「葬送のフリーレン」(アニメ版)
アニメ化された漫画「葬送のフリーレン」(原作・山田鐘人、作画・アベツカサ)は、人生とは何かという深いテーマを、楽しみながら考えさせられる。
長女に勧められ、2023年秋〜24年春のアニメ第1期を見て、引き込まれた。
(「週刊少年サンデー」連載中の原作漫画は読んでいない)。
アニメ第2期が26年1月から放映されるそうで、今から楽しみだ。
勇者ヒンメルたち4人が魔王から世界を救った後の物語という設定からして、面白そうだった。
勇者と一緒に戦った魔法使いで、エルフのフリーレンが主人公。
千年以上生きる長命のエルフの視点からヒンメルら人間の生きざまを描く。
物語開始早々、年老いたヒンメルが登場し、間もなく死去。
フリーレンは、人間は短命だとわかっていながら、ヒンメルのことをあまり知らなかったことに気づき、涙する。
そして、魔法収集を兼ねて「人間を知る旅」に出るのだ。
かつての勇者一行で、同じく人間の僧侶ハイターも年老いていた。
何より、酒飲みのおちゃらけキャラで、「生臭坊主」と呼ばれていたハイターが神妙になっていたことに、フリーレンは、少し驚く。
ハイターは、平和のため、みんなのためと常に勇者として行動してきたヒンメルの志を継ぎ、「ヒンメルなら、どうするか」と自問自答するようになっていたのだ。
ハイターは引き取って育てていた孤児の少女フェルンを、フリーレンに託す。
「弟子にして、鍛えてやってくれ」と。
人間は短命だからと弟子を取らなかったフリーレンが、引き受けたのは、ハイターの変わりように、感じるところがあったからだ。
そして、自らも「ヒンメルなら、どうするか」と自問自答するようになる。
この物語の教訓は明確だ。
今を精いっぱい生きること。
人は死んでも思い出の中に生きるのだから。
人は死んでも遺志が受け継がれるのだから。
これは、フリーレンに限らず、私たちにも気づきがある。
ヒンメルたちと冒険していた頃の回想シーンが随所に挟まれる構成もいい。
長命ゆえの孤独を感じていたフリーレンは、ヒンメルたちが今も思い出の中に生きており、自分が孤独でないと知るのだ。
トム・クルーズ、ブラッド・ピット共演の映画「インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア」(1994年)を思い出す。
不老不死のヴァンパイアの悲哀や孤独を描いた作品。
この作品では「人は1人では生きられない。一緒にいてくれる誰かが必要だ」と考えさせられる。
(この映画については、また、あらためて書きたい)。
「葬送のフリーレン」は、それとは違う視点に、気づかされる。
亡くなった人も自分の思い出の中に生き続けるし、自分が亡くなっても誰かの心に生き続けるのだ、と。
「1人の人生は限りがあるけども、先人と繋がっている、次代に受け継がれる」と考えると、何だから手塚治虫の世界観みたいな壮大なものが心の中にわいてくる。
まあ、そうは言っても、今現在、物理的に1人というのは、やっぱり、寂しい。
フリーレンの旅は、フェルン、そして、シュタルク(かつての仲間でドワーフの戦士アイゼンの弟子。人間の戦士)という新しい仲間を迎えて進んでいく。
「葬送のフリーレン」は、人生というテーマを考えさせるけども、重くなく、笑って楽しめる。
これは、フリーレンのキャラに加え、フェルンとシュタルクの存在が大きい。
天然キャラでマイペースなフリーレンと、しっかり者でドライなフェルン、気弱な面もありつつ思いやり深いシュタルクが、いい感じで絡み合う。
フェルンの外見的な可愛さと、シュタルクの性格的な可愛さも、大きな魅力だ。
一時、仲間に加わったかと思うと、諸事情により離脱した僧侶ザインも、お気に入り。
一番大人で良い兄貴という感じだった。
別の僧侶がパーティーに入ろうかとなった時に、フリーレンが「ザインのために、席を空けておきたい」と断ったのには、グッときた。
アニメ第2期で、ザインが復帰すると、いい。

