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<記者の仕事あれこれ>労働組合活動の思い出 労協の様子を組合ニュースで詳報し、経営者の失言や暴言も暴露した 記者の経験が役立った

(上記のAmazon商品は本文とは直接関係ありません)

 

十数年前、会社の労働組合の副委員長を2年間、務めた。

組合の執行部(委員長、副委員長3人、書記長)の主な任務は、春闘(賃上げ)、夏・冬の一時金(ボーナス)闘争などのタイミングで、労働条件や職場環境、経営方針について、会社の経営者と話し合うこと。

この話し合いを「労協」(労働協議)と言う。

弊社の場合、労協には、経営者側からは基本的に労務担当の取締役や総務局長が出てくる。交渉を何回か重ねて、ヤマ場になると、社長が出てくる。

 

私は教育宣伝担当の副委員長。組合員に配る「組合ニュース」を書く係だった。

私の場合、労協での交渉状況を伝える組合ニュースは、議事録レベルでやり取りを詳しくメモして組合ニュースに落とし込んだ。

労協でのやり取りのメモは、仕事柄、刑事裁判の傍聴(法廷では、録音が禁止されているので、裁判官、検察官、弁護士、被告人らの発言を素早く筆記するしかない)等で慣れていた。

シンポジウムや座談会の取材で、詳しいやり取りを「詳報」として、特集紙面等で紹介することもあるので、労協の詳報は、その応用みたいなものだ。

経営者の失言や暴言、無策ぶりも全部、組合ニュースで暴露した。

しかも、詳報スタイルで書いたから、かなり生々しく伝えられた。

 

<詳報スタイルとは>

A氏「〇〇〇は、なぜなのか」

B氏「〇〇〇だからだ」

A氏「それは、〇〇〇ではないか」

、、、といった感じで、順を追って、発言を並べていく書き方。

 

弊社の過去の組合執行部が残した組合ニュースを見ても、私のように労協の詳報まで書いた例は、なかった(それ以後、現在に至るまでも、ない)。

だから、私が書いた組合ニュースは、斬新だったと思う。

 

過去の組合執行部が書く組合ニュースは、労協の様子を伝えるものでも、だいたい、A4用紙1枚の表だけか、1枚の表裏程度。

私が労協の詳報を書いた組合ニュースは、表裏を使って3~4枚とかだったので、印刷も大変だった。

組合ニュースは労協があった日の夜に書いて、組合員の人数分、印刷する。印刷には小型の輪転機を使っていた(通常のコピー機より印刷速度が速い)。

 

労協の詳報は、組合員には喜んでもらえた・・・と思う。

「労協の様子が詳しくわかり、面白い」との声も、わずかだが、寄せられた(あとで詳しく書くが、組合員の大半は、組合活動に無関心)。

経営陣には嫌がられた。

「あそこまで書くな」と言われ、「言い回しがちょっと違う。正確に書け」と揚げ足を取られることもあった。

 

闘争のポイントや社の経営状況、労働法制を解説して、組合員を鼓舞する組合ニュースもどんどん書いた。

年間の組合ニュース発行回数は70回を超えた。

私が副委員長だった年の議案書(組合ニュースや職場ニュース等、組合の年間の活動記録を集めた冊子)は、600ページ以上ある。

過去の組合執行部の議案書は、だいたい300ページ程度だったから、ボリュームが倍増したことになる。

もちろん、私の書く組合ニュースの文字量が多く、発行回数も多いのが、主な要因だ。

 

「職場ニュース」についても、説明しておく。

組合執行部が作る組合ニュースのほかに、闘争期間中に各職場の組合員の声を全社的に共有し、経営者にも伝えるために、各職場単位で職場ニュースを書いてもらう(組合執行部が頼んで書いてもらう)。

職場ニュースは、各職場内の組合員がひとことずつメッセージを書く。

 

私は、組合の副委員長になる前から、この職場ニュースを書くのが好きだった。

もともと、文章を書くのが好きだし、新聞記事では書けないような、くだけた内容でも書けたからだ。

職場ニュースには、たいていの人が数行程度、多くてもA4用紙1ページの3分の1くらいの量のメッセージを寄せるところ、私は、1ページの半分とか、1ページ丸々とか、書いていた。

