ルイは、人間の生き血を吸わないと生きられない運命に悩む。
クローディアは、心が大人に成長しても、姿は子どものまま変わらない運命を呪う。
対照的なのが、割り切って、伸び伸びとヴァンパイア人生を楽しむレスタト。
2人をヴァンパイアに変えた張本人だ。
映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(1994年、米国)は、不老不死のヴァンパイアの悲哀や孤独を描く。
ルイが、記者のインタビューを受け、振り返るという形だ。
公開当時、付き合っていた彼女が、レスタトを演じるトム・クルーズの大ファン。
ぜひにと誘われて見に行ったという点でも、思い出深い。
それまで、トム・クルーズ出演の映画は「トップガン」(1986年)しか見たことがなかった。
レスタトの妖しい魅力を醸し出す好演に、こんな役もやるんだなと新鮮だった。
ストーリー上の主人公は、ブラッド・ピットが演じるルイ。
しかし、ダークヒーローとも言えるレスタトに惹かれる人が多いのではないだろうか。
人間を殺すことなど何とも思わないレスタトは、善良で心優しいルイと対になっているから、ひときわ輝くのだと思う。
レスタトが、全く人生観の違うルイに惹かれるのが、興味深い。
永遠の人生を共にするパートナーとして、ルイを気に入り、ヴァンパイアに変えた。
ルイの心が離れそうになると、孤児の少女だったクローディアを仲間に加えて疑似家族を作り、引き留めようとした。
自分が失った人間の心を残しているからだろうか。
そして、ルイも、レスタトに反発しながらも、なかなか逃れられない。
もともと、妻の死に打ちひしがれ、現実逃避で、ヴァンパイアに変えてもらった。
なのに、ヴァンパイアとしての現実もなかなか受け入れられない。
クヨクヨ型のキャラクターだ。
だから、引っ張ってくれるレスタトがいないと、生きられない。
クローディアがいなければ、レスタトへの反乱は起きず、ルイはずっと、レスタトと一緒だったかもしれない。
いわば、2人は光と影の関係だ。
大傑作漫画「ジョジョの奇妙な冒険」(荒木飛呂彦)の第1部に登場する悪役で、ヴァンパイアのディオを思い出す。
そもそも、私にとっては、ヴァンパイアと言えば、まず思い浮かぶのが、ディオ。
第1部の主人公で、くそ真面目な正義漢のジョナサンより、遥かに好きだ。
馬車から降りるだけのシーンで2ページ使うという扱いからして、異彩を放った。

ボクシングでジョナサンの目に親指を突っ込む大反則をやり、ジョナサンの恋人エリナに無理やりキスして辱めるなど、人間だった頃から、悪辣ぶりを発揮した。
エリナの件で怒ったジョナサンに、ボコボコにやられると、仕返しとして、ジョナサンの愛犬ダニーを焼却炉に入れて焼き殺すという非道さ。
本来、このようなド外道は、「ブラック・エンジェルズ」(平松伸二)の雪藤洋士に始末をお願いしたいところ。
しかし、そう思わせない魅力が、ディオにはある。
アステカの石仮面の力でヴァンパイアとなったディオは、多くの人間を手にかける。

ジョナサンの仲間のツェペリに、いったい何人の人間を犠牲にしたのかと責められて、あっけらかんと返す言葉は、名セリフだ。
「お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか」と。
これぞ、ヴァンパイアだ。

そんなディオも、対となる相手に気づく。
それが、ジョナサン。
ジョナサンに敗れて頭だけとなったディオは、尊敬の念を示した上で言う。
「ジョジョ。お前がいなかったら、このディオに仮面の力は手に入らなかっただろう。しかし、お前がいたから、いまだ、世界はおれのものになっていない!」
「神がいるとして、運命を操作しているとしたら! おれたちほど、よく計算された関係はあるまいッ!」
「おれたちは、この世において、2人で1人! つまり、おれは、この世でただ1人尊敬する人間のボディ(肉体)を手に入れ、絢爛たる永遠を生きる! それがこのディオの運命なのだ!」と。

そして、ジョナサンの体を乗っ取って一体化しようとする。
とんでもない発想だ。
一体化とは、「永遠の人生を共にするパートナー」の究極かもしれない。
映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」は暗く重い物語。
なのに、ラストで笑えるから、後味が爽やかだ。
弱っていたレスタトは、インタビューを終えて帰ろうとする記者の車にいつの間にか乗り込んでいて、記者の生き血を吸って復活。
テープに録音してあったインタビューを消し、これまた、名セリフを放つ。
「ルイは、まだ、ぼやいているのか。おれは何百年も聞かされてきたぜ」。
このラストシーンが、レスタトとルイの生きざまをあらためて対比させる。

