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「万葉集から古代を読みとく」上野誠 個人的な感情を歌い、記して残した古代人に感謝 山上憶良の人間主義「子らを思ふ歌」 「竹取の翁の歌」は戯れ言か

「万葉集から古代を読みとく」

「万葉集から古代を読みとく」上野誠

和歌は、古くは歌い継いだ。

だから、覚えやすいよう、繰り返しが多いという。

 

たとえば、日本最古の和歌とされるスサノオのこの歌も、そうだと思った。

八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を

5・7・5のリズムを整えたのも、美しさはもちろん、覚えやすいように、という目的があるのかもしれない。

 

和歌は、やがて、文字で記して残されるようになったという。

飛鳥時代の斉明天皇(天智天皇や天武天皇の母)が孫を失った悲しみを歌った。

そして、「この歌が忘れられないようにせよ」と臣下に指示。

この臣下は渡来人なので、おそらく書き記したのだろう───と万葉学者・上野誠は著書「万葉集から古代を読みとく」で述べている。

 

古代の人が個人的な感情を書き記して残そうとしたことが、興味深い。

ありがたいことだし、素晴らしい発想だ。

おかげで、私たちは当時の人の気持ちを知り、その姿を生き生きとリアルに想像できるのだ。

 

本書の著者の言葉が、また、いい。

抜粋してみる。

 

歌は、人間が他者と行うコミュニケーションのための大切な道具であった。

それを記して残そうとするのは、その時々の心情を残そうとする意思があるからにほかならない。

私たちは生きている時が絶対だと思っているけれど、死んで残るのは、じつは言葉の方なのである。

言葉は、その言葉を思い出す人がいれば、いつでも蘇るし、残ってゆく。

それを書き記せば、残ってゆく。

歌を未来に残すということは、心情を未来へ伝えるということにほかならないのである。

(以上、抜粋)

 

数年前に、この著者の講演を取材した。

万葉歌人・山上憶良の歌の魅力をわかりやすく説いておられ、面白かった。

著者の気さくな人柄も印象に残った。

講演の感想を添えて、お礼のメールを送ったら、本書「万葉集から古代を読みとく」をいただいた。

 

 

本書は、和歌の成り立ちから、日本独特の仮名文字がなかった時代に和歌を書き記した古代人の苦労や工夫、日本語の特徴にまで話題が及ぶ。

 

本書によると、仮名文字がなかった時代には、中国から伝わった漢字だけで書くしかなかった。

内容をうまく伝えるには、漢文が適していた。

日本語で詠んだ歌の微妙なニュアンスを伝えるには音を記すのが一番で、漢字の意味を離れて音だけ借りたもの、つまり、万葉仮名が適していた。

さらに、日本語に置き換えた漢字、つまり、訓読みの漢字もあった。

「古事記」「日本書紀」は漢文、万葉仮名、訓読みの漢字を織り交ぜて書いてあり、和歌の部分が万葉仮名だという。

 

「万葉集」も同様。

たとえば、憶良の有名な歌「子らを思ふ歌」は、タイトルと序文が漢文、長歌と反歌が万葉仮名で書いてあるという。

タイトルは「思子等歌一首」(子らを思ふ歌一首)

反歌は、、、

銀母 金母玉母 奈尓世武尓 麻佐礼留多可良 古尓斯迦米夜母

(読み=しろがねも くがねもたまも なにせむに まされるたから こにしかめやも)

(意味=銀も金も玉も何ほどのものだ。子に勝る宝など、あるはずもない)

、、、という具合。

「銀」「金」「玉」は訓読みの漢字が織り交ぜてあるという。

 