エッセイみたいに思い、いつも楽しみだった。

 

過去に職場ニュースに寄せた文章が、パソコンを探索していたら、たまたま見つかったので、その中から、ひとつ、以下に再掲してみる(人名等は伏せる)。

 

「貧乏物語」

男は貧乏だった。

11月20日現在、手持ちの金は1667円。銀行口座の残高はマイナス29万7975円で、郵便口座は868円。 銀行は30万円まで自動的に借りられる制度を利用しているが、あと2025円しか引き出せない。

身の回りの品々を値踏みするのが半ば日課になっていた。

インターネットのyahooオークションで売るためだ。

15年くらい前に通販で買った米軍の迷彩服とジャングルブーツ。苦労して古本屋で見つけた第2次世界大戦ブックスシリーズの「武装親衛隊ミリタリー・ルック」「ドイツ装甲軍団」「ドイツ国防軍ミリタリー・ルック」「拳銃・小銃・機関銃」。心の師匠であるジャコ・パストリアスのCD「ヘヴィ・アンド・ジャズ」とアーノルド・シュワルツェネッガーのビデオ「鋼鉄の肉体」・・・。数々の宝物が男の元を去った。

大学時代に所属していたSF研究会の先輩から受け継がれ、大切に部屋に飾ってあった「怪獣バラゴン」のガレージキット(模型)を荷造りするときは、込み上げるものを抑えられなかった。

男の生活は決してぜいたくではなかった。

食事は1日1食。大量に買いだめした冷凍ピラフ、レトルトカレー、インスタント焼きそばを日替わりで食べる。時折、山から下りてくる後輩がおごってくれる食事は貴重な栄養補給源だ。日々の出費は、たばこを2箱と缶コーヒーを2~3本。酒席の誘いは相手に申し訳なく思いつつ、たいがい断る。

社宅を管理する上司が「お前、水道代がえらい少ないが、どうなっとるんだ」と笑う。1週間に1度しか風呂に入らず、水洗トイレと、レトルトカレーを温める鍋1杯の水しか使わないためだろう、と納得。そでがすり切れたカッターシャツに、ほつれたネクタイを締め、今日も仕事に赴く。帰宅後、会社の休憩コーナーから掠めた一口チョコをほおばりながら、漫画「タイガーマスク」を読むのが、唯一のなぐさめだ。

貧乏には慣れていた。だが、家族に辛い思いをさせるのが忍びなかった。

昨年12月末ごろ、当時4歳の娘が友達の家に遊びに行った。もう過ぎていたクリスマスの話になり、友達のお母さんが「〇〇ちゃんはどんなケーキを食べたの?」となにげなく聞いた。娘は「ケーキ食べてない…」と寂しそうに答え、その場が静まり返ったという。

この話を伝え聞いた男が、クリスマスにケーキのひとつも買ってやれない自分をどんなにふがいなく思ったか。

今年もあと1カ月でクリスマス。男はボーナス満額回答を切に待ち望んでいる。

(この話はノンフィクションです。〇〇支局・〇〇〇〇)

───以上、再掲───

 

これは、二十数年前に書いたもの。

ごくごく私的な内容だから、他の方が読んでも、あんまり面白くないと思うが、久々に読み返してみて、私は、とても懐かしく思った。

第2次世界大戦ブックスシリーズ、以前、ブログ記事「バルジ大作戦」の中で紹介した「ナチ独逸ミリタリー・ルック」が自宅の本棚に残っているが、ほかにも持っていたはずなのに、どこに行ったのかと思っていた。

売ってしまっていたのか。すっかり、忘れていた。本当に、もったいないことをした。

ジャコのCD「ヘヴィ・アンド・ジャズ」は持っているので、買い直したということか。

バラゴンのガレージキットのことも、忘れていた。当時、いくらで売ったのか、覚えていないが、かなり、珍しい品だと思う。惜しいことをした。

長女のクリスマスケーキ、なんで買わなかったのだろう。覚えていないけど、長女には、申し訳ないことをした。

 

www.tetch-review.com

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(以下のAmazon商品は、バラゴンがどんなものかの参考まで。私が持っていたガレージキットとは違う)

 

