
「新デビルマン」永井豪
(この記事は2026年6月9日、記事「デビルマン」の新規投稿に伴い、全面的に書き直して差し替えた)
漫画家・永井豪の傑作「デビルマン」は、主人公・不動明と、親友でサタンとして敵対する飛鳥了の友情と、了の秘めた愛情、その崩壊の描き方が物足りなかった。
おそらく、作者もそう感じたのだろう。
外伝「新デビルマン」は、「デビルマン」を補完する作品だ。
明と了がタイムスリップして、歴史に潜む悪魔(デーモン)を狩る短編集(全5話)として展開しながらも、「デビルマン」で描ききれていなかった明と了の友情と、了の秘めた愛情、その崩壊がガッチリと描かれていて、小気味良い。
たとえば、短編「リトル・ビッグホーンの悪魔」では、了が明への秘めた愛情を、心の言葉として明かす。
(なお、この短編は、カスター将軍率いる第7騎兵隊がネイティブ・アメリカンのキャンプを襲撃した事件と、第7騎兵隊がネイティブ・アメリカンと戦って全滅した「リトル・ビッグホーンの戦い」を題材にしている)。
了は、ネイティブ・アメリカンの少女ティアナに惚れられながらも、「ぼ、ぼくは女に興味ない」と、そっけない態度を取る。
明は「ウソつけ、この~」とからかうけども・・・
了は心の言葉で「ほんとなんだ、ぼくは・・・明・・・」と、明に熱い視線を送る。

ちなみに、明や了らの留守中に第7騎兵隊がネイティブ・アメリカンのキャンプを襲い、ティアナも殺されてしまう。
怒った明は、デビルマンとなり、第7騎兵隊を全滅させる。
「うわー、悪魔だ」と恐れる第7騎兵隊の兵士らに明が名セリフを放つ。
「違う。悪魔は、おまえたちの心の中にいる」と。
これは、「デビルマン」シリーズを貫くメッセージ。

短編「美しき軍神サモトラケのニケ」は、古代ギリシャが舞台。
明と了が乗っていたギリシャの軍船が敵軍サモトラケに撃沈された時のこと。
溺れないように明が了のヨロイを脱がせようとすると、了が「あっ!バカバカ、全部脱がさないで」と、恥じらいを見せるのも、意味深だ。

サモトラケの捕虜になった明と了は、女神ニケがサモトラケの民衆に現代の短機関銃(しかも、私が大好きなMP-40)を与える姿を現認する。

そして、明が「あれは女神ではない。デーモンだ」と戦いを挑む。
実は、ニケは、明と合体したデーモンの勇者アモンの恋人だった。
ニケの顔をよく見た明は、思わず「美樹!」と呼ぶ。
ニケは、恋人である旨打ち明け、さらに明の心を揺さぶる。
「あなたはアモンであった頃のことを忘れても、私のことは忘れないはず。その証拠に私に似た人間を愛し、守ろうとしていると聞いています」「思い出して、アモン。あなたはアモンなのよ」と。

明は、アモンの記憶を取り戻し、美樹とだぶらせたのか、ニケと抱き合おうとする。
ここで、了が登場。
「だまされるな!明―ッ!おまえは人間・不動明だーッ!」と叫んで、ニケの首を斬り落とす。

これは、絶対に、美樹にはできないことをニケに置き換えて描いていると思う。
了が美樹を殺すというのは、さすがに、いくら何でも後味が悪すぎるから、描けないけども、了が美樹に寄せていた嫉妬の感情を、ニケに置き換えて描いたのだと思う。
秀逸な演出だ。
「新デビルマン」のラストで、明はケースから美樹の生首を取り出して抱きしめ、埋葬する。
これは、「デビルマン」で、美樹が死んだ後のエピソードだと、わかる。
「デビルマン」では描かれなかった場面だ。
そして、明と了が黙ったまま、すれ違う決別シーンで、物語は終わる。


美樹埋葬シーンの前に、明は、美樹との思い出を振り返るのだけども・・・
この回想シーンの冒頭で、明がデビルマンになり、なぜか、美樹がシレーヌ(「デビルマン」の序盤に出てくるデーモン)に変化する。
そして、その後、明と美樹の姿で抱き合う描写がある。

