
「神の犬」谷口ジロー
あれは狼ではありません
人の心ひとつで、悪魔にも、そして、天使にもなる生き物なのです
牙をもってすれば、牙をうち返される
あなたには信じられないことかもしれませんが、あの狼がこの村の娘を虎の爪から救ってくれました
あの男たちがこの村へ来るまでは犬のようにとてもおとなしい狼だったのです
そっとしておいてやるべきではないでしょうか
あれはきっと生まれた森へ帰ろうとしているだけなのですから───
山奥の村の神父が説く言葉が、この物語のメッセージをずばり表している。
「あの狼を凶暴にさせたのは、殺意を向けた人間ではないか。優しく接していれば、おとなしい狼だった」と。
漫画家・谷口ジローの作品「神の犬」は「ブランカ」の続編。
前作「ブランカ」は、普通の飼い犬だったブランカが、東欧にあるとみられる架空の国「R(エール)共和国」の秘密機関にさらわれて生体改造され、無敵の戦闘犬になる。
R共和国の秘密機関はロシアに対抗心を燃やしていて、要人暗殺に使おうというのが戦闘犬育成の目的。
ブランカは逃げ出し、追っ手を振り切りながら、愛しい飼い主パトリシアのもとへ帰ろうとするストーリー。
ブランカは逃走中、カナダで狼の群れと接し、子どもを残していた。
本作「神の犬」は、ブランカと狼の間の子どもで、銀毛のナギと黒毛のタイガの物語。
ナギも、タイガも、ブランカと違って人間の飼い犬ではなく、野生の狼として育った。
だから、「人間が自然を操ろうとすると、しっぺ返しをくらう」という作品のメッセージが、より明確になっている。
その分、若干、説教くさい。
エンターテイメントとしては、前作「ブランカ」のほうが、面白い。
本作「神の犬」で、R共和国はブランカの子どもが野生の狼に混じっていることに気づき、タイガをさらい、戦闘狼として仕込む。
タイガは訓練の途中に逃げ出し、故郷のカナダへ帰ろうと東へと走り続ける。
ナギはうまく逃げて捕まらなかった。タイガを探して西へと走り続ける。
タイガは野生の狼なのだけど、R共和国の訓練士ワーレンに懐いたのが、興味深い。
前作でブランカを仕込んだ訓練士。
さらわれた当初、タイガは、エサを与えても食べず、餓死しかける。
ここで、ワーレンは檻の中に入り、タイガと向き合う。
タイガをなでようと、手を伸ばしたところ、タイガはガブっと、ワーレンの右腕に咬みつく。
ワーレンは動じない。
「よしっ、いい子だ。もっと、力を込めて咬むがいい。おまえのためなら、私の腕など食いちぎられても構わない」と。
ワーレンは敵ではないと感じたタイガは、「クウウ」とおとなしくなり、手懐けられる。


劇場版アニメ「風の谷のナウシカ」を思い出す。
ナウシカが野生のキツネリス「テト」に指を差し出したら、ガップリと咬まれる場面。
ナウシカは動じず「ほらね。怖くない」と言って、テトの気持ちをなだめ、手懐ける。
本作では、R共和国の大統領(平和外交派)が秘密機関の計画を知り、中止を命じる。
タイガは殺されることになり、ワーレンはクーデター未遂容疑で拘束されそうになる。
大統領の兵たちが、ワーレンの制止を振り切って、発砲すると、タイガは凶暴になり、兵たちを殺して、ワーレンと逃げる。
逃走中、深い谷に転落。
タイガは崖の途中に踏ん張り、手袋を咬んで、ワーレンを支える。
この後のワーレンがかっこいい。
「逃げろ、タイガ。放せ、野に帰れ。タイガ、生きろ」と言って、手袋を外し、転落するのだ。

