(上記のAmazon商品は本文とは直接関係ありません)
このブログ「てっちレビュー」は、私なりの視点を盛り込んだ本、音楽、映画のレビューが3本柱。さらに新聞記者としての経験談やブログ運営の記録、そのほか、雑多な経験談を書いている。
私という人間の姿は、ぼんやりと浮かび上がっているとは思うのだけども・・・
開設1周年の節目に、あらためて、自己紹介の記事を「運営者の横顔」と題して、6本ほど、書いてみたい。
初回は、「なぜ、新聞記者を志したか」。
(なお、1月26日投稿の記事「ブログ開設1周年」で、1周年記念企画は「2月1~6日に投稿」と書いていたけど、事情により前倒し。すいません)。
私は、頭の回転が遅く、口下手だ。
気の利いた言葉をすぐに返したり、他人に伝わるように話したりするのは苦手。
一方で、子どもの頃から空想癖があり、思索にふけるのが好き。
いろんなことが思い浮かんでは消え、思考が拡散、浮遊していく。
これを字にしていくと、思い浮かんだことをとどめられ、少しは考えが整理できてくる。
結果として、話すよりも書くほうが、私の考えが他人に伝わりやすい。
だから、私にとって、一番の自己表現は「書くこと」。
読書感想文とか、体験記とか、作文全般が、子どもの頃から得意だった。
「書くこと」を仕事にしたいという気持ちは割と早くから固まっていた。
友人と漫画を描いていた小学生の頃は「漫画家になりたい」と思っていた。
SF作家・平井和正のアダルトウルフガイ・シリーズ等、小説を読みまくった中学生の頃は「小説家になりたい」と思い描いた。
高校を中退して、しばらく、測量の仕事に従事した。測量は若い時しかできない仕事なので、将来に思いを巡らせ、たどり着いた目標が「新聞記者になりたい」だった。これが17歳の時。
なぜ、新聞記者を選んだのか。
まず、漫画家や小説家になれるほど、優れた発想や表現力が、私にはない。
創作ではなく、何かを調べ、自分の見方を加えて書くことなら、できそうだと思った。
アダルトウルフガイ・シリーズの主人公で狼男の犬神明に憧れていて、その職業がルポライターなので、「ルポライター、いいかも」とも思った。
でも、あまり具体的なイメージがわかなくて、「記者」に何となく目が移った(アダルトウルフガイ・シリーズは狼男としての活躍に主眼が置かれ、ルポライターとしての活躍はあまりわからない)。
最初に考えたのは、専門誌の記者。
科学雑誌「Newton」とか、オカルト雑誌「ムー」とか、ミリタリー雑誌「コンバットマガジン」とか、愛読していたから、好きな分野の取材に携わるのは楽しそうだなと思った。
結局、新聞記者を目標に見定めた理由は3点ある。
ひとつには、「マスメディアの王道は新聞だろう」と思ったから。
良い言い方が思い浮かばなかったけど、テレビや雑誌を低く見ているわけじゃない。メディアの性格が違うということ。
「新聞は、くそ真面目」と言ったら、いいだろうか。
くそ真面目な新聞で、みっちりと鍛えられたほうが、記者としての基礎的な力が身に付くのではないかと考えた。
次に、最初に考えた専門誌と比べ、何でも取材できる間口の広さが、私の性格には合うと思った。
私は、「毎日、同じ場所に行って、同じ人と顔を合わせ、同じ作業をする」というのが一番苦手。変化がないとダメ。
新聞は基本的に総合情報メディアだ(くそ真面目な内容が多く、娯楽的な内容は乏しいけども)。
たとえば、現在の私のポジションは政治系の取材が主だけど、経済系、社会系、文化系の取材もする。
特に、芸術、文学、歴史といった文化系は大好きなので、良い息抜きになる。
このブログも、ある程度、多様な話題で書いているから、続いているのだと思う。音楽の話題だけとかだったら、私は続けられなかっただろう。
もうひとつの理由は、身近にいて、仕事ぶりをイメージしやすかったからだ。
叔父(父の弟)が新聞記者だった。
夜、帰宅して、くつろいでいる時に事件事故や火事があったとの連絡を受けて、出かけていく姿も見ていた。
私は、叔父に、子どもの頃から可愛がってもらったし、大人になってからも世話になった。
高校を中退して働いていた頃、大検(現在の高校卒業程度認定試験)の存在や、定時制高校と通信制高校で取った単位を大検の必要科目に振り替えられることなど、大学に向かう道筋をさりげなく教えてくれたのも、叔父だった。
叔父は厳しくて怖いところがあるけど、私は尊敬している。自分が新聞記者になってからは、同業者として、叔父の仕事ぶりをよく理解できるようになり、優秀な記者だと思って尊敬していた。
「記者」の道を考えるにつれ、尊敬する叔父と同じ新聞記者になろうかな、という気持ちがわいてきたのだった。
新聞記者は、新聞社の看板を使って、いろんな場所に行ったり、いろんな人に会ったりして情報を得ることができ、自分なりの見方や意見を加えて記事を書ける。記事は新聞というマスメディアで発信でき、多くの読者に読んでもらえる。
こんなに面白い職業は、ほかにないと、私は思う。
たとえば、刑務所の中や原子炉の中を見たり、県知事や商工会議所会頭に話を聞いたりということは、新聞記者であれば、そう難しくない。
私は、書くことが好きなのだけども、やはり、書いたものは、多くの人に読んでもらいたい。この欲求も、新聞記者であれば、ある程度は満たされる。
ただ、新聞記者は結局、新聞社の従業員であって、個人のジャーナリストではない。少なくとも、日本ではそうだ。
私は、事実関係を伝えるだけのストレートニュース記事でも、私なりに情報を取捨選択して組み立てているから、「私の作品」だと思っていて、愛着がある。
私なりに視点を持って物事を分析し、私の意見を盛り込んで書いたコラムには、かなり愛着がある。
ところが、コラムのうち、新聞社の看板を一切使わず、私個人の経験だけで書いたものでさえ、「私の作品」ではなく「会社の財産」で、私には何も残らないとわかった。
「自分のメディアを持ちたい」と考えたことが、このブログを開設するきっかけだ。
