
「人魚の森」「人魚の傷」「夜叉の瞳」高橋留美子
漫画家・高橋留美子の「人魚の森」「人魚の傷」「夜叉の瞳」の人魚シリーズ3冊は、読み応えのあるホラーの傑作でありながら、読後感が爽やかだ。
暗いストーリー展開ながら、主要登場人物・真魚の天然ぼけキャラがいい味を出して、ほんわかと締めくくる。
人魚シリーズは、人魚の肉を食べて不老不死の身となって500年生きてきた湧太と、人魚の肉を食べて不老不死の身となったばかりの真魚の2人が出会い、旅をしながら、人魚をめぐるさまざまな事件に巻き込まれる。
湧太が真魚と出会う以前のエピソードも描かれる。
人魚の肉を食べた者のほとんどは、死んでしまうか、「なりそこない」と呼ばれる化け物になるが、まれに、湧太や真魚のように、不老不死の身となる者が出る。
そして、人魚の肉を食べて不老不死となった人間は、人魚が若返るためのエサになるという設定。
湧太と真魚が出会う最初のエピソード「人魚は笑わない」は、人魚たちが人間の姿となって隠れて暮らす集落の話。
ここで暮らす真魚は、実は、子どもの頃にさらわれ、人魚の肉を食べさせて、人魚のエサにされる身だったのだ(湧太に助けられて逃げ出す)。
この導入からして、面白い。
この作品では、不老不死の身となった者の悲哀も描かれる。
例えば、エピソード「人魚は笑わない」では、人魚とともに暮らす老婆(人魚の肉を食べ、不老不死)が、逃げようとする真魚に言う。
「永遠に生き、人と交わることもなく、さまよう苦痛にくらべたら、今ここで死んだほうがどれだけ楽か」と。
真魚は答える。「私は生きる! 殺されてたまるか!」と。

人魚の肉を食べて不老不死となった者はその時の若さのままで、まわりが年老いても老いずに生き続ける。ここに孤独がある。
湧太自身もそうだった。
例えば、湧太が真魚と出会う前の時代のエピソード「闘魚の里」。
滞在した漁村を去る湧太と、ちょっといい関係になっていた娘・鱗(りん)が最後に言葉を交わす。
湧太「おれは暮らせねえ。生きるだけだ」「いい夢見たよ」
鱗「その夢の中に、鱗はいた?」
湧太「ああ、おれの女房になってたよ」
鱗「あたしも、同じ夢を見たよ」(涙を流す)
、、、といった感じで、せつない。


湧太は、普通の人間のように年老いて死にたいと願う。
人魚と会えば何とかなると聞き、人魚を探し求めてきたが、そこに答えはなかった。
代わりに、同じく不老不死の身となった真魚と出会い、ともに生きていくことになる。
この作品は、暗いエピソードの最後での2人の掛け合いがいい。
ここがほんわかしていて、救いだ。
例えば、エピソード「約束の明日」では、、、
湧太「おまえ、ヤキモチやいてんのか。ちっとは成長したな」
真魚「なに言ってんだ、バカ!」
、、、といった具合。

この後のエピソード「人魚の傷」では、真魚にとっても、湧太が欠かせない存在になっていたことが、最後の会話でうかがえる。
次の通り。
湧太「おまえさ、おれが生き返った時、泣いてただろ?」
真魚「うん」
湧太「こわかったのか?」
真魚「ばか!」
湧太「いや、おまえの泣いたとこ・・・初めて見たからさ」
真魚「うん、初めて泣いた」「湧太が生きてるんだって思ったら・・・うれしくて、涙が出た」「どうしてかな・・・うれしかったのに・・・」
湧太「それはなー、やっぱ・・・おまえがおれに惚れてるってことじゃねえか?」
真魚「ホレテルってなんだ?」
湧太「いい・・・」

登場人物の人間模様が特に面白いのが、エピソード「人魚の森」。
双子の姉妹の物語で、妹・佐和にそそのかされて人魚の生き血を飲み、「なりそこない」と不老不死の中間みたいな存在となった姉・登和が、佐和への復讐を誓う。
「同じ顔と体を持って生まれてきたというのに、あなたは。結婚し子どもを産んで育てて、人並みの女の生活を送り、そして、ちゃんと年老いて、死んでいける。死なせるものか」と。

登和は、人魚の肉を手に入れ、佐和に食べるように迫ったところで、佐和は心臓まひでポックリと死んでしまう。
登和にとっては復讐だけが生きがいになっており、「ずるい人・・・この日のためだけに・・・生きてきた。これで・・・終わり」と、つぶやき、炎の中に身を投じる。

姉弟の愛憎劇のエピソード「夜叉の瞳」も面白い。
心優しい姉・晶子は、残忍な弟・新吾をあわれみ、一緒に人魚の肉を食べて心中を図ろうとする。
その結果、晶子は、人形のように動けないが、年を取らず死なない身となる。
子どもの頃に事故で片目となっていた新吾は、晶子の目を奪って自分の目とするが、その自分の浅ましい姿が奪った目に焼き付いており、晶子を恨んで殺そうとする。
かつて、晶子とかかわりのあった湧太は、晶子をあわれみ、新吾の手にかかるよりは、と自ら晶子の首を斬ってとどめを刺す。
晶子が死んでも、目に焼き付いた光景が消えないことに気づいた新吾は「一生、おれに自分の浅ましい姿を見続けろと」「わかったよ、ねえさま」と観念し、自ら首を斬って死ぬ。
姉弟の愛憎劇を読んで、漫画家・手塚治虫の名作「ブラック・ジャック」の中のエピソードを思い出した。
兄と妹の愛憎劇で、残忍な兄に虐待され、反撃した妹がはずみで兄を殺してしまい、遺体を焼こうとするが、実は、兄は死んでおらず、全身大やけどの悲惨な体となって生き延びるという話。
ブラック・ジャックが治療すると、兄は妹を焼き殺して復讐し、自らも炎に包まれて死ぬという凄まじい結末だ。
「ゆがんだ人間の心までは治せない」というようなブラック・ジャックのセリフで締めくくりだったと思う。
人魚シリーズのエピソード「夜叉の瞳」の場合は、湧太と真魚のやりとりに救いがある。
泣く泣く晶子を斬った湧太の心情を気遣う真魚のセリフがあり、やりとりは次の通り。
真魚「晶子は、やっぱり、生きてたんじゃないと思う。新吾はユーレイを見てたんだ」
湧太「そう・・・思うことにする・・・」
湧太「真魚・・・おまえ、もしかすると今・・・おれに気イ遣ってるのか? 悪いなあ」
真魚「いいよ」

繰り返しになるけど、暗い話を書きながらも、ほんわかと締めくくって、読後感を爽やかにする、高橋留美子の力量は、すごいと思う。
ちなみに、人魚シリーズは、作家・平井和正のウルフガイシリーズに触発された作品だと、何かで読んだことがある。