まあ、このように、職場ニュースを書くのは、私は楽しみだった。

現在は、私は一応、管理職になっていて、組合員ではないので、職場ニュースが書けないのが本当に残念だ。

 

ちなみに、弊社の場合、「ユニオンショップ」という制度を取り入れていて、「社員(管理職を除く)=組合員」という仕組み。

入社したら自動的に組合員として扱われ、管理職になったら、組合から外される。

 

この仕組みだと、組合の組織力を保つ意味ではメリットがあるが、はっきり言って、やる気のない組合員が多い。

私が組合の副委員長をしていた頃は、おおむね、中年以上の方々、つまり、世の中の景気が良い時代に賃上げやボーナスでウハウハな経験をされた世代は、それでも、まだ、組合活動に協力的だった。

私たちより若い世代は、組合活動に、ほぼ関心がなかった。

 

現在では、弊社に限らず、多くの企業団体で、労働組合離れ、組合活動への関心低下が進んでいるのではないだろうか。

 

組合執行部のなり手不足は、私が副委員長になった当時もあった。

組合執行部の任務は、本来の仕事をした上でやらないといけないから、自分の負担が増えるだけ。

執行部の手当は当時、月に1万数千円くらいだっただろうか。

負担を考えると全然、割に合わないので、誰もやりたがらなかった。

 

私は、当時親しかった先輩が委員長を引き受けられることになったので、その助けになればと思って副委員長を引き受けた。

忙しいし、面倒くさいこともあるけど、良い経験ができたし、楽しかったと私は思う。

経営者と交渉の席で激しくやり取りするのは、むしろ、面白かった。

交渉術が学べたのも財産だ。

 

私たちの時の組合執行部は、経営者に対しては、かなり強硬で、駆け引きにも長けていたと思う(委員長が優秀で、人望がある方だったのが大きい)。

委員長が「ガンジー作戦」と名付けた「非暴力不服従」の闘争が斬新だった。

 

ガンジー (字幕版)

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通常の組合の闘争では、ストライキ(勤務時間中の一定時間、組合員たちが職場放棄する)、順法(組合員たちが残業を拒否する)といった戦法が一般的だ。

業務内容等、社の実情にもよると思うが、弊社の場合、ストも順法も経営者にはあまり痛みがなく、むしろ、組合員たち現場が苦しむのが実態だった。

私たちの時の組合執行部は、ストや順法は控えた。

その代わり、経営者側が折れなければ、労協を一方的に打ち切って席を立ったり、労協開催に応じなかったりして、交渉を長引かせる戦法を取った。

持久戦、我慢比べと言い換えてもいいかもしれない。

交渉が長引くから、組合執行部の負担は大きいけども、組合員たちにダメージはない。

経営者側にとっては、交渉が長引くのは、対外的に恥ずかしいことなので、最終的には折れてくる。

 

嫌だったのは、組合員の対応。

委員長の考えで、執行部は、組合員に対しては、とにかく低姿勢に徹し、お願いして協力してもらうという方針だったのだけど、組合員の中には、ろくに協力もせず、文句ばかり言う人も少なくなかった。

「売り上げが上がらないのだから、賃金が上がらなくて当たり前」などと経営者みたいなことを言って、組合の方針に水を差す人もいた(この人は、組合執行部には反抗的でも、会社の上層部には従順な人だったので、可愛がられて出世した)。

組合活動に協力しなくても、組合が勝ち取った恩恵は、組合員全員が受けられる仕組みなのに、組合の邪魔をして、上に良い顔をする人は、卑怯だと私は思う。

「だったら、お前が交渉してみろ」と思うことがたびたびあったが、組合ニュースは委員長の方針に従い、低姿勢に徹した。

これは、かなりストレスだった。

経営者よりも組合員のほうが「敵」だった。

 

委員長も、やる気がなくて反抗的な組合員には嫌気が差していたと思う。

だけど、組合が内部で割れたら経営者の思うつぼだから、「低姿勢で」と戒めて我慢していたのだと思う。

委員長を務めていた先輩は、仕事ができる上に反骨精神がある方で、弊社にとって貴重な人材だったと思うけども、その後、中途退職され、残念だった。

(過去のブログ記事に出てくる先輩たちとは別の方)。

 

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