シレーヌではなく、ニケに変化するという描写にしなかったのは、なぜだろう。
そうすると、了が斬り落としたニケの生首と、美樹の生首が直結してしまうから、生々しすぎると遠慮したのだろうか。
せっかく「デビルマン」を補うなら、はっきりと描けばよかったと思う。
回想シーンの冒頭で、美樹が、シレーヌではなく、ニケの姿に変化するように描いてあれば、この作品は完璧だったと思う。
ところで・・・
男×男の同性愛設定というと、スペクタクル映画「ベン・ハー」を思い出す。
ローマ帝国の属州ユダヤを舞台にした、この映画は、主人公でユダヤの名士ベン・ハー(チャールトン・ヘストン)が、幼なじみの親友でローマの武将となったメッサラ(スティーブン・ボイド)に裏切られて奴隷に落とされる。私が大好きな復讐物で、ベン・ハーとメッサラの戦車レース(馬に引かせる古代の戦車)が見どころ。
子どもの頃に初めてテレビ放映で見た時は気づかなかったけど、実は、ベン・ハーとメッサラが同性愛関係だったという裏設定があるらしい。
そう思ってみると、たしかに同性愛くさい描写があるし、なぜ、あんなにもメッサラがベン・ハーに憎悪を向けたのかも腑に落ちる。
ローマで出世して故郷に帰ったメッサラは、旧友ベン・ハーとうまくやっていきたかったのだけど、ユダヤの名士とローマの武将という立場の違いから対立する。
同性愛設定を踏まえると、「うまくやっていきたかった」というのは、単なる仲良くではなく「同性愛関係の復活」を意味していたらしい。
つまり、あの憎悪は可愛さ余って憎さ百倍だったのだ。
ついでに言うと、格闘漫画の傑作「北斗の拳」(原作・武論尊、作画・原哲夫)で、レイと対立するユダが実はレイに惚れていたという同性愛設定はよく知られるけど・・・
この傑作のパロディギャグ漫画「北斗の拳イチゴ味」(原案・武論尊、原哲夫、シナリオ・河田雄志、作画・行徒妹)では、シンが、実はケンシロウに惚れていたという同性愛設定を独自に作り出していて、面白い。
ユリアにケンシロウを奪われ、「自分のものにならないなら」とケンシロウを倒してしまい、照れ隠しで「おれはユリアが好きだ」と言ってしまい、行きがかり上、ユリアを連れ去る。
なかなか、説得力がある設定。なるほど、と感心してしまった。
航空アクション漫画の傑作「エリア88」(新谷かおる)にも応用できそうだ。
主人公・風間真が幼なじみで親友の神崎悟に裏切られて最前線の外人部隊に送られ、復讐を誓う。恋人の津雲涼子が神崎にもてあそばれそうになるピンチもある。
この物語、神崎が裏切ったのは、真を好きだったのに涼子に奪われたからだった、と想像すると楽しい。
かつて真の母と神崎の母が恋のライバル関係にあり、敗れた神崎母は自殺。幸せな真が余計に憎くなったことが神崎の裏切りの動機だった───という、わかりにくくて無理やり感のある設定よりは、いいのではないだろうか。
本作「新デビルマン」は、明と了のコンビがタイムスリップして歴史に潜む悪魔(デーモン)を退治するという設定で、歴史と絡めているのが興味深い。
たとえば、アドルフ・ヒトラーがユダヤ人を憎むに至った背景にデーモンの存在があった、というような話に仕立てている。
5話と言わず、もっと、読みたかった。
漫画「鬼切丸伝」(楠桂)も似たような物語。鬼を斬ることができる唯一の刀「鬼切丸」を持つ主人公が、歴史のさまざまな時代に潜む鬼を探し出して斬るというストーリー。織田信長、源義経ら武将のほか、世阿弥、小野小町といった文化人も出てくる。
同じ作者の作品「鬼切丸」の外伝というところも、「デビルマン」と「新デビルマン」の関係に似ていて、興味深い。そこまで計算した「デビルマン」へのオマージュかもしれないと想像が膨らむ。

