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数年前、社員が支局長1人しか配置されていない「1人支局」勤務を2年間、経験した。
支局の建物は一軒家で、道路に面した表側が事務所、奥側が住居。
住み込みなので、警察の駐在所みたいな感じだ。
私1人しかいないので、休みがなかなか取れず、取材のやり繰りが大変。
記者の仕事のほかに事務所の管理や支局の経理等をしないといけない。
その半面、私のほかに誰もいないので何も気兼ねがない。マイペースな(協調性がない)性格の私には合っていた。
弊紙が強い地域だったので、地域の皆さんに可愛がってもらえるのも、弊紙が弱い地域での勤務が多い私にとっては、新鮮な経験だった。
販売部数の増加はもちろん、弊社主催事業のチケット販売、企画広告の提案・獲得といった社の売り上げにも、かつてないほど貢献できた。
1人支局の思い出を振り返ってみたい。
<1人支局の日常>
朝は、電話や来客で起こされることが少なくなかった。
朝7時くらいにピンポンが鳴る。
事務所部分の玄関は、夕方から朝にかけてはシートシャッターを下ろしているので、鳴っているのは住居部分の玄関のピンポンだ。
私は、夏はもちろん、冬でも、パジャマを使わず、Tシャツとパンツだけで寝ている。
そのままの姿で玄関に出て、住居部分のドアを細めに開けてみると、読者の方が来ていて「新聞を止めてくれ」。
早朝から支局にかかってくる電話も、「新聞を止めて」「けさの新聞が届いていない」といった販売に関するものが多い。
住所を聞いて担当の販売店を調べて伝え、販売店に電話してもらう(私が取り次ぐと、ややこしくなるから)。
販売関連のほか、いろんな催し物の取材依頼の電話もよくかかってくる。来客は、だいたい、取材依頼だ。
弊紙がよく読まれている地域だから、ちょっとした催し物の記事でも、喜ばれる。「あんたが書いた記事、見たよ」と声をかけてもらうこともある。
私にとっては新鮮な経験。だから、取材依頼にはできる限り応えた。
弊紙の販売店の方にも、地域の皆さんにも「熱心な支局長だ」とお褒めをいただいて、可愛がってもらった。
日中、取材に出かけて夕方、支局で原稿を書いていると、なじみの方から、喫茶のお誘いの電話が時々ある。
「今、近くに来ているのだけど、一緒にコーヒーでも飲まないか」と。
支局の近くのショッピングセンターのフードコートで、コーヒーをごちそうになる。
このように、弊紙に親しみを持ってくださるのは、本当にありがたいことだ。
農業が盛んな地域だったので、地域の方から差し入れをいただくことも多かった。
「食べて」とコメを持ってこられる。早朝に、ドスン、と物音がするので、何かと思って玄関に出てみたら、メモ書きと一緒にコメが置いてあるということも何度か、あった。
若い頃、漁師町の支局(弊紙が強い地域。1人支局ではない)にいた時に、地元の漁師の方が「食べて」と、魚がいっぱい入ったトロ箱を持って、よく支局に来られていたことを思い出した。
<貴重な経験>
1人支局のしんどいのは、なかなか休めないこと。
肺炎になって、医者に「きょうから入院しろ」と言われた時でさえ、休めなかった。
本社の上司に相談したら「入院してもいいけど、引き継ぎ書を作れ」と言われた。
引き継ぎ書を作るのは、かなり労力がかかる。
そんな健康状態ではなかったので、入院せず、通院治療(土日曜を含め毎朝、通って点滴を1時間くらい受ける。あと、飲み薬)を2カ月くらい続けた。
(普通の会社なら、「お前の健康が第一だから、すぐ入院しろ。あとのことは何とかする」と言うところではないだろうか)。
支局には私しかいないので、床掃除やトイレ掃除も私がする。
蛍光灯が切れたら、自分で買ってきて交換する。
大雪が降った日は、支局の前の雪かきと電話対応(「新聞がまだ届いていない」との苦情が殺到)に追われた。
でも、職場に上司も部下もいなくて私1人なので、誰にも気兼ねがないのが一番良かった。私の性格には向いていた。
ヒマな時期で、気分が乗らない日は、一日中、支局にいて本を読んでいたこともある。
私の苦手なことで、よい経験になったのは、お金の管理。
私しかいないので、支局の経理も私の仕事。
仕事に使うコピー用紙やノートなどをホームセンターに買いに行き、領収書をもらって帳簿に記録する。
各種の支払いや引き出しで銀行にも時々、行った。