ワーレンは、このままでは自分もタイガも助からない、タイガだけなら助かると考えたのだろうし・・・
野生の狼を人間の欲で利用しようとしたことを、反省したのかもしれない。
「野に帰れ」という言葉に、そんな気持ちを感じる。
ワーレンの制止を振り切った兵たちに撃たれる展開は、前作「ブランカ」でもあった。ブランカの場合、それで、ワーレンとの信頼関係が切れて、去っていく。
ところが、本作「神の犬」のタイガは、ワーレンに最後まで忠誠を誓う。
ブランカと比べ、タイガは野生度が高いはずなのに、なぜだろうか。
ブランカの場合、ワーレンを切り捨てても、飼い主のパトリシアがいる。
これに対し、タイガの場合、信頼できる人間がワーレンしかいなかったから、ということだろうか。
タイガは逃走中、山奥の村で、虎に襲われた娘イーリヤを助ける。

そして、イーリヤに懐く。
この場面のナレーションを以下に抜粋してみる。
タイガの体内を駆けめぐる怒りの血流が抑制されていく
大脳を責め立てる苦痛が和らぐ
タイガは、忘れかけていた穏やかな温かさに包み込まれていく
敵意も、恐怖もない
タイガは、あのワーレンの温もりを感じていた
(以上、抜粋)

タイガは、故郷に帰るという目的を忘れて、しばらく、村に滞在する。
タイガは、ここに来るまでに何度も凶暴になり、村をいくつも襲っていた。
だから、狼ハンターたちが来ると、安らかな暮らしは終わる。
村人の制止を振り切って、ハンターたちが発砲すると、タイガは凶暴になり、ハンターたちを殺してしまう。
ここで、イーリヤたち村人は「主よ、許したまえ」と祈る。
そして、タイガは村を去る。

ここで、イーリヤたちがタイガを引き留めなかったのは、なぜか。
「許したまえ」は、ハンターを殺したタイガを許してくれということだろうか。
おそらく、イーリヤたちは、野生の狼を人間に関わらせてしまったから、この悲劇が起きたと考えている。
だから、タイガを引き留めなかったのだろう。
「許したまえ」は、野生の狼を村に留めてしまった自分たち村人を許してくれと、反省しているのだと思う。
この事件に一足遅れて、別の狼ハンターが村に来る。
そこで、村の神父が説いたのが、この記事の冒頭に抜粋したセリフだ。


物語のクライマックスは、タイガとナギの対決。
凶暴になり、我を忘れたタイガは、きょうだいであるナギに咬みつく。
そして、ナギに触れたタイガは、我を取り戻すのだ。
この場面のナレーションを以下に抜粋してみる。
その時、タイガは風を感じた
懐かしい故郷の風を感じた
それは、草原を渡る風
怒りがゆっくりと溶けていく
ナギの息吹きに触れ、タイガは忘れかけていた故郷の風を感じた
(以上、抜粋)


「風を感じた」という表現が素敵だ。
そして、ナギとタイガは故郷に向けて走り出すのだけども・・・
これまでの逃走で弱っていたタイガは、アラスカ西岸に近いベーリング海峡の流氷の上で、力尽きてしまう。

前作「ブランカ」では、ブランカが力尽きる寸前に飼い主パトリシアと再会する描写が、感涙ものだった。
本作「神の犬」のタイガも、かわいそうではあるのだけども・・・
ちょっと、悲しみのタイプが違うのかな。
あまり、悲しくならなかった。
人間との触れ合いを期待して見てしまうからか。
作者もそう感じたのだろうか。
この物語のラストは、ナギと人間の触れ合いが描かれる。
ナギが、旅の途中で出会って世話になった犬ゾリレースの鉄人ワーヤキンのもとに戻ってくる場面で、締めくくられる。

この物語は、ここに救いがある。
適切に接すれば、人間は、野生動物とも心を通わせられるという。
タイガとワーレンの触れ合いも思い浮かび、読後感が爽やかだ。
