「爆発する歯、鼻から尿」トマス・モリス
著者トマス・モリスは英国のフリージャーナリスト。
前書きによると、ある時、19世紀の医学雑誌を見ていて、「腸全体の陰囊への急激な突出」という表題の次の論文に引きこまれたという。
ジョン・マーシュ、50歳、労働者。彼はレンガを満載した荷馬車に轢かれ、病院に運び込まれた。調べてみると、陰囊が異様なまでに膨れて大腿の3分の2あたりまで達し、周囲は17インチ(約43センチ)もあった。色は真っ黒で、膨張しきっているため、表皮は極めて薄く、軽く触診しただけでも、破裂してしまう恐れがあった───
この患者は、荷馬車の車輪に腹部を踏まれ、強烈な圧力のために、腸が陰嚢に押し込まれたのだという。
著者は、古い医学の書物には、時に吐き気を催すような、時に珍奇な、時に楽しい逸話が埋もれていることに気づいた。
17世紀初頭から20世紀を迎えるまでの約300年間の事例から、61件をピックアップして紹介するのが本書「爆発する歯、鼻から尿」だ。
私は、書店で本書を見つけ、インパクトのあるタイトルに惹かれて手に取った。
パラパラとめくって、この論文を見つけた時の著者と同じように感激した。
事例の面白さはもちろん、著者の軽妙でユーモアあふれる語り口に、ぐいぐい引き込まれてしまう。
著者は説く。
「現代の目からすれば、その治療法の多くは馬鹿げていて野蛮にすら見えるかもしれないが、過去の医療は現代に劣らず知的で勤勉な営みだったことは覚えておいていい。過去の事例を見れば、当時の医者の、患者を助けようという決意のほどがわかる」と。
また、こうも説く。
「古い医学文献は、とんでもない行動をしでかす人々で満ちている。本来、入れるべきでないところに異物を入れてしまった人々だ。患者を救うために医者たちが編み出した治療法も負けず劣らずの創意に富んでいる。ここ数世紀で、医学は見違えるほどの進歩を遂げたが、変わらないものもある。飽くなき人間の悪戯心やそれに伴う惨事、飛び抜けた馬鹿馬鹿しさだ」と。
さらに、こうも説く。
「医学文献には、可能性の限界と思われる範囲を突き抜けて治療を行おうとした外科医の活躍が大量に記録されている。1817年、つまり、麻酔発見の30年前、ロンドンの外科医が腹部大動脈を結紮して、大きな動脈瘤の治療を成功させかけたことがあったが、これほどの難手術を試みる医者は、次の世紀まで現れなかった。いわゆる『英雄』時代というやつで、これに匹敵するような大胆な手術が何度も行われていた。そして、恐ろしいことに、患者は手術中、ずっと意識を保ったままだった。死に物狂いの医者が、どうにもならないと思われていた問題の解決法を見つけ出す、なんて例もある。必要こそ、発明の母なのだ」と。
医師とは大変な職業だと、あらためて思う。
昔と比べて個人の権利意識が強くなった今は、なおさら、苦労やストレスが多いだろうと想像する。
以前、ある病院の院長を取材した時、「医学は完全ではない。誤解を恐れずに言うなら、医師にとってチャレンジの部分もある。このことをみなさんに知ってほしい」と語っていたことを思い出す。
私が大学時代に所属したサークルの後輩は当時、医学部生で、のちに精神科医になった。
心を病んだ患者に噛みちぎられて、指がない精神科医もいると聞き、現場の壮絶さの一端を知った。
映画「羊たちの沈黙」に登場するレクター博士ほどではないにしても、危険な患者はいるのだと思った。
私は、医師になりたいと思ったことはない。
もし、なるとしたら、人間の心に興味があるので、精神科医が面白そうだなとは思っていた。
しかし、現場は、生やさしいものではないようだ。
私は、医療漫画の「ブラック・ジャック」(手塚治虫)、「JIN─仁─」(村上もとか)に心を躍らせた。
テレビドラマ「TOKYO MER」にもはまった。
医師を志す若者に人気があるのは、外科医や救急医だろうと想像していた。
ところが、違うらしい。
病院で研修医として働く長女によると、外科や救急は、最も人気がない分野。
患者が命を失うリスクがある分野や勤務がハードな分野は敬遠され、内科や産科もそうだという。
人気が高いのは、眼科、耳鼻科といった分野なのだとか。
このご時世らしいと言えば、そうなのだけど、どの分野であれ、患者のために全力を尽くす医師魂は変わらないと信じたい。