毎月、支局の経費を書類にまとめ、本社に提出していた。
転勤でこの支局を去るに当たり、支局の経理の引き継ぎをしたら、計算が合わず、支局にあるべき現金が1万数千円足らなかった時は、焦ったものだ。
(帳簿を全部点検したら、前任者からの引き継ぎ時に計算間違いがあることが判明して解決。足りない分を私が弁償せずに済んだ)。
<売り上げへの貢献>
販売部数増や主催事業のチケット販売、企画広告獲得で売り上げに貢献できたのも、良い思い出だ。
私が支局長になってから、この地域での販売部数が増えた。
私がこの地域の記事をどんどん書くので販売店が弊紙を売りやすくなったとのことだった。
つまり、私なりの努力に、販売店の方が応えてくださったということ。これは、うれしかった。
私自身も部数拡張に力を入れた。
企業や団体から取材依頼があって、通常だと記事になりにくいネタだった時に「何とか工夫して記事にするから、取ってもらえませんか」と交渉したりして、拡張した。
弊社が主催事業で、サーカスを呼んだ時には、割り当て以上のチケット販売ができた(私がサーカス取材を担当したのは、もっと昔。それとは別)。
個人の割り当てが10枚(大人7枚、子ども3枚)。支局の割り当てが150枚(大人100枚、子ども50枚)で、合計160枚(大人107枚、子ども53枚)の割り当てだった。
実際に売った枚数は、185枚(大人123枚、子ども62枚)。
1人で売った枚数で言うと、上位の好成績だったと思う(人数が多い職場は割り当ても多いし、実績も多い)。
なぜ、売れたかというと、やはり、地域の皆さんのおかげ。
地元の自治体や文化施設の方々がたくさん買ってくださった。
売り上げを精算して本社に振り込む時に、5万円くらい足らず、自腹を切ったのは痛かったけど、まあ、それも良い経験だ(なぜ、足らなかったのかは不明。未収金はないはずなので、私のお金の管理が悪かったのだろう)。
この自治体は、企画広告の提案にも応えてくださった。
例年、観光や特産品をPRする全面広告(1ページの広告)を出してくださっていたのだけども、企画広告を提案してみた。
企画広告とは、記事で構成する特集紙面の体裁のPR広告。たしか、普通の全面広告の1・5倍くらいの広告料だったと思う。
この自治体の広報担当の方に相談に行くと、関心を示してくださった。
進学や就職で若者が流出するのがこの自治体の悩みだったので、郷土愛の育成を狙いに地元の経済団体や近隣の大学と連携して進める「高校・大学生のまちづくり参加の促進」をテーマにするとの方向も見えてきた。
広報担当の方が悩んでおられたのは、例年と同じ全面広告分の予算しか確保していなくて、企画広告を作るには足らないこと。
そこで私が思いついたのが、座談会。
自治体と経済団体、大学のトップにテーマを基に座談会をしてもらい、その詳報を載せるという企画広告。
経済団体や大学を巻き込んで、そちらにも広告費を負担してもらったら、いいのではないかというアイデアだ。
広報担当の方が乗り気になってくださり、経済団体や大学も快く協力してくださることになり、話がうまく進んでいった。
座談会の詳報だと、記事のボリュームが多いので、1ページでは収まらず、2ページの見開きということになった。
例年の全面広告と比べれば、3倍くらいの売り上げになったと思う。
翌年も、企画広告を提案し、実現できた(この時は1ページ)。
この自治体が力を入れている「ITを活用したまちづくり」がテーマ。
毎回、座談会というわけにもいかないし、それだと面白くないので、仕立て方は変えた。
記者の私が取材して紹介するのではなく、地元の高校生がレポーターとなって取材する体裁で記事を仕立てた。
具体的には、私が、高校生レポーターと一緒に自治体の取り組みを取材し、高校生レポーターの感想を聞き取って記事に盛り込み、高校生レポーターに成り代わって報告する体裁で記事を仕立てた(つまり、高校生レポーターの視点で私が記事を書いた)。
高校に快く協力してもらえて、高校生レポーターを務めてくれた生徒2人にも深部記者体験を楽しんでもらえたと思う。
普通に記者が取材する記事より、読者の目を引き、自治体の首長も喜んでくださったようだ。
座談会形式の企画広告も、高校生レポーター形式の企画広告も、発注元の自治体はもとより、関係機関の皆さんの協力があって、できたこと。ありがたいことだ。
私にとっても、良い思い出になった。
