迫害にしか思えない。
増税分の一部で、分煙環境を整えてほしいと思う。
かつて、弊紙のコラムで、このような愛煙家の思いをつづったら、日本たばこ産業(JT)の方から「執筆者に会いたい」との連絡が会社にあり、後日、訪ねてこられ、お礼を言われた。
事前に愛用の銘柄を聞かれたので、予想はしていたが、愛用の銘柄、ワンカートン(10箱)をいただいた。
先輩記者から「タバコの話題は、コラムで鬼門のひとつ。どっちの立場で書いても苦情が来る」と聞いていただけに、このような反応は全く予想外だった。
このようなコラムを時々、書こうかと思ったものだ。