この歌の解説も面白い。

憶良は、序文で「お釈迦さまでさえ、子どもへの愛情から逃れられなかったのだ。ましてや、凡人の私たちは」と説き、子どものことを思い煩う親の心情を長歌で表す。

著者の分析では、「お釈迦さまでさえ、子どもへの愛情から逃れられなかった」というのは、憶良が釈迦の教えを、わざと曲解しているという。

釈迦の教えは、「子どもを愛するように、この世の生き物すべてを愛しなさい」というもの。

「わが子への愛着にとらわれるな」と言っている。

漫画家・手塚治虫の名作「ブッダ」によると、実際にブッダ(釈迦)は、妻ヤショダラと生まれたばかりの息子ラーフラを捨てて、出家した。

本書「万葉集から古代を読みとく」で著者は、こう説く。

釈迦の教えをわざと曲解したうえで、子どものことを思い煩う親の心情を歌った「子らを思ふ歌」は、憶良の人間主義が表れている、と。

お釈迦さま、あなたは教えに従って生きるように言うけど、人間は迷ったり悩んだりするものだ。それこそが人間らしさではないか───

これが、憶良の人間主義だという。

 

憶良は「貧窮問答歌」からも、うかがえるように、人間愛あふれる歌人。

私は、本書の分析を読んで、ますます、憶良が好きになった。

 

本書は、「万葉集」にある「竹取の翁の歌」も紹介している。

のちの平安時代にできた「竹取物語」と内容は違うが、その源流のひとつではないかと考えられるという。

 

面白い。

「万葉集」にそんな歌があるとは、私は知らなかった。

 

本書によると、竹取の翁の歌は、序文といくつかの歌で構成される。

要約すると───

竹取の翁が、丘でスープを煮ている9人の乙女と出会い、「ちょっと、ここに来て、吹いて火をおこしてよ」と誘われる。

翁が輪に加わると、そのうち、乙女たちは「誰よ。こんな、みすぼらしいお爺さんを呼んだのは?」と言って、翁をからかう。

翁は「これは仙女のみなさんに失礼しました。おわびに歌います」と言って、自分の人生を長歌にして、歌う。

「若い頃はモテモテの伊達男だった。そんな私も、今は仙女のみなさんに、そんなのホントかと思われていることでしょう」といった内容。

そして、反歌で「あなたたちも年を取るんですよ。そうしたら、若い人たちに罵られずに済みますかね」と、やり返す。

これに対し、9人の乙女が「感動して、あなたに惚れました」という内容の歌をそれぞれ返す───という内容だ。

 

竹の中から女の子が見つかり、美女に育って、月の世界に帰って行くという「竹取物語」とは、かなり違うが、これは、これで、面白い。

 

実際にどうなのかはわからないけど、もしかしたら、翁が「あなたたちも年を取るんですよ」とやり返し、乙女たちが「あなたに惚れました」と歌うのも、すべて遊び心にあふれた戯れ言のやり取りなのかなと、私は想像した。

本当にやり返すとか、惚れるとかではなく。

最初に翁をからかったのは、本当のからかいだったかもしれないが、翁がうまく切り返したから、「惚れました」と戯れ言で返したという。

 

たとえば、「万葉集」に載っている額田王の有名な歌「あかねさす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」。

額田王は大海人皇子(のちの天武天皇)の恋人だったけども、天智天皇に求められて妃となったという経緯がある。

なのに、「あなた(大海人皇子)はまだ私(額田王)を好きで、袖を振って好意を示してくる。そんなに袖を振ると、見張りの人に気づかれて、秘密の恋がバレてしまうじゃないの」というのが歌の趣旨。

 

現代人の感覚だと、三角関係、浮気の歌かと思うところ。

だが、この歌は、天智天皇も大海人皇子もいる宴席で、額田王が座興として歌ったと考えられている。

額田王は、歌を創作する「歌人」として優れていただけでなく、声に出して歌う「歌手」としても優れていたと、何かで読んだことがある。

たぶん、情感たっぷりに歌ったんじゃないだろうか。

これに対して、大海人皇子は「人妻なのに、あなた(額田王)を慕うのは、あなたが好きだからだ」という趣旨の歌を返す。

もちろん、これも戯れ言。

天智天皇は、2人の歌のやり取りを、たぶん、笑って聞いている。

古代人は、とてもおおらかだったようだ。

だから、「竹取の翁の歌」も、そんな感じだったのではないかなと想像する。

 

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