ついに、この日が来たかという思いだ。
石破茂首相が辞意を表明した。
自民党内では非主流派で、党がピンチに陥ると、存在感を増すタイプ。
もともと、短命政権と予想され「参院選までもつか」との声もあったほど。
地元・鳥取県の出身者として、ハラハラしながら見守ってきた。
党内外から批判を受ける中「石破カラー」を十分に発揮できたとは言えないが、よくここまでもったというのが率直な感想だ。
1990年代に政治改革を問うて自民党を離れ、のちに復党した経緯から、党内では「異端」。
2009年には閣内にいながら、当時の麻生太郎首相に反旗を翻す動きをしたとされるように、執行部批判をいとわない姿勢を取ってきた。
2012年が政治家・石破茂氏の絶頂期だった。
党総裁選は、決選投票で安倍晋三元首相に敗れたものの、第1回投票でトップに立ち「鳥取県出身者で初の首相」の悲願が現実味を帯びた。
幹事長に起用され、衆院選で各地の応援に奔走し、党候補や陣営には「改革派」のイメージを歓迎された。
聴衆のおばさんたちからは「かわいい!」との声も飛び、思わず苦笑いしてしまったものだ。
同郷の記者として「次こそは」と期待を膨らませたことを思い出す。
ところが、2015年の総裁選には不出馬。
背景には、2014年の内閣改造で、打診されたポストでなく幹事長留任を望んで安倍氏ら主流派の反感を買い、最終的に地方創生担当相就任を受け入れて折り合った経緯があった。
肝心なところで腰が引ける悪い面が出た。
揺らぎは、さまざまな人の意見を聞いて迷ってしまう人間らしい弱さであり、個人的には好感を抱く。
だが、高みを目指すには「反安倍」といった対抗軸になるだけでは足りず、覚悟とリーダーシップが必要だった。
総裁選出馬を促した地元支持者は残念がり、支持する国会議員が何人か去ったと聞いた。
4度目の挑戦となった2020年の総裁選で惨敗し、しばらくしてから取材で接した時、吹っ切れた表情だったのも記憶に残る。
首相を目指す気持ちに変わりはないかと問うと「そういう時期が来るのかどうか、わかりません」と静かに答えていた。
これで終わりなのかと寂しく感じたものだ。
その後、またも状況が一変。
政治とカネの問題で党が受けた逆風は、石破氏にとっては追い風となった。
2024年に5度目の総裁選挑戦にこぎ着けた時は、何という強運の持ち主かと思った。
極めつけは総裁選の決選投票で、対立候補に逆転勝ちを収めたこと。
決選投票の前に「私は至らぬ者」と自省して低姿勢に徹した演説に、石破氏の成長を感じ、心を打たれたのは私だけではないだろう。
首相辞任は、石破氏にとって、ただ首相を辞めるというだけにとどまらない。
政治家・石破氏の終焉につながりかねないからだ。
今後も、地元・鳥取県では「出身者初の首相」に上り詰めた偉人として扱われ続けるのは間違いない。
将来、父の石破二朗氏(元鳥取県知事、元自治相)のように、鳥取市街に銅像が建つかもしれない。
しかし、中央政界では、そうはいかないだろう。
首相として党内の主流派に配慮しながら政権運営する姿を見せてしまった以上、執行部への対抗軸という立ち位置はもはや取れまい。
首相としてもつらい思いをしてきただろうが、これからも、いばらの道が待っている。
不死鳥のように、再び復活する時は来るのだろうか。
政治家・石破氏の真価があらためて問われ、今後も目が離せない。